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第1話 義賊と副団長

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 月明かりを遮る曇天。
 暗闇が蔓延る町の、屋根から屋根へと飛ぶ影が一つ。紙をばら撒きながら、夜の町を駆けている。
 その影を追い、町中を走る男たち。その腰には、一振りの剣があり、全員が同じ制服を身にしている。その集団の正体は、この町が誇る自警団だった。

「待ちやがれぇぇ!」

 自警団の一人が怒鳴り散らかすが、追われている影はその足を止めない。

「待てと言われて、待つ奴がいるかっての!」

 白い仮面をつけ、屋根から屋根へと駆ける男は、自分を追って来てる者達に、ビシッと中指を立てる。

「あんにゃろ~っ!! テメェら、構わねぇ、ぶっ放せ!」

 集団のリーダーである男が青筋を立てて、怒鳴るように部下に命令した。上司の命令に従い、数人の部下がぶつぶつと何か唱え始める。

「お、おいっ! 町中で魔法ぶっ放す気か!?」
「撃てぇ!!」
「うおおっ!? マジで撃ってきやがった!?」

 放たれる炎の塊が、仮面の男に真っ直ぐ襲いかかる。俊敏な身のこなしでなんとか避ける仮面の男だが、魔法による攻撃はより一層激しくなっていく。

「馬鹿野郎ぉぉぉ!! 町が壊れていくだろうがぁぁ!!」

 仮面の男が叫ぶように、数多くの炎の塊が、屋根をどんどん吹き飛ばし、家をボロボロに燃やしていく。

「気にするな、てめぇら! 奴を捕まえて、全部、奴のやったことにすればいい!」
「ふざけんな、この野郎ぉ!!」

 捕まる気の無い仮面の男。しかし、このまま逃げ続ければ町が破壊されていくだけ。それは、義賊の男にとって見過ごせることではなかった。

(仕方ねぇ! 一か八かだっ!)

 視野を覆うほどの炎が、仮面の男に襲いかかってくる。身構える仮面の男に、無数の炎がぶつかったかと思うと、爆発の煙がどかんと生まれた。

「やったか!」

 嬉しそうに笑う、集団のリーダー。その部下達も、魔法の詠唱をやめ、仕留めたのか確認するため、煙が立ち去るのを待つ。
 夜風によって煙が立ち去り、露わになったのは

「なっ、氷!?」

 炎を受けたというのに一切溶けていない氷壁だった。
 消えた仮面の男の居場所を自警団が慌てて探す中、その背後にシュタッと降り立つ影が一つ。

「悪いが、簡単に捕まる気はなくてな」

 自警団が声の方を振り向いた時には、彼らの下半身は氷で覆われ、身動きができなくなる。

「お勤めご苦労さん、自警団の皆様」
「待てや、この義賊野郎ぉぉ!!」
 
 怒鳴る声を無視して、義賊と呼ばれた仮面の男は路地裏へと入っていく。

「あいつら、好き勝手に魔法ぶっ放しやがって……服が焦げたじゃねぇか」

 愚痴る仮面の男は、服についた煤を払いながら、帰路につく。もう追っ手は振り払ったと安心していた最中

「うおっ!?」

 キラリと暗闇で輝く白刃が、男の仮面へと襲いかかった。男は咄嗟に反応するが、完全に回避できず、仮面の端が切り落とされる。

「惜しいっ! あと一歩のところだったのですが」

 ひやりと冷汗をかく仮面の男は、暗闇から現れて悔しそうな表情をしている、自分の虚をついた人物を見て驚いた。

「今のはいけたと思ったんですけどねぇ~。流石は、巷で氷結の義賊と呼ばれているだけはありますね」
「おいおい……なんで、こんな路地裏に自警団の天才剣士様がいるんだ?」
「お久しぶりです。といっても、会うのは一週間ぶりですが」

 そこにいたのは、不敵に笑う、華奢な少女だった。自警団の制服を見に纏い、その左手には、素人の目でも分かるような名刀が握られている。

「予想通りです。あなたは逃げる時に、地図にも書かれていない路地裏をよく使いますから。張っていれば遭遇すると思ってましたよ。ここらの路地裏で地図に書かれていないのは、この路地裏だけですからね。地図に書かれていないから、この路地裏を見つけるのも苦労したんですよ?」
「こんな路地裏で待っていてくれるとはな。あんたがそこまで俺のファンだったのは驚きだよ」
「すみませんが、犯罪者は……恋愛対象外なんですよねっ!」
「くっ!」

 不敵な笑みをやめ、真剣な眼差しになった少女が、鋭い突きを容赦なく放った。仮面の男は辛うじて反応する。
 男の小刀が、少女の名刀を弾く。少女の名刀は刃こぼれしないが、男の小刀はこれでもかというほどガリガリ削られた。一撃目を防がれた少女は、瞬きをする刹那で二撃目を繰り出す。
 常人ならば反応することができない速さで繰り出される、少女の二撃目。しかし、何度も彼女と手合わせをしている男は反応ができ、その二撃目を受けずに避けた。そして、すぐさま袖に隠してあった二本目の小刀を少女へ投じる。
 暗闇の中で見えにくい漆黒の小刀。少女は刀一つでそれを弾き、その弾かれて落ちる小刀を男の仮面へ目掛けて蹴り飛ばした。

「うおっ!?」
「今日こそ捕まえてみせるっ!!」

 少女の巧みな反撃に、男の反応が遅れた。小刀が仮面に擦り、男の顔から仮面が外れそうになる。男は慌てて、正体がバレないように仮面を抑えるが、その男の隙を突き、少女が男の懐まで侵入する。男が白刃に警戒する中、少女は刀の柄で思い切り男の腹を突いた。

「ぐっ!?」

 男が仰け反り、少女がとどめの一撃を喰らわせようとする。しかし、少女は身の危険を感じ取り、男から咄嗟に距離を取る。少女のいた場所に、氷の鋭い柱が突き刺さった。

「今のを避けるか……」
「相変わらず卑怯ですね、貴方の魔法は」
「お前の才能の方が卑怯だ」

 氷魔法を繰り出した、痛む腹をさする男は、少女の剣の腕に嫉妬の感情を露わにした。少女はその控えめな胸を張り、ふふんと得意げな顔になる。

「まぁ、私は天才ですし?」
「相変わらずうざ可愛いなぁ、お前」
「私が可愛いのはわかりますが、犯罪者は恋愛対象外です」
「なんで俺はお前に振られているの?」

 仮面を被っていても、困った顔をしていることがわかる男は、まだ得意げな顔をしている少女に、そういえば、と先程から疑問に思っていたことを尋ねた。

「なぁ、なんでお前は一人なの? 自警団の副団長が護衛を引き連れていないっておかしくないか?」

 得意げな顔をしていた少女が、その指摘にギクリと身を震わせた。しどろもどろになりながら、彼女は答える。その答えには、男にとって聞き捨てならないことがあった。

「そ、それは、あれですよ、あれ! ほら、護衛の彼らは、貴方が引き起こした火事の消火活動をしないといけませんから」
「いや、火事を起こしたのは俺じゃねぇぞ!? 勝手に罪を擦りつけるなっ! お前のところの馬鹿どもが町中で炎魔法なんて使うからだろ!」
「などと被疑者は供述しており……」
「事実だから!」
「今のは聞かなかったことにします。ええ、私は何も聞いてませんとも。だって、それが事実だったら、自警団の立場が危うくなりますし。自警団が無くなったら、私、無職になっちゃいますし。都合の悪い真実は闇に葬ってしまえばいいのです」
「副団長の台詞とは思えないな……というか、自分の部下が引き起こした火事だから、副団長のお前も消火しないといけないだろ」
「うぐっ」

 核心を突く男の指摘に、消火活動が嫌で抜け出してきた少女は、それを言うわけにもいかず、消火活動をしていない理由をでっち上げる。

「な、何を言っているんです。誰かが貴方を捕まえないといけないでしょう。だから、私がですね、どうしてもしょうがなく、ええ、本当にしょうがなく、貴方を捕まえに来たんですよ」
「嘘つけ」
「う、嘘じゃありません! 部下たちだって、快く私を見送ってくれました!」

 本当かぁ? と疑いの目を向ける男。少女は内心焦りながらも、それを表情には出さない。そんな中、火事が起きている場所から

『団長ぉー! 副団長が見当たりません!』
『消火活動が面倒で逃げ出したかと思われます!!』
『お前らぁ、あのバカを連れてきた奴に、副団長の座をやる!! あのバカは切腹だぁ!!』

 自警団の者たちと思われる大声が聞こえてきた。
 義賊の男は、少女を責めるように黙って見るが、少女は汗を流しながら、目を合わせようとしない。そんな少女を見て、義賊の男はあることを思いつく。
 義賊の男はニヤニヤしながら、少女の方から火事が起きている場所の方に顔を向けて

「団長さぁーん! ここにサボっている副団長がいまーす!!」
『なにぃぃ!?』

 大声で叫んだ。

「やめてぇ! 切腹だけは嫌ぁぁ!」
「団長さぁーん!」
「お願いだから叫ばないでぇ!!」

 仮面の男の予想外の動きに、少女が慌てふためいた。彼女の上司の怒りの声がどんどん近づいてきて、少女はどんな言い訳をしようか本気で悩み始める。そんな少女の隙を突いて、男は家の屋根へと飛び登った。

「私を一人にしないでぇ!」
「誤解されるような言い方するな!」
「私と一緒に捕まってぇ!!」
「嫌に決まっているだろうが!」

 仮面の男は、自分を見上げながら叫ぶ少女を無視して、その場から離れたのだった。








「ほんと散々でしたよ、昨日は!」
「はいはい、大変でしたね、そりゃあ」

 饅頭屋にて、饅頭を頬張りながら不満を漏らす少女。自警団の副団長である彼女の隣には、もはや彼女のシンボルとも言える名刀が立てかけられていた。
 昨日の出来事に対する少女の愚痴を聞かされていた男は、曖昧な返事をしつつ、自分が営む饅頭屋の掃除をする。

「で、その後、どうなったんだ? 団長に怒られでもしたか?」
「団長に捕まったら切腹させられちゃうので、急いで逃げちゃいました。今の私は逃亡中の身です」
「あぁ、だから今日の朝、こんなもんが町中で配られていたのか」
「何が配られていたんです?」
「ほれ」

 男がポケットから一枚の紙を取り出して少女に差し出した。その紙には、少女の顔がでかでかと貼られ、その下に少女の名前と賞金が書かれていた。

「え、私、懸賞金かけられているんですかっ!?」
「ああ、それも、今の賞金首の中で、氷結の義賊に次いでの金額だ。町中の人間がお前のことを血眼になって探しているよ、賞金首のユズハさん」
「あはは、そんな、まさかぁ……ちょっと席を移動しますね」

 店の外から見える席に座っていた少女は、急いで饅頭屋で一番奥の席に座り直した。ユズハと呼ばれた少女は縮こまって店外を警戒する。

「ここまでやるなんて……ベルナルド団長、いくらなんでもやり過ぎ……あ、饅頭おかわり下さい」
「お前な、まだ食うの?」

 溜息を吐きながらも、男は少女に新しい饅頭を渡す。男の嫌そうな返事に、ユズハはムッとした顔で、渡された饅頭にかぶりつく。

「なんですか、 なんなんですか。私が死なずにまた饅頭食べて来てあげているんですよ。リアムは嬉しくないんですか?」
「嬉しくねぇよ! 毎回毎回、金も払わずに食いやがって! しかも、お前は大食いだから大損なんだよ!」

 リアムと呼ばれた青年は、金も払わずに当たり前のように商品の饅頭を食っているユズハに対して怒りを露わにする。

「うぐっ、そ、それは、申し訳ないと、思ってはいるんですよ? でも、自警団の仕事って大変な割に給料は良くないですし、大変だからお腹だって減るんです……しょうがないじゃないですかぁ」
「ツケがどんだけ溜まっているのか、把握しているか? 一度も払ってもらったことがないんだけど。ツケでお願いしますは今日は通用しないぞ!」
「で、でも、ですね、今、お金がなくてぇ…………あっ、そうか。お金がなくてもツケは返せますね。なんだ、もぉ~、そういう事なら早く言ってくださいよぉ」
「あ?」

 ユズハがにやにやと笑っている意味が分からず、リアムは首を傾げる。何か自分はおかしな事を言ったかとリアムが疑問に思う中、ユズハが席から立ち上がり、彼の前に立った。

「ツケは身体で払えって言いたいのでしょう? リアムさんも女の子に興味があったんですねぇ。ええ、いいですとも、今までの饅頭のツケは、私の持っている饅頭でどうですかぁ?」

 ユズハが顔を少し赤らめながら、自分の双丘を寄せて、もにもにと揉んでみせる。
 ユズハが言っていることを一瞬理解できなかったリアムは、ぱちくりと瞬きをする。程なくして状況を理解した彼は、ユズハが自分で揉んでいる胸を品定めするように、まじまじと見て

「はっ」

 鼻で笑った。

「今、馬鹿にするように笑いましたね!? どういうことだこら!! 理由によってはここで斬り捨ててやるっ!!」

 女としてのプライドが傷つけられたとブチ切れたユズハが、己の愛刀に手をかけ、すぐにでも男を斬れるように構える。リアムはそんなユズハに臆することなく、口を開いた。

「お前の貧相な饅頭を揉むぐらいなら、本物の饅頭でも揉んだ方がマシだ」
「ぶっ殺してやります!」
「待て待て、店内で刀振り回すな! 第一な、ツケを身体で払うって売女か、お前は!」
「金がないのに、ツケを払えって言ってきたのはそっちでしょう!」
「そういう意味で言ってねぇよ! ちゃんと今までのツケは今日、お金で払ってもらうから」
「え、私、今お金持ってませんよ?」
「大丈夫、そろそろ……お、噂をすればなんとやら」

 リアムの饅頭屋に新たな客が訪れる。
 リアムの言うことが理解できてなかったユズハは、その新たに店に入ってきた人物を見て固まった。

「ベルナルド団長、お久しぶりです。彼女はそこに」
「ご苦労、情報提供に感謝する」

 見るからに厳格そうな男。
 リアムがベルナルド団長と呼んだ男は、ユズハの上司と言える人物だった。ベルナルドにぎらりと睨まれた彼女は、びくりと身を震わせる。

「えっと、あの、おはよう、ござい、ます……えへへ、あぎゃ!?」

 愛想笑いをしていたユズハは、無言で近づいてきたベルナルドに頭を叩かれ、その手首に手錠を嵌められるのだった。

「え、手錠? ちょ、団長、いくらなんでも、部下の私にこれはやりすぎじゃあ。昨日、消火活動せずに、義賊を追っかけたのは謝りますからぁ!」
「それとこれは別件だ。とある饅頭屋からの通報でな、金も払わずに饅頭を食う奴がいると聞いた」
「リアムの裏切り者っ!! 客を売るなんてぇ!!」
「金払っていない奴が客を語るなボケ」
「無銭飲食で逮捕する」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 無様にも必死に抵抗するユズハ。しかし、ベルナルドの腕はびくりとも動かない。そんな状況で、リアムは爆弾を新たに投下する。

「団長さん、今、その刀を持った娘に斬り捨ててやると脅されました」
「脅迫罪だな」
「謝りますからぁぁ!! それは謝るから助けて下さいぃぃぃ!!」

 ずるずるとベルナルドに引きずられるユズハ。彼女はリアムに必死に助けを求めるが、リアムが助けるわけない。なぜならーー

「これが礼の懸賞金だ。それと、今までのこいつのツケの分も払っておく」
「ありがとうございます。しっかりと受け取らせていただきます」

 金の入った袋二つがベルナルドからリアムに渡される。ユズハを引き渡して得られた金なのだ。リアムがユズハを助けるなど、その金を手放すということにもなってしまう。当然のように、リアムはユズハの助けを求める声を無視した。

「リアムのばかぁぁぁ!!」

 じたばたと暴れるアヤハだが、ベルナルドに店外へと引きずり出されてしまう。

「だ、団長、これから私はどうなっちゃうんです?」
「……」
「まさか、やっぱり、あれですか、切腹とかだったり……?」
「……」
「切腹させられちゃうんですか、私!?」
「……」
「何か言って! お願いだから、無言で返事するのやめてぇ! 無言が一番怖いんですぅ!」
「言っておくが、ツケの分はお前の給料から差っ引くからな」
「それだけはご勘弁をぉぉぉぉ!」

 町民たちがベルナルドの進む道を自然と作る。そして、ベルナルドはユズハを引きずりながら、人混みへと消えていった。

(ほんと、俺を捕まえようとする時は、びっくりするぐらいおっかないのになぁ)

 巷で氷結の義賊と呼ばれていることを隠しているリアムは、普段のユズハと剣を構えたユズハを想像して、その差に思わず笑い、店掃除を再開するのだった。
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