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5 キツい勘違い

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 まず最初に変化が現れたのは食卓だった。

「味付けがおかしいじゃない!」

 居丈高に言って、アルミナはナイフとフォークを放り投げた。

「これを作ったのは誰?」

 呼びつけられた料理長は青い顔でアルミナのもとへやって来た。

「お呼びでしょうか」

「何これ。私にこんなものを出すなんて、一体どういうつもりかしら」

「申し訳ございません。一部の調味料が使用できなくなっておりまして……」

 少し声が震えた。料理長は、苛立ちを表情に表さないように取り繕うので精一杯だった。

「調味料?」

「はい。ショーユとミソが不足しております」

「ないなら買えばいいだけでしょう。言い訳しないで自分の仕事に最善を尽くしなさい」

 どの口がどの顔で言いやがる。誰のせいでこうなってると思ってやがんだ。

 料理長は怒鳴りたいのを必死に堪えた。

「畏れながら、殿下。今現在我が国はショーユとミソを購入できない状況にあります」

「はい?   何それ?」

「売ってもらえないのです」

「何で?」

「なぜでしょう?」

 自分で考えろ。

「相手はどこよ?」

「ショーユとミソはグリーンヒルの特産です」

「ああ、そういうこと」

 状況を理解したアルミナだったが、恐縮もしなければ反省もせず、逆にケントを罵る始末だった。

「小さい男ね。早めに手を切って正解だったわね」

 それを聞かされた料理長は、心の中で嘆息した。

 ダメだ、この小娘は……

 ショーユやミソだけではなく、調理器具や技法の研究に関して料理長はケントと交流があった。年は離れていても友人のようなつきあいをしていたのだ。

 だから、今回の一件についても苦々しく思っていたし、そこへもってきてこんな文句を聞かされたのでは、王族に対する敬意を棄てさせる充分過ぎる理由になった。

 ひとつだけ正解なのは、早めに手を切ったことだな。ケント様はこんな小娘にはもったいなさ過ぎる。

「もういいわ」

 料理をほったらかしにしてアルミナは立ち上がった。料理長を一瞥もせずに出ていってしまう。

 こういうところも減点対象だ。もっとも、料理長の中にはこれ以上減らす点は残っていなかったのだが。

 ここも長居すべき場所じゃなくなっちまったな…ケント様のところで雇ってもらえりゃベストだが、グリーンヒルで食堂やるのもいいかもしれんな。

 こういった動きは料理長に限ったことではなく、王国全土で見られ、人材の流失は加速していくのであった。



 アルミナは昼食をほっぽらかしたその足で父王のもとを訪れていた。

「お父様、なんでも調味料が不足していると聞きましたが」

 王は不機嫌そのものの目で娘を見た。

「それがどうした?」

「至急調達をお願いします」

「無理だな。あきらめろ」

 王の返答はにべもなかった。

「なぜです?   ケントの嫌がらせなのでしょう?   もってこさせればよいだけではありませんか」

「おまえは本当に何もわかっていないーーというより、わかろうとしておらんのだな」

 王は人生で一番深いため息をついた。

「ケント殿はもはやラスティーンの臣下ではない。命令などできるわけがなかろう」

「ならば購入すればーー」

「国家予算でも賄えんわ」

「どういうことですか?   そんな法外な値段ーー」

「あれはケント殿独自の製法で作られたもので、他の誰も真似ができないものだ。おまけに大量生産ができないから希少価値が高い。どうしても欲しければ、言い値で買うしかないが、我が国には予算がない。結論としてはあきらめるしかないわけだ」

「今までは不自由したことはないんですよね。どうしてそれが急にそんな話にーー」

「これまでは優先的に回してくれていたのだよ。だが、今回の件でその義理もなくなったということだろう」

 段々と状況を理解し始めたアルミナの表情が強張ってきた。

「じ、じゃあケントに作り方を教えてもらえばーー」

「それこそ無理だ」

「なぜです?」

 訊いたアルミナに、王は訝しげな目を向けた。

「まさかとは思うが、おまえ、ケント殿が転生者だということをーー」

「転生者っ!?」

 裏返った声が答えだった。

「転生者って、あの、異世界の記憶を持ってるって……」

 ごく稀に異世界の記憶に目覚める者がいる。それを転生者と呼び習わしているのだ。

 転生者の中には有益な情報をもたらし、国の発展に寄与する者がいる。もちろんそうでない者もいるのだが、ケントは前者だった。それもとびっきりの。

「…なぜ知らんのだ。ケント殿はおおっぴらにこそしていないが、ワシらでも知っている話だぞ」

 「そんなこと、ただの一度も……」

 王は先程記録した人生で一番深いため息記録を、一気に倍以上更新することになった。

「ケント殿が話さなかったわけはないだろうから、おまえが聞いていなかったのだろうな」

「それはケントが何度でも話すべきです」

「……」

 この期に及んでなお自分の非を認めようとしない娘の姿に、王は絶望的な気分になった。

「ここまでおまえはケント殿に興味をもっていなかったのか…どれだけ嫌な思いをさせられたか、考えるだけで胸が苦しくなる……ケント殿、本当にすまなかった……」

 ケントに届かないことはわかっていても、言わずにはいられなかった。同時に、自らの親としての責任、罪深さを思い、慟哭する。

 父親の涙に少しだけ鼻白んだアルミナだったが、不貞腐れた表情に反省の色は見られなかった。

「お金でもダメ、個人的なつてもダメ、となるともう一度傘下に入れるしかないのかしら」

「何をーー」

 王はぎょっとした顔でアルミナを見た。

「結局元に戻るのにね。馬鹿みたい」

「馬鹿はおまえだ」

 色々なものをあきらめた王は、冷たい声で言った。

「グリーンヒルに戦を仕掛けたところで、勝てるわけがない」

「え?   でも、兵力的には三倍くらいの差がーー」

「三倍が五倍でも勝てんな」

「なぜですか?」

「むこうは魔物相手に実戦経験を豊富に積んだ最精鋭だぞ。訓練しか知らぬ兵では勝負にすらならんわ」

「そんな……」

「それどころか、相手がグリーンヒルだと知った瞬間に兵たちは逃げ出すかもしれんな」

 王は自嘲して言った。

「グリーンヒルがその気になったら、我が国は三日で滅びることを覚えておけ。戦力的にも経済的にもラスティーンはグリーンヒルあってのラスティーンだったんだーーこうなるまでそのことに気づけなかったのが、我らの愚かさということだ」

「そんなの…信じない……」

「おまえが信じようが信じまいが現実は現実だ。グリーンヒルの武力もケント殿の知識による特産品もないラスティーンは、何の魅力もない弱小国に成り下がってしまったんだ」

「嘘です!   そんなの、ありえません!!」

 両耳を塞いで、髪を振り乱して、アルミナは喚き散らした。

 プライドの高いアルミナには、家が没落するというのが何よりも耐え難かったのだ。

 非常にわかりやすい、自業自得という言葉の見本であった。

「絶対認めない。こんなの認めない」

 譫言のように呟く姿には妄執が感じられ、ストレートな怖さがあった。

 自分の背筋にも寒気を感じて、王は侍女を呼んだ。

「アルミナを連れていけ。部屋から出さないようにするんだ」

 暴れるアルミナを侍女が三人がかりで連れていく。

 それを見送って、王は椅子の上で脱力した。

「…崩壊というのは、想像以上に早いものなのだな」

 つい最近までうまく回っていたのは一体何だったのだろうか……

 王は静かに乾いた笑いを浮かべた。

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