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28 真剣勝負
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アリサが到着したと報告を受け、ケントは迎えに出ることにした。今日やらなければいけないことはすべて終わっていたので、平服に着替えて城下へ繰り出した。
準備した家の前では既に荷物の搬入が開始されており、忙しそうに行ったり来たりしている人の中にアリサの姿もあった。
「アリサ」
ケントが声をかけると、ぱっと顔を輝かせたアリサが駆け寄ってくる。
「ようこそグリーンヒルへ」
「本当にありがとう。こんな立派な家まで用意してもらって……何てお礼を言えばいいのか……」
「お礼は今言われたから、それ以上は必要ないぞ」
ケントは爽やかな笑顔で言った。
そこへアリサの両親もやって来た。こちらはケントとは初対面なので、おそらく王子という肩書きにビビっているのだろう。ガチガチに緊張しているのが丸わかりである。
「ケ、ケント殿下におかれましては、この度のご厚情、何とお礼を申し上げればよいかーー」
「ああ、そんなにかしこまらないでください。こっちがやりにくくなっちゃうんで」
ケントは軽く言ったが、それが簡単にできるようなら誰も苦労はしないのである。
それを悟ったケントは、伝えるべきことを伝えることにした。
「こちらの都合でお願いしたことなので、気にしないでくださいーーそれから、仕事のことなんですが、細かい作業が上手だとうかがっていますので、新しい製作所での製産作業に携わっていただきたいと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
ケントはアリサの両親に石鹸の製産を任せるつもりでいた。製法の秘密を守る上でも適任だと思ったのだ。
「選り好みなどするつもりはございません。何から何までありがとうございます」
夫婦揃って深々と頭を下げた。
「それでは、少し落ち着いたところでアリサさんを通じてでもお声がけください。働いていただくのは、この街に慣れてからで結構ですよ」
「そ、そういうわけにはーー」
「はじめが肝心ですから。無理をしないで、この街にどんな場所があるか、どんな人たちがどうやって暮らしているのかーーそういったことを見て、環境に慣れてもらってから働き始めていただいた方が能率が上がると思っているので」
この頃になると、アリサの両親も、ケントが最初に思っていたような怖い人ではないということがわかってきたらしい。素直に謝意を表し、ケントの申し出を受け入れることにした。
「アリサはどうする? 学校に通うか、働き始めるか?」
「働くわ。学校で学ぶべきことはもう学び終えたと思うから」
「何かやりたいこととかあるのか?」
「できたら、食に関わる仕事がしたい、かな」
「ほう?」
「この国って食べ物に関して異様に発展してるでしょ。なんか、目覚めちゃったって言うか、もっと美味しいものが食べたいって言うか……」
「ははっ、アリサらしい動機でいいんじゃないか」
「笑わなくてもいいじゃない」
アリサは頬をふくらませた。
「まあまあ、そういうことならいいところ紹介してやるよ」
「ホント? 助かるわ」
「多分気に入ってくれると思うぞ」
翌日、ケントはアリサを一軒の店に連れて行った。
「ちわっす」
「おや、王子。いらっしゃい」
出迎えたのは三十代前半くらいの小綺麗な女性だった。
「あれかい?」
「うん。どう?」
訊かれた女性はにんまり笑った。
「準備はできてるよーーで、そちらの可愛いお嬢さんはどなたかな?」
「紹介するね。アリサっていって、ラスティーンで学校に行ってた時の友達です。アリサ、この人はサンディさん。見ればわかると思うけど、この店のマスター」
「サンディよ。よろしくね、アリサ」
「アリサです。よろしくお願いします」
ピョコン、と擬音が聞こえてきそうな勢いでアリサは頭を下げた。
「いい娘だね。看板娘になれそうだ」
サンディはアリサを一目で気に入ったらしい。
「ーーちょうど焼き上がったところなんだ。試してみてくれるかい」
サンディはすぐに茶色くて丸い物体を持ってきた。
「お、すごい。見た目完璧」
ケントは感心した。
「問題は味よ。いくら見た目が良くっても、美味しくなかったら何の意味もないわ」
真剣勝負に挑む剣豪のような表情でサンディは言った。
「お、おう。そりゃそうだ」
気圧されたケントは思わずどもってしまう。
サンディは切り分けたものを二人の前に出した。
「どうぞ。お試しください」
「うむ」
なぜかケントまでかしこまってしまう。
つられるようにアリサも表情を固くした。が、出されたものについての興味は隠しきれていない。
「これって、何かすごいもののような気がする」
そう思うと、自然と表情も引き締まる。
なぜか場には勝負の雰囲気が醸成されていた。
準備した家の前では既に荷物の搬入が開始されており、忙しそうに行ったり来たりしている人の中にアリサの姿もあった。
「アリサ」
ケントが声をかけると、ぱっと顔を輝かせたアリサが駆け寄ってくる。
「ようこそグリーンヒルへ」
「本当にありがとう。こんな立派な家まで用意してもらって……何てお礼を言えばいいのか……」
「お礼は今言われたから、それ以上は必要ないぞ」
ケントは爽やかな笑顔で言った。
そこへアリサの両親もやって来た。こちらはケントとは初対面なので、おそらく王子という肩書きにビビっているのだろう。ガチガチに緊張しているのが丸わかりである。
「ケ、ケント殿下におかれましては、この度のご厚情、何とお礼を申し上げればよいかーー」
「ああ、そんなにかしこまらないでください。こっちがやりにくくなっちゃうんで」
ケントは軽く言ったが、それが簡単にできるようなら誰も苦労はしないのである。
それを悟ったケントは、伝えるべきことを伝えることにした。
「こちらの都合でお願いしたことなので、気にしないでくださいーーそれから、仕事のことなんですが、細かい作業が上手だとうかがっていますので、新しい製作所での製産作業に携わっていただきたいと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
ケントはアリサの両親に石鹸の製産を任せるつもりでいた。製法の秘密を守る上でも適任だと思ったのだ。
「選り好みなどするつもりはございません。何から何までありがとうございます」
夫婦揃って深々と頭を下げた。
「それでは、少し落ち着いたところでアリサさんを通じてでもお声がけください。働いていただくのは、この街に慣れてからで結構ですよ」
「そ、そういうわけにはーー」
「はじめが肝心ですから。無理をしないで、この街にどんな場所があるか、どんな人たちがどうやって暮らしているのかーーそういったことを見て、環境に慣れてもらってから働き始めていただいた方が能率が上がると思っているので」
この頃になると、アリサの両親も、ケントが最初に思っていたような怖い人ではないということがわかってきたらしい。素直に謝意を表し、ケントの申し出を受け入れることにした。
「アリサはどうする? 学校に通うか、働き始めるか?」
「働くわ。学校で学ぶべきことはもう学び終えたと思うから」
「何かやりたいこととかあるのか?」
「できたら、食に関わる仕事がしたい、かな」
「ほう?」
「この国って食べ物に関して異様に発展してるでしょ。なんか、目覚めちゃったって言うか、もっと美味しいものが食べたいって言うか……」
「ははっ、アリサらしい動機でいいんじゃないか」
「笑わなくてもいいじゃない」
アリサは頬をふくらませた。
「まあまあ、そういうことならいいところ紹介してやるよ」
「ホント? 助かるわ」
「多分気に入ってくれると思うぞ」
翌日、ケントはアリサを一軒の店に連れて行った。
「ちわっす」
「おや、王子。いらっしゃい」
出迎えたのは三十代前半くらいの小綺麗な女性だった。
「あれかい?」
「うん。どう?」
訊かれた女性はにんまり笑った。
「準備はできてるよーーで、そちらの可愛いお嬢さんはどなたかな?」
「紹介するね。アリサっていって、ラスティーンで学校に行ってた時の友達です。アリサ、この人はサンディさん。見ればわかると思うけど、この店のマスター」
「サンディよ。よろしくね、アリサ」
「アリサです。よろしくお願いします」
ピョコン、と擬音が聞こえてきそうな勢いでアリサは頭を下げた。
「いい娘だね。看板娘になれそうだ」
サンディはアリサを一目で気に入ったらしい。
「ーーちょうど焼き上がったところなんだ。試してみてくれるかい」
サンディはすぐに茶色くて丸い物体を持ってきた。
「お、すごい。見た目完璧」
ケントは感心した。
「問題は味よ。いくら見た目が良くっても、美味しくなかったら何の意味もないわ」
真剣勝負に挑む剣豪のような表情でサンディは言った。
「お、おう。そりゃそうだ」
気圧されたケントは思わずどもってしまう。
サンディは切り分けたものを二人の前に出した。
「どうぞ。お試しください」
「うむ」
なぜかケントまでかしこまってしまう。
つられるようにアリサも表情を固くした。が、出されたものについての興味は隠しきれていない。
「これって、何かすごいもののような気がする」
そう思うと、自然と表情も引き締まる。
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