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8 皇女との会談
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「順調のようだな」
久しぶりに登城したケントは、父王に現状と今後の展望についての報告を行っていた。
「何とか。この先どうなるかはわかりませんがね」
ケントは少々お疲れ気味の笑顔を見せた。実際に激務でだいぶへばっていた。父王も「こいつ、俺より大変そうだな」という顔でケントを見ている。
「今のところおまえの働きは期待以上だーー馬鹿どもが悔しがっていることだろうよ」
ダスティン王は人の悪い笑みを浮かべた。
「で、このギルドってのは、あれか? 転生者の記憶ってやつか?」
「ええ。とは言っても、物語の中に出てきていただけのものですけどね」
「物語?」
ダスティン王は首を傾げたが、そこをそれ以上追及はしなかった。
「何で軍に組み込まなかった?」
「単純な話です。食わせていけません」
ケントは肩をすくめた。
「これだけいっぺんに人が増えて食糧問題が起きた中で、こちらで準備しなきゃならないものを増やすのは得策ではないと考えました。それに、兵士として雇えば給料を払わなければいけませんが、冒険者という形を採れば、自分の食い扶持は自分で稼いでくれるし、食糧も調達してくれる。一石二鳥だと思ったんです」
「一石二鳥じゃねえだろ。鳥はもう一羽いるんじゃねえか?」
言われて、ケントは微苦笑した。
「さすがですねーーそうです。いざという時は兵士になってもらうこともできます」
「裏切らねえか?」
「彼らを傭兵として捉えれば、その価値観は単純です。損得勘定をした時に、こちらの味方をした方が得だと思わせればいいわけです。そのためにギルドを作りました。いざという時に統制をとれるように」
「なるほどな」
ダスティン王は納得して頷いた。
それまで真面目な、どちらかと言えば硬い顔で話していたケントが表情を崩した。
「とは言っても、損得勘定じゃなくてお互いの絆で動く集団を目指してますけどね」
「ふははははっ」
愉快そうに笑うダスティン王。その顔は非常に満足そうだった。
「いいだろう。冒険者とギルドに関しては全面的におまえに任せる。好きなようにやれ。何ならおまえの私兵集団に作り上げてもいいぞ」
「私兵集団って……」
「難しく考えんな。おまえのファンを作れってことだ」
「ファンねえ……」
うーん、とケントは唸り声をあげた。
「まあそれは追々考えていけばいい。ラスティーンの現状は聞いてるか?」
「あまり良くないとしか」
「おまえにも仲良くしてたご学友ってのがいるだろ。もし死なせたくねえ連中がいるなら、早めにこっちに呼び寄せとけ」
「そんなに悪いのか?」
「いつおっぱじまっても不思議じゃねえな。始まっちまったら、ラスティーンは滅びるぞ」
「マジか……」
ケントが真っ先に思い浮かべたのは、アリサをはじめとする仲の良かったグループである。
しかし、彼らを呼び寄せるにしても、彼らだけというわけにはいかないだろう。彼らにもしがらみはあるはずだから。
戦争が起きないに越したことはない。目指すべきはそこだろう。
「ラスティーンを狙ってるのは帝国だよな?」
「ああ。あそこの第二皇女が出陣の準備を進めてるって話だ」
「例の『皇女将軍』か」
「あれは強えぞ」
ダスティン王は面白そうに笑った。
「どうする気だ?」
「どうしたもんかね…喧嘩売るつもりはないけど、話聞いてくれるかなあ」
ケントは眉間に皺を寄せた。
「でもまあ、ただ考えてても時間の無駄か。考えてる間に侵攻されたりしたら馬鹿みたいだしな」
ひとつ頷いて、ケントは立ち上がった。
「ちょっと『皇女将軍』に会ってくる」
日課であるレイピアの稽古を終えたところで、ハルファ帝国第二皇女フローリアは来客を告げられた。
「今日来客の予定なんてあったっけ?」
「いえ。自分でアポなしだと言っていました」
フローリアがもっとも信頼する執事であるディウスは、渋い声で答えた。
「わたしにアポなし訪問なんていい度胸してるわねーー誰?」
「それが……」
ディウスが言い淀むのは珍しい。その一点でフローリアは来客に興味を持った。
「こうして取り次いでる時点で爺が認めたってことでしょ。聞くわよ」
「グリーンヒル王国のケント王子を名乗っております」
「…それはまた……」
さすがにその名前は想定外だった。フローリアもとっさの反応に詰まってしまう。
グリーンヒル王国は、最近ラスティーン王国から分離独立した新興国である。元々帝国と境を接していたため、フローリアにも活きた知識があった。
国を治めるのは帝国にも名の知れた武人であるダスティン・グリーンヒル。帝国軍も何度も煮え湯を飲まされた相手である。
ただ、その正々堂々たる戦いぶりと剛毅清廉な人柄はよく知られており、不倶戴天の宿敵という感じではなく、好敵手というイメージが強い。言ってみれば、味方よりも敵の間で評価が高いタイプだ。フローリア自身、ダスティン王にはある意味尊敬の念を抱いている。
「そのケントくん、だっけ? 彼がラスティーンの姫から婚約破棄されて、それに怒ったグリーンヒル辺境伯が独立した、ってことだったかしら?」
「はい。その通りです」
「ふーん。ラスティーンのアホ姫が愛想尽かすってどんな男かって思ってたけどーーどう視た?」
「アホ姫は噂通りアホ姫だった、ということですな」
ディウスは至極真面目な顔でそう言った。
フローリアはたまらず吹き出した。
「あははっ。わかった。会うわねーーでも、ちょっと身支度整えてから行くから、それまでお相手しててもらえるかしら」
「承知いたしました」
汗を流して着替えたフローリアがケントを待たせている部屋までやって来ると、部屋の外にまで笑い声が聞こえてきた。
「珍しいわね。爺が声に出して笑うなんて」
意外に思いながらノックをして部屋に入る。
「お待たせして申し訳ございません」
ソファに座っていたケントが立ち上がり、頭を下げる。
「いえ。こちらの方こそ、お約束もないのに押しかけてしまい、大変失礼いたしました。その上お忙しい中お時間をいただいて恐縮ですーーグリーンヒル王国国王ダスティン・グリーンヒルが長男、ケント・グリーンヒルです。お初にお目にかかります。以後よろしくお願いいたします」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。ハルファ帝国皇帝エメルソン・ハルファが二女、フローリア・ハルファです最近何かと噂のケント様にお会いできて光栄ですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」
お互いに初対面の挨拶を交わして、ソファに腰を下ろす。侍女がお茶とお菓子を置いて退出するまでは、二人とも当たり障りのない会話に終始していたが、扉が閉まった瞬間、二人の表情が改まった。
「わたし、腹の探り合いって嫌いなの。苦手だしね。だからストレートに訊くわねーー今日はどういったご用件で?」
「ラスティーン王国への侵攻を控えていただきたい、とお願いにあがりました」
あっさりとケントは言った。
あまりにあっさりだったため、しばしフローリアは固まってしまう。腹の探り合いは嫌いだとは言ったが、ここまで何もなく来られると、逆に怖くなってしまう。
「わたし以上に直球な人って初めて見たわ」
「お褒めにあずかり、光栄のいたり」
「別に褒めてるわけじゃないわ」
「失礼しました」
「…何だかつかみどころのない人ね」
「そうですか? 仲間にはおまえより正直なヤツは見たことないと言われますが」
確かに、正直過ぎるくらい正直だ。
「理由を聞かせてもらえるかしら?」
ペースを握られてるな、と思いつつフローリアは訊いた。
「はい。もちろんです」
にこやかに頷いたケントはきっぱりと告げた。
「ラスティーンは自分の手で潰したいと思っているからです」
久しぶりに登城したケントは、父王に現状と今後の展望についての報告を行っていた。
「何とか。この先どうなるかはわかりませんがね」
ケントは少々お疲れ気味の笑顔を見せた。実際に激務でだいぶへばっていた。父王も「こいつ、俺より大変そうだな」という顔でケントを見ている。
「今のところおまえの働きは期待以上だーー馬鹿どもが悔しがっていることだろうよ」
ダスティン王は人の悪い笑みを浮かべた。
「で、このギルドってのは、あれか? 転生者の記憶ってやつか?」
「ええ。とは言っても、物語の中に出てきていただけのものですけどね」
「物語?」
ダスティン王は首を傾げたが、そこをそれ以上追及はしなかった。
「何で軍に組み込まなかった?」
「単純な話です。食わせていけません」
ケントは肩をすくめた。
「これだけいっぺんに人が増えて食糧問題が起きた中で、こちらで準備しなきゃならないものを増やすのは得策ではないと考えました。それに、兵士として雇えば給料を払わなければいけませんが、冒険者という形を採れば、自分の食い扶持は自分で稼いでくれるし、食糧も調達してくれる。一石二鳥だと思ったんです」
「一石二鳥じゃねえだろ。鳥はもう一羽いるんじゃねえか?」
言われて、ケントは微苦笑した。
「さすがですねーーそうです。いざという時は兵士になってもらうこともできます」
「裏切らねえか?」
「彼らを傭兵として捉えれば、その価値観は単純です。損得勘定をした時に、こちらの味方をした方が得だと思わせればいいわけです。そのためにギルドを作りました。いざという時に統制をとれるように」
「なるほどな」
ダスティン王は納得して頷いた。
それまで真面目な、どちらかと言えば硬い顔で話していたケントが表情を崩した。
「とは言っても、損得勘定じゃなくてお互いの絆で動く集団を目指してますけどね」
「ふははははっ」
愉快そうに笑うダスティン王。その顔は非常に満足そうだった。
「いいだろう。冒険者とギルドに関しては全面的におまえに任せる。好きなようにやれ。何ならおまえの私兵集団に作り上げてもいいぞ」
「私兵集団って……」
「難しく考えんな。おまえのファンを作れってことだ」
「ファンねえ……」
うーん、とケントは唸り声をあげた。
「まあそれは追々考えていけばいい。ラスティーンの現状は聞いてるか?」
「あまり良くないとしか」
「おまえにも仲良くしてたご学友ってのがいるだろ。もし死なせたくねえ連中がいるなら、早めにこっちに呼び寄せとけ」
「そんなに悪いのか?」
「いつおっぱじまっても不思議じゃねえな。始まっちまったら、ラスティーンは滅びるぞ」
「マジか……」
ケントが真っ先に思い浮かべたのは、アリサをはじめとする仲の良かったグループである。
しかし、彼らを呼び寄せるにしても、彼らだけというわけにはいかないだろう。彼らにもしがらみはあるはずだから。
戦争が起きないに越したことはない。目指すべきはそこだろう。
「ラスティーンを狙ってるのは帝国だよな?」
「ああ。あそこの第二皇女が出陣の準備を進めてるって話だ」
「例の『皇女将軍』か」
「あれは強えぞ」
ダスティン王は面白そうに笑った。
「どうする気だ?」
「どうしたもんかね…喧嘩売るつもりはないけど、話聞いてくれるかなあ」
ケントは眉間に皺を寄せた。
「でもまあ、ただ考えてても時間の無駄か。考えてる間に侵攻されたりしたら馬鹿みたいだしな」
ひとつ頷いて、ケントは立ち上がった。
「ちょっと『皇女将軍』に会ってくる」
日課であるレイピアの稽古を終えたところで、ハルファ帝国第二皇女フローリアは来客を告げられた。
「今日来客の予定なんてあったっけ?」
「いえ。自分でアポなしだと言っていました」
フローリアがもっとも信頼する執事であるディウスは、渋い声で答えた。
「わたしにアポなし訪問なんていい度胸してるわねーー誰?」
「それが……」
ディウスが言い淀むのは珍しい。その一点でフローリアは来客に興味を持った。
「こうして取り次いでる時点で爺が認めたってことでしょ。聞くわよ」
「グリーンヒル王国のケント王子を名乗っております」
「…それはまた……」
さすがにその名前は想定外だった。フローリアもとっさの反応に詰まってしまう。
グリーンヒル王国は、最近ラスティーン王国から分離独立した新興国である。元々帝国と境を接していたため、フローリアにも活きた知識があった。
国を治めるのは帝国にも名の知れた武人であるダスティン・グリーンヒル。帝国軍も何度も煮え湯を飲まされた相手である。
ただ、その正々堂々たる戦いぶりと剛毅清廉な人柄はよく知られており、不倶戴天の宿敵という感じではなく、好敵手というイメージが強い。言ってみれば、味方よりも敵の間で評価が高いタイプだ。フローリア自身、ダスティン王にはある意味尊敬の念を抱いている。
「そのケントくん、だっけ? 彼がラスティーンの姫から婚約破棄されて、それに怒ったグリーンヒル辺境伯が独立した、ってことだったかしら?」
「はい。その通りです」
「ふーん。ラスティーンのアホ姫が愛想尽かすってどんな男かって思ってたけどーーどう視た?」
「アホ姫は噂通りアホ姫だった、ということですな」
ディウスは至極真面目な顔でそう言った。
フローリアはたまらず吹き出した。
「あははっ。わかった。会うわねーーでも、ちょっと身支度整えてから行くから、それまでお相手しててもらえるかしら」
「承知いたしました」
汗を流して着替えたフローリアがケントを待たせている部屋までやって来ると、部屋の外にまで笑い声が聞こえてきた。
「珍しいわね。爺が声に出して笑うなんて」
意外に思いながらノックをして部屋に入る。
「お待たせして申し訳ございません」
ソファに座っていたケントが立ち上がり、頭を下げる。
「いえ。こちらの方こそ、お約束もないのに押しかけてしまい、大変失礼いたしました。その上お忙しい中お時間をいただいて恐縮ですーーグリーンヒル王国国王ダスティン・グリーンヒルが長男、ケント・グリーンヒルです。お初にお目にかかります。以後よろしくお願いいたします」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。ハルファ帝国皇帝エメルソン・ハルファが二女、フローリア・ハルファです最近何かと噂のケント様にお会いできて光栄ですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」
お互いに初対面の挨拶を交わして、ソファに腰を下ろす。侍女がお茶とお菓子を置いて退出するまでは、二人とも当たり障りのない会話に終始していたが、扉が閉まった瞬間、二人の表情が改まった。
「わたし、腹の探り合いって嫌いなの。苦手だしね。だからストレートに訊くわねーー今日はどういったご用件で?」
「ラスティーン王国への侵攻を控えていただきたい、とお願いにあがりました」
あっさりとケントは言った。
あまりにあっさりだったため、しばしフローリアは固まってしまう。腹の探り合いは嫌いだとは言ったが、ここまで何もなく来られると、逆に怖くなってしまう。
「わたし以上に直球な人って初めて見たわ」
「お褒めにあずかり、光栄のいたり」
「別に褒めてるわけじゃないわ」
「失礼しました」
「…何だかつかみどころのない人ね」
「そうですか? 仲間にはおまえより正直なヤツは見たことないと言われますが」
確かに、正直過ぎるくらい正直だ。
「理由を聞かせてもらえるかしら?」
ペースを握られてるな、と思いつつフローリアは訊いた。
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