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第5話 や、やってしまった…
しおりを挟むグラスの中身を彼にかけてから、私はすぐにしゃがみ込む少女のもとへ駆け寄る。
「大丈夫?ほら、もう泣かないの」
持っていたハンカチで涙を拭えば…クソ男はブスだとか失礼極まりないことを言っていたがとんでもない。
もの凄く可愛い子だった。
くりっとした大きな瞳、染めているだろう茶色の髪はふわっとウェーブしており愛らしい顔立ちの彼女によく似合っていた。
「す、すみませ…」
「大きく深呼吸して…そう。落ち着いてきた?」
コクリと頷く彼女に、一緒に出ようかと声をかける。
「…待てよ」
けれど、そう簡単に帰してくれないだろうことは分かっていた。
一宮悠月は怒りを現して立ち上がる。
先程までは何が起きたか理解出来ない、という表情で唖然としていた。
周りの女ーーもうモブでいいか。
モブたちは自分にも水が跳ねただの何だのと未だに騒いでいる。
「この俺にそんな事してただで済むと思ってんのか?」
でたぁー!なんてテンプレ通りの台詞。
高校生、ってことを考えるとそれはそれで微笑ましいけれど、そんな脅しに屈するような女じゃないよ?
「じゃあどうする気?訴える?パパ、ママ助けてって偉い人に縋る?自分の力でどうにか出来るならやってみなさい。私は正々堂々と受けてたつわよ」
「…ックソが!」
咆える。
どうやら図星だったようで、顔を真っ赤にさせてこちらを睨み、拳を握って私へと歩み寄った。
「おい、悠月…」
不穏な空気に止めに入ろうとする霧島くんを再度制し、私は一歩も引かず彼の動きを見ていた。
(言葉で聞かなかったら暴力、か…これは誰かが止めないといけないよね)
きっと幼い頃から持て囃されたに違いない。
そのせいでプライドが高い、残念な子になっているのだろう。
それは何も彼の責任じゃない。
まだ高校生のーー子供な彼に大切なことを教えていない周りの大人、引いては両親の責任だ。
(だからって…それを許せる私じゃないけどね)
案の定、勢いよく拳を振り上げ遠慮なく下ろされる。
けれどそれは玖音によって軽々と受け止められた。
「…っ!?」
「お坊ちゃまには分からないかもしれないけど、誰もがあんたの言いなりになると思わないことね」
その容姿に圧倒的な知名度、これで釣れなかった女性はいないのだろう。
噛み付かれた上に抵抗されるとは思ってもみなかった、そんな顔をする彼は初めて年相応の男の子に見えた。
(顔は…さすがにダメよね。仕事にも支障が出ないように…)
一応、相手は俳優さん。
ケガを負わせなようにと考えた結果ーー腕を引き、前に崩しながら相手の懐に踏み込む。
それから潜り込む様に体を沈め、相手を背負い「せいっ」と投げた。
いわゆる背負い投げをお見舞いしたのである。
悠月は視界が反転し、次の瞬間には床に投げ出されていた。
ほんの一瞬の出来事だった。
「私に触れようなんて十年早いわ。出直してきなさい」
「………」
「そうそう。訴えたいなら私の会社にでも何でも訴えればいいわ」
もうクビの覚悟は出来ている。
そう言い捨て、それからは彼に見向きもせず、霧島くんに迷惑をかけたと謝ってから少女を連れ立って外に出た。
しばらくして冷静な思考が戻れば、
(や、やってしまった!!)
その思いで埋め尽くされる玖音だった。
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