上 下
88 / 163
第四章 求道

第四章 求道 1

しおりを挟む
◆琉球豆知識・肆「古流空手の稽古法」


 空手には、琉球王国時代から様々な伝統的稽古法が伝えられている。当時、「ティー(手)」や「トゥーディー(唐手)」などと呼ばれていた空手は、首里手・那覇手・泊手という地域ごとの系統に分かれていた。しかし、それはあくまでも各地域の傾向に基づいた大まかな分類に過ぎず、実際には武術家1人ひとりによって稽古法が大きく異なっていた。

・型
 流派や系統によっては「形」と表記することもある。古来より稽古の基礎として特に重要視されてきた。型は実戦の雛形ではなく、技や体の使い方を効率的に練習し、武術的な身体動作を体得するための鍛練法である。琉球王国時代に中国武術から取り入れられたものや、武術家個人が独自に創作したものなど様々な種類が存在し、流派や系統によっても伝承している型の種類や数に違いがある。また、同じ型であっても名称や動作の一部が異なることもあり、各流派や系統における武術観に違いを知ることが出来る。
 現代では流派や系統ごとに多くの型が伝承されているが、琉球王国時代には得意とする型を3つ程度に取捨選択して稽古する武術家が多く、複数の師に教えを乞うことでさらに多くの型を学ぶもいた。

変手ヒンディー
 流派や系統によっては「型分解」や「分解組手」、「応用組手」とも呼ばれる。型に内包されている技法を実際に相手と組んで練習することで、その有効性を検証する約束組手稽古の一種である。型の解釈は流派や系統によって異なるため、同じ型に関する変手を稽古しても技に違いが生じることもある。
 また、琉球王国時代の上級者同士の変手では、しばしば決まった技から任意の技へとアトランダムに連絡変化させることで、通常の約束組手と自由組手の中間のような組手稽古として修練することもあった。

・約束組手
 流派や系統によっては「掛かり稽古」とも呼ばれ、決まった手順に従って技を掛け合う組手稽古法である。型と異なり、約束組手には琉球王国時代から複数の流派に共通した形式というものが存在しない。そのため、約束組手は各流派や武術家が独自に創作したものが口伝で伝えられていたが、現在では失伝しているものも多い。琉球王国時代に中国から輸入された武術書には組手の作法が書かれたものもあり、当時琉球の武術家達の間で珍重されたと言われている。

・イリクミ(入り組)
 「相手に肉薄して戦う術」という意味の言葉であると共に、試合形式で互いに技を掛け合う自由組手の古称でもある。流派や系統によっては「いりはじり」とも呼ばれ、様々な作法が存在する。琉球王国時代に一般的だった作法の1つは、「カキディー(掛け手)」と呼ばれる稽古法である。カキディーは、互いに前腕を合わせた状態から自由に技を繰り出し合う古流の組手稽古法で、後述するカキダミシもこの作法に則って行われることが多かった。
 カキディーによく似た稽古法として、剛柔流や少林流では「カキエ」と呼ばれる組手が伝承されている。互いに前腕を合わせて押し引きを繰り返す中で、相手の動きを感じ取る皮膚感覚を養い、筋骨を鍛えつつ互いに技の攻防をし合う独特な組手稽古である。
 他にも、松林流や小林流では「チブルサーエー(頭抑え)」や「鍛眼法」と呼ばれる自由組手が伝承されており、攻撃の代わりとして互いの頭に触れることを狙い合う。

・カキダミシ(掛け試し)
 琉球王国時代に行われていた空手の野試合である。カキディーの作法に則って行われることが多く、ある程度勝負が着くと立会人が試合を中止させた。当時はカキダミシに対して否定的な考え方を持つ武術家もいたが、本部朝基を始めとした一部の空手家は積極的にカキダミシを行うことで実戦的な組手を稽古していた。
 また、高名な武術家は無作法な輩から問答無用の勝負を挑まれたり、海賊や山賊などから突然襲われることもあったため、そのような護身の逸話も「広義のカキダミシ」として世に語られることがある。

・その他
 地面に立てた棒に藁を巻いた「巻藁」、泡盛用の重い瓶である「カーミー(甕)」、1尺2寸~3寸の棒の先端に円形の石や鉄を差し込んだ「チーシー」、重さ10斤の石を錠前形に加工した「サーシー」などの器具を用いた鍛練法が伝承されており、筋骨や皮膚を鍛えることで頑強な体を作り上げることが出来る。また、お互いに腕をぶつけ合ったり、胴体などを打撃し合ったりすることで上半身の筋骨を鍛える「小手鍛え」や、同じく互いに脚を蹴り合うことで下半身の筋骨を鍛える「下肢鍛え」などの鍛練法もあり、器具を用いた鍛練法と合わせて「補助運動」と総称することもある。
 男性修業者がしばしば上半身裸で稽古を行なうことは、琉球王国時代から続く習慣の1つである。皮膚を鍛えると共に筋肉や関節の動きを明確にし、帯や上衣で上半身を締め付けないことで心身の緊張をほぐすことが出来る。


※参考文献
・岩井虎伯『本部朝基と琉球カラテ』愛隆堂 平成14年
・三木二三郎、高田瑞穂『拳法概説』榕樹書林 2002年
・「月刊秘伝」編集部『空手の命 ~「形」で使う「組手」で学ぶ~: オリンピック種目決定の今こそ知る、武道の原点!』BABジャパン 2019年
・摩文仁賢和、仲宗根源和『空手道入門―攻防拳法(普及版)』榕樹書林 2006年
・宮城篤正『空手の歴史』おきなわ文庫 1987年
・NHK BS1『手(Tee) ~沖縄空手 本当の強さ~』2015年2月19日放送
・国際沖縄剛柔流空手道連盟(IOGKF) 公式ホームページ『Kakie』
http://www.iogkf.com/resources/kakie/
・小林流武徳館ニューキャッスル道場(南アフリカ)公式ホームページ『08. Kumite』
https://newcastlekarate.wordpress.com/08-kumite/
・本部流 公式ホームページ『掛け手』
https://www.motobu-ryu.org/%E6%9C%AC%E9%83%A8%E6%8B%B3%E6%B3%95/%E6%9C%AC%E9%83%A8%E6%8B%B3%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%8A%80%E8%A1%93%E4%BD%93%E7%B3%BB/%E6%8E%9B%E3%81%91%E6%89%8B/
・本部流のブログ『古流唐手の技術体系』
https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12145220828.html
・本部流のブログ『掛け手の戦前の記録』
https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12437050077.html
しおりを挟む

処理中です...