上 下
86 / 89

86 難敵アリサ

しおりを挟む
「何だかとんでもないことになっちゃったね」

 フローリアは深いため息をついた。

「まったくだ。何でこうなったんだか……」

 ケントのため息もフローリア負けず劣らず深かった。

 あの後、話はトントン拍子に進んでしまい、帝国と王国の合併、ケントの新国王就任が本決まりになってしまったのだ。

 もちろん色々な手続き等もあり、今すぐにという訳ではないが、路線としては決まってしまっており、これを覆すことは難しいと思われた。

「こんな若造に着いてきてくれるんかな」

「そこは怖いよね」

 フローリアも王妃としてケントを支える立場である。未来に対する不安、恐怖はケントと共通だった。

 そしてもうひとつ。

 二人には喫緊の課題として向き合わなければならないことがあった。

「…どっちかと言えば、こっちの方が怖いかも」

「まあ、メチャクチャ怒られるだろうな」

 そう。

 二人が恐れているのはアリサである。

 また死にかけたなんて話をしたら、どんなことになるか考えるだけで恐ろしい。ある意味、ヴァンパイアより怖かった。

「ごまかす、ってのは難しいんだろうな」

「嘘ついて、それがバレた時の方が怖い気がする」

「だな」

 ここで選択を間違えなかったのは、二人にとって幸いだったと言えよう。

 だからと言って、それが説教の軽減に繋がるかと言えば、それはまったく別の問題ではあったのだが。



「……」

 無言が一番怖い。

 ケントとフローリアは、そのことを現在進行形で学習していた。

 目の前ではアリサが無言で腕組みしている。先ほどから仁子とも発していない。

 ひとしきり謝罪と言い訳を終えてしまうと、二人にも話すことがなくなってしまう。結果、三人がともに黙り込んだまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 罵倒された方がどれだけマシか……

 最初は気持ち的なものだった息苦しさが、徐々に実際のものに変わりつつあるのは気のせいではないだろう。

 いよいよ空気に耐えられなくなったフローリアがケントの脇腹をつついた。

 何とかしてよ。

無茶言うな。

 アイコンタクトを交わす二人だったが、アリサの一瞥によりピシッと背筋を正した。

「…ぐすっ……」

 鼻をすすり上げる音にハッとする二人の前で、アリサは大粒の涙をこぼし始めた。

「え?」

「ア、アリサ!?」

 ケントとフローリアは覿面に狼狽えた。

「うわああああああん!」

 すぐに身も世もない大号泣になってしまう。

「アリサ、ほら、俺たちなら何でもないからさ」

「そうそう。ほら、もう傷ひとつないし」

「その場では怪我したんでしょ。それも死にそうなヤツ」

「う……」

「どうしていっつもそうなのよ?   少しは待ってる人のこと考えたりしないわけ!?」

「ごめん」

 無茶をしがちな自覚はあるので、ケントは下手な言い訳はせずに頭を下げた。

「もうあたし、どうしていいかわからない」

「もし、お嬢さんはこの二人が怪我をすることを危惧しているのかな?」

 それまでずっと黙っていた擬人化したドラゴンが突然口を挟んだ。

「え?   そ、そうですけど……」

 戸惑いながらアリサは答えた。

「それについてはもう心配要らないぞ。この二人には我の加護を与えた故にな」

「…どういうことです?   それに、あなたは?」

「我はこの二人に子供を助けられたドラゴンだ。あなたを安心させて進ぜよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...