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 たまっていた書類を処理し終えたケントがマスタールームから一階のロビーへ降りていくと、一狩り終えた冒険者が帰って来たところだった。

 ケントに気づいたパーティリーダーが片手を挙げて挨拶してきた。

「よう、マスター。今日もガッツリ狩ってきたぜ」

「いつもありがとうございます」

 リーダーーーゴライオは、冒険者の話をした時に真っ先に賛同した大男である。傭兵経験もあり、腕っぷしという点では非常に頼りになる男である。冒険者制度ができてから、一番稼いでいる男でもある。

「いやあ、この国にきて本当によかったぜ。毎日がこんなに楽しくなるなんてな」

「そう言ってもらえるのは嬉しいです」

「それからあれだ、メシが美味い。これに勝るものはないな」

「そうですね。そこは大事だと思います」

 ケントは心の底から同意した。

「オークやゴブリンを食うって聞いた時は正気を疑ったが、実際に食ってみたらぶったまげたぜ。あんなに美味い肉、食ったことなかったからな」

「喜んでもらえて何よりです」

「仕事あがりにあの煮込みを肴に一杯やるのが習慣になっちまったよーーってことで、俺は行くぜ」

「お疲れさまでした。ゆっくり休んでください」

 併設された酒場へ入っていくゴライオの背中を見送って、ケントは受付カウンターに目を移した。獲物を持ち込んだ冒険者と受付嬢とのやり取りで活況を呈している。

 冒険者たちはケントに気づくと、気さくに片手を挙げて挨拶してくる。どの顔も親しげで、現状に満足していることと、この状況を作ってくれたケントへの感謝の念が見てとれる。

「今のところは上手く回ってくれてるな」

 とりあえず王都周辺の食糧事情は劇的に改善された。流入した人口は王都周辺に集中していたため、急を要する事態は避けられていた。

「在庫作りすぎて腐らせちゃったらもったいないし、新作メニューの開発でもしようか」

 ケントはマスタールームの次にいる時間が長い、酒場の厨房へ足を向けた。

「おお、ケント様」

 かつてラスティーン王城で料理長を務めていた男ーーギャレットも、無事にグリーンヒル王国にたどり着き、ギルド酒場の責任者の職を得ていた。

「どうも。また新作の相談に乗ってください」

「喜んでーーそろそろ暑さが厳しくなってきたので、何かさっぱり食べれるものがいいですかね」

「そうですね。何かいい案をお持ちのようですが?」

 しっかり見抜かれたケントは微苦笑した。

「オークの肉を薄切りにして茹でたものを野菜と一緒にさっぱりしたタレをかけて食べる、のはどうですか?」

「聞いてるだけで美味そうですねーー肉も冷たくして食べるんですか?」

「できればそうしたいんですが、下手な冷やしかたをすると、肉が固くなりそうですよね」

「とりあえず試してみましょう。実践あるのみです」

 前向きなギャレットに引っ張られるように二人で厨房にこもろうとしたら、二人揃って襟首を掴まれた。

「店長、マスター、今が一日で一番忙しい時間だっておわかりですか?」

 酒場の看板娘であるジュディが、目が笑っていない笑顔を浮かべていた。清潔感のあるポニーテールが似合う美少女で、軽やかな挙措と相まってダントツのオヤジ人気を誇っている。

 ただし、怒ると怖い。

「お二人とも、売り物になるかわからない試作品よりも実際に今ある注文を捌いていただきたいと思うのはあたしのワガママでしょうか?」

 ケントとギャレットは完璧なシンクロで首を振った。

「滅相もございません。ただちに調理に取りかからせていただきます」

 そそくさとギャレットは包丁をとった。

「じゃあ、俺はこれで」

 脱出を図ったケントだったが、もう一度襟首を掴まれた。

「手伝ってって。今日は特別忙しいの」

 ケントの料理の腕が確かなのは誰もが知っている。だから、忙しい日に捕まると、こうやって強制的に引っ張り込まれることも珍しくない。相手が王子だと思えば畏れ多くて頼んだりできないが、ギルドの関係者にとっては、王子と言うよりはギルドマスターとしての認識が強いのだ。

「わかったよ」

 苦笑しながら自分用に用意してある包丁を手にしたケントは、料理に取りかかるのであった。



「ん、美味しい」

 試作品の冷し茹でオークを食べたジュディはとろけそうな笑顔を見せた。

「これいい。これからの時期にぴったりよ」

「そうですね。野菜も一緒に摂れる点はポイント高いですね」

 もう一人のウェイトレスであるサキが冷静に批評する。こちらはジュディとはタイプの違う、クールな美人である。外観そのままに客への対応もクールなのだが、それがいいと固定ファンがついていたりする。世の中何がウケるかわからない。

「うん。これならいいかな」

 ケントも満足そうに頷いた。

「っていうか、オーク肉ってすごいね。どう料理しても美味い」

 懸念されていた肉の柔らかさは杞憂に終わり、肉は冷やされても十分に柔らかく、味を損なうこともなかった。

「あとはタレだけどーー」

「あたしはこっちの少し酸っぱいやつの方が好きだな。さっぱりしてていくらでも食べられそう」

「あたしはこのちょっととろっとした感じの方がいいな。肉によく絡んで美味しい」

 二人で意見が分かれたが、ケントとしては想定内だった。

「まあ好みは分かれますよね。やっぱり両方作るってもんですかね」

「それがよさそうですね」

「じゃあ明日から出してみて、反応見て改良してくってことで」

「わかりました」

「楽しみね。またひとつ名物が増えるのかしら」

「マスター考案のメニューって、今のところハズレがないもんね」

「今って何が一番売れてます?」

 ケントの質問に三人の答えが重なる。

「「「ゴブリンの煮込み」」」

 ケントは軽く目を瞠った。その答えは予想していなかったのだ。

「そうなの?」

「お酒のつまみにって人が一番多いけど、ご飯と一緒に食べても美味しいし、それに何よりお肌がぷるぷるになるのよ」

「へ?」

 さすがにそれは想定していなかったケントは目を丸くした。

「あの醜悪なゴブリンに美肌効果があるなんて、誰も思わないわよね。人でも何でも見かけで判断しちゃいけないってことよね」

 教訓をたれる際には実例があると説得力が増す。その実例が美味しいものだったりすれば、説得されるというより納得するという形になる。

「そうか、煮込むことでコラーゲンが出てきたのか」

「何、そのコラなんとかって?」

「肌を綺麗にする素って感じかな」

「それをゴブリンが持っていた、と」

「そういうことになるのかな?」

「素晴らしいわ、ゴブリン」

 サキが胸の前で手を組んでうっとりしている。

「そして、それを引き出したマスター、グッジョブ」

 実にいい顔でサムズアップしてみせるジュディ。

 狙ってやったわけではないケントとしては苦笑するしかない。何とかゴブリンを美味しく食べる方法はないものかという試行錯誤の結果、牛スジと同じ扱いをしてみようとなったのが実情である。

  十日ほど根気よく何度も煮こぼししながら徹底的に臭みをとって煮続け、ショーユと酒をベースにしたつゆで更に三日ほど煮込んだ結果、口に入れただけで溶けてしまう「歯が要らない」トロットロなゴブリンの煮込みができあがる。

 特別な技術を必要とするわけではない、根気だけの料理なので、そんなにウケるとは思っていなかったのだ。

「あれがそんな人気になっていたとは……」

 意外ではあったが、自分が作ったものが評価されればそれは嬉しい。というわけでケントはニヤニヤが止まらなくなっていた。

「マスター、また美味しくて美容にいいもの、期待してますね」

 ジュディが笑顔でプレッシャーをかける。

「そうそう思いつくか。だいたい、これだって美容に効くとか考えてないっての」

「それでも期待はしちゃいますよ」

「わかったよ。まあ気長に待っててくれ」

「はーい」

「大変ですなあ」

 成り行きを見守っていたギャレットが笑いながら言った。

「他人事みたいに言わないでくださいよ。手伝ってもらいますからね」

「喜んで。ケント様の料理は私にとって何よりの刺激になりますので」

 ギャレットは大真面目に言った。

 というわけで、新作メニューの開発はまだまだ続くのであった。
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