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第6話 事件は唐突に

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「ユズハさん、万年筆をありがとうございました!」
「いえいえ、私の方こそありがとうございます!」
「君たちね、俺のお金で買ったこと分かってる?」

 研修期間中、饅頭屋のある道が見回りのルートだったリアムとユズハは、当たり前のように饅頭屋に立ち寄っていた。リアムとしてはすぐさま通り過ぎたかったが、ユズハがリリィを見つけた途端、駆け寄っていったのだ。そして、お互いにお礼を言い合う。お金を払ったリアムの目の前で。リアムはすかさず自分の金だと指摘するが、二人は当たり前のように無視し、笑顔で話し合う。

「また今度の休日に来ますね!」
「はい! それまでに新しい饅頭を考えておきます!」

 出会って数日なのに、なんでこんなに仲がいいのだろう。疑問に思いつつ、これ以上サボると教官から怒られると思ったリアムは、ユズハをリリィから引き剥がす。

「ほら、さっさといくぞ」
「あーん、リリィちゃんともう少し話させて下さいー!」
「二人ともお仕事頑張ってー!」

 リリィへ手を振ってから、見回りへと二人は戻る。無理やりリリィから剥がされたユズハが、頰を膨らませてリアムを睨んだ。

「なんですか、嫉妬ですか。私にリリィちゃんを取られると思っているんですね。このシスコンめ」
「ふん、言ってろ」

 騒ぐユズハを鬱陶しいと思いながら、リアムはつかつかと歩く。そして、進行方向に多くの人がある家の外で群がっているのが目に入った。

「なんだ、あれ?」
「ちょっとリアム! 私の話を聞いているんですか!」
「ああ聞いてる聞いてる」

 全く話を聞いてなかったリアムは適当に返事をして、その人混みに近づいていく。文句を言いたかったユズハも人混みに気づいて、そちらに意識が向く。

「誰か芸でもやっているのでしょうか?」
「それにしては、演者の声が聞こえないけどな」
「すみません、ちょっといいですか?」

 ユズハが事情を聞こうと、近くにいた男に事情を訪ねる。

「なんでこんなに人が集まっているんですか?」
「お、あんたら自警団か。ちょうどいいや。あれを見てくれ」

 着ている制服を見て、二人を自警団と思った男が、とある家を指差した。
 その家はただの一軒家にしか見えない。しかし、その外に、大勢の町民が集まっている。彼らは家の方を見て、不安な様子で何やら話し合っていた。

「あの家がどうしたんですか?」
「あの家の窓を見てくれ」
「……なんか汚れてる?」

 窓をじっと見つめてリアムが呟いた。リアムの位置は少し家の窓から遠いため、リアムの目には何かの汚れにしか見えなかった。しかし、ここよりも近くで見た男がその汚れの推測を話す。

「あの窓に付いているもの、赤く見えないか?」
「確かに赤く見えるような……」
「あれが血に見えるからって、皆集まっているんだよ。だけど、全員気味悪がって家の中に入ろうとしねぇんだ。お前さんら、自警団ならあの家を訪ねてくれねぇか?」
「あの家に住んでる人はどんな人ですか?」
「確か、あの家は、商人の夫婦と女の子が住んでいたはずだ」

 研修生だから無理、という言い訳は通用しない。見回り中に起きた問題への対処。これも研修の一環だ。
 二人は人混みの中を進み、問題の一軒家の前へと辿り着く。確かに近くで見れば、窓についた汚れは血のように見えた。

「すみませーん、自警団の者です! 少しお話したいことがあるのですがー!」
 
 ユズハが家の中の人に聞こえるように大きな声を出すが、中から返事はない。どうしますか、といった視線でユズハが見てくる。ここで待っていてもしょうがない、とリアムは躊躇うことなく、扉に手をかけた。
 ユズハが少し驚きを見せる中、扉は鍵が掛かってなかったので簡単に開いた。リアムはゆっくりと開け、隙間から家の中の様子を確認する。
 物音一つしない。人の気配が全く感じられなかった。

「失礼しまーす。ちょっとお話いいですかー」
「リ、リアム、勝手に中に入るのはーー」

 注意をしてくるユズハを、リアムは手を振って制する。扉を開けて中に入れば、奥の扉に大量の血がついていたのだ。それに遅れて気づいたユズハも真剣な表情になり、家の中に入る。
 二人は警戒をしながら、奥の扉に近づいた。お互いに顔を見て、頷く。そして、一気に扉を開け、部屋の中に入った。

「っ!」
「ひどい……!」

 部屋の中は悲惨だった。物は散在しており、至る所に血が飛び散っている。部屋の中心には、夫婦と思われる男女が大量の血を流して横たわっていた。

「大丈夫ですか!?」

 ユズハが急いで女の方に駆け寄る。リアムも男の方に駆け寄って安否を確認する。呼吸があるか確かめるが、男はもう息をしていなかった。

「駄目だ、この人はもう……」
「こっちは生きてる!」
「……うぅ」

 ユズハが抱えている女はまだ息があった。口から血を流しながら、彼女は縋るようにユズハの腕を掴む。ぐずぐずしている時間はない。一刻も早く彼女を手当てしないと死んでしまう。

「リアム、すぐに医者を呼んでください!」
「無駄よ……私…りも……」
「喋らないで!」
「私よりもあの子を……!」

 その一言でリアムは気付いた。男の話によれば、三人家族だったはず。しかし、女の子がどこにもいない。

「きゃあああああ!!」
「「っ!」」

 窓が派手に割れた音がした。そして続けて、外に集まっていた人々の叫び声も聞こえる。
 急いで外に出れば、血の付いた黒い服を着た男が、気絶して口を布で覆われている少女を抱えて、遠くへと駆けていた。
 ずっと隠れていたのだろう。奴と同じ家の中にいたというのに、気づくことができなかった自分を恨みながら、リアムは戸惑っている町民たちに指示を出す。母親を介抱していて、家からリアムより少し遅れて出てきたユズハが、逃げる男の黒い服を見て、目を見開いた。

「誰か医者を呼んでくれ! 中に重傷者がいる!」
「あの服は……!」
「ユズハ、追うぞ!」
「殺してやる!」
「は? ユズハ!?」
 
 ユズハから物騒な言葉が聞こえ、リアムが驚いて彼女を見るが、その一瞬で彼女は疾風の如く駆けて行った。チラリと見えた彼女の横顔は、とてつもなく殺気立っていた。置いていかれないように、リアムもユズハの背中を急いで追いかける。
 逃げている男の足は速い。少女一人を抱えているというのに、ユズハとの距離が縮まらない。どこかの角で男が曲がりでもしたら、見失ってしまうだろう。このままでは逃げ切られる。そんなことは死んでもさせないと、目をギラつかせ、ユズハが愛刀を鞘から抜く。

「なっ!? ユズハ、よせ!!」

 そして、殺人鬼に目掛けて、思いっきり投げ飛ばした。後ろのリアムが子供に当たることを危惧して静止の声を上げるが、虚しくもそれは間に合わない。
 刀はまるでレーザーのように真っ直ぐ飛んでいき、逃げる殺人鬼のヒラヒラとした黒い服のみを貫いた。刀はそのまま地面へと突き刺さり、殺人鬼はその場に固定されてしまう。
 剣を抜こうと殺人鬼が手を伸ばした時には、追いついたユズハが殺人鬼の顔へと飛び蹴りを見舞う。上半身を仰け反らした殺人鬼に、ユズハは剣を地面から抜き、切り捨てようとするが、殺人鬼が人質の少女をユズハへと放り投げてきた。
 ユズハが少女を受け取った隙に、殺人鬼が袖に隠していた短剣を取り出し、ユズハの喉元に目掛け、突き刺そうと襲い掛かる。たとえユズハが少女を放り投げて避けようとしても、間に合わない。勝ちを確信した殺人鬼だったが、その短剣がユズハに届くことはなかった。
 ユズハの後ろから氷の壁が突如として現れ、短剣を持った殺人鬼の腕を呑み込む。殺人鬼の腕は氷壁の一部となり、殺人鬼はその場から離れることもできなくなる。リアムが氷魔法で援護したのだ。ユズハもそれが分かっていて、少女を放り投げて避けることをしなかった。

「ユズハ、女の子は無事か!? っておい!?」

 リアムがユズハの元に辿り着き、少女の安否を問うが、ユズハは安否確認もせずに少女を地面へと置き、殺人鬼へと詰め寄る。殺人鬼は氷壁を殴り、自分の腕を取り出そうと抵抗しているが、氷壁は分厚くてヒビ一つできない。

「このガキどもっ、ぶっ殺してやるからなぁ!!」
「……」

 怒りの感情をぶつけてくる殺人鬼に、ユズハは無言で斬りかかった。すんでのところでリアムが止めに入る。

「何してんだ、ユズハ!」
「離してくださいっ!!」
「落ち着けって! こいつを殺してどうする! こいつには喋ってもらわないと困ることがあるだろ!!」
「うるさいっ!!」
「お前は、なんで怒っているんだ! とにかくっ、事情を話せって!!」
「こいつは……! こいつらはっ!!」

 掴んできたリアムの腕を引き剥がし、ユズハは声を荒げて告げる。

「私の親を殺した人攫いなんですよっ!」
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