上 下
6 / 28

地球で一番の文化

しおりを挟む
「この星で一番の文化は何か――それを教えて欲しい」

 
「……」

「……」

「……」

 沈黙は結構長かった。

 最初に口を開いたのは、涼子だった。

「えーっと、その、文化?」

「うむ。この星で一番の文化が何かが知りたいのだ」

「文化……」

 視線を振られて、大輔は大慌てで首を横に振った。

「俺がそんなこと知るわけないじゃんか」

「あたしだってそんなのわからないわ。大体、漠然としすぎよ」

「だよな。なあ、もうちょっとヒントみたいなものってないのか?」

「誰に訊いても知ってるもの、ということでどうだろう?」

 それを聞いた途端、大輔の顔が明るくなった。

「え? 何? そんなことでいいのか?」

「わかるの?」

「ああ。そういう定義なら、サッカーでいいじゃんか」

「サッカー?」

 意外な答えだったらしい。涼子は小首を傾げた。ヒカリも同様で、不思議そうな顔をしている。

「サッカーと言うと、大勢でボールを蹴っている、あれか?」

「そう。それだ」

「この星ではあれを文化と言うのか?」

「誰に訊いても知ってるものだろ。それならサッカーで間違いないぞ」

 一片の迷いもなく、大輔は言い切る。

「そうなのか?」

 訊かれて、涼子は困ったような顔になる。

「…うーん、何と言うか……微妙なところね……」

「おいおい、クラブ作ろうって人間がそんなことでどうすんだ」

「そんなこと言っても……」

「そうだな、じゃあこういう言い方ならどうだ? サッカーは世界中に浸透してる。その証拠に、俺、ボールひとつあれば、言葉の通じない外国でだって友達作れる自信あるぜ。言葉が通じない相手だって結びつけることができるんだ。それを文化と言わずして何と呼ぶ」

「なるほど」

 そう言われれば、筋が通っているようにも聞こえる。

「ほう、それは面白いな。その言葉に嘘はないか?」

「できると思うぜ。一緒にボールを蹴ればいいだけだ」

「そなたがそう言うのであれば、間違いないのかもしれんな」

 ヒカリが沈思する。

 ややあって、顔を上げたヒカリは真正面から大輔を見た。

「その方向でいってみることにする。ついては協力を願いたい」

「…俺にどうしろと?」

「私にサッカーのことをいろいろと教えて欲しい」

「それくらいなら構わんが」

「ありがとう。では、まずサッカーとは何かを訊いてもいいか?」

「世界で一番普及しているスポーツだな」

「それがどうして文化になるのだ?」

「今ワールドカップをやってるのは知ってるか?」

「知らない」

「それを見ればわかる」

「では、ワールドカップとは何なのだ?」

「世界最大のスポーツイベントだ」

「それはオリンピックではないのか?」

「ちっちっち」

 芝居がかった仕種で、大輔は人差し指を振る。

「予選の参加国やら、テレビの視聴者数やら考えてけば、ワールドカップの方に軍配が上がるな」

「そうなのか」

「サッカーは世界中にあるんだよ。その分基準がはっきりしてるんだよな。だからどっちが強いか、はっきり決められる。んで、大事なのはここなんだけど、それぞれの国にはそれぞれが築き上げてきたサッカーのスタイルがあるんだ。とにかくイケイケで攻めるところ。まず守備ありきの慎重派。勝ち負けよりも美しいサッカーを追求しようとする国。何が飛び出すかわからないびっくり箱みたいな国。同じサッカーでも、その国によって個性が出る。あんたの言葉を借りれば文化って言い換えてもいいかもしれない。自分たちの文化がぶつかるからこそ熱くなる。それがワールドカップなんだ」

 そういう話をしている時の大輔の表情は無邪気な子供そのもので、その混じり気のない純粋な瞳は、思わずヒカリをどきりとさせる。

「それはぜひ見てみたいな。どこへ行けばそのワールドカップとやらを見れる?」

「今日はちょうど決勝だからな。テレビでやるぞ」

「テレビではなくて、その試合はどこでやるんだ?」

「アルゼンチンだけど」

「ならばそこへ行こう。案内してくれ」

「はあ!?」

 大輔の声が裏返る。

 何を言い出すんだ、こいつは。

「どうせなら現地で見た方がいいだろう」

「そりゃそうだが、できっこねえじゃねえか。これからアルゼンチンだなんて」

「そうでもないぞ」

 ヒカリは得意気に言った。

「任せてくれればアルゼンチンまでは連れて行こう。そうしたらその先の案内をお願いしたいのだが」

 大輔は涼子と顔を見合わせた。

 どう思う?

 関わらない方がいいと思う。

 同感だ。

 アイコンタクトが成立し、二人は踵を返した。

「じゃあそういうことで」

「待て!」

 今度は衝撃波を放つようなことはせず、大輔の腰にタックルを決めた。

「悪いけど、それほど暇じゃないんだ。頑張って文化探してくれ」

「おぬししかいないのだ」

「何で俺なんだ」

「自分では気づいていないのであろう。しかしな、おぬしの内包熱量はこの星の中でも群を抜いておるのだ」

「ナイホウネツリョウ? 何だ、そりゃ?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...