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大輔の進路希望

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「――それにしても、今日のあれって何だったんでしょうね?」

 榊家への道すがら、涼子は首を傾げた。

「そうだな。結局訳わからんままだったな」

 死者が出なかったのは幸いだったが、千人近い怪我人が出たのだ。当然大騒ぎになり、警察や消防なども大挙出動してきたのだが、原因は究明できないままだった。爆発だっただろうということなのだが、痕跡が何もなかったのだ。

 非常に薄気味の悪い話なのだが、大輔は個人的にそれどころではなかったため、深く考えることもできずにいたのだった。

「でもまあ良かったかな。きっかけもできたし」

「ん?」

「な、何でもないです」

 涼子は頬を染めていたのだが、夕陽のせいで大輔にはわからなかった。

「話は変わりますけど、室戸くんはやっぱりサッカー選手を目指すんですか?」

「ああ。他に取柄もないからな」

 大輔は青湘高サッカー部で中核を占める選手である。全国常連の青湘高にあって、不可欠の戦力として活躍していた。テクニック的にはかなり拙いものの、その運動量とキック力に関しては超高校級との評価を受けている。Jリーグ入りは決して手の届かない夢ではなく、運が良ければどこかで拾ってもらえるだろうと見られていた。

「どこか希望のチームとかってあるんですか?」

「贅沢言える身分じゃねえのはわかってるよ。必要としてもらえるんであれば、どこへでも行く」

 絶対にこのチームじゃなければ駄目だ、というような思い入れのあるチームは残念ながら大輔にはない。

「でも、この街からは出て行っちゃうんですね」

「そうだな。この街にはクラブないからな」

「もしあったらどうします?」

「もしあったら、絶対そこを希望する」

 大輔は即答した。

「本当ですか?」

「ああ。地元でできるんなら、それが一番いい。この街にクラブがあればいいなってのはずっと思ってることだから。俺、ヨーロッパみたいなクラブのあり方って憧れてるんだよな」

「それってどんなものなんです?」

「地元密着。親子何代にも渡って地元のチームを応援するのっていいと思わねえ?」

「そうですね」

 なぜか涼子は浮き浮きした表情で頷いた。

「そういうチームがあればいいですね」

「あったとしても、理想どおりにするには時間がかかるんだろうけどな」

 大輔の声には苦笑の成分が濃い。現状を考える限り、見果てぬ夢、と表現するのが正しいような気がするのだ。

「でも、スタートしなくちゃたどりつけませんよね」

「そりゃそうだ」

「できると思います?」

「どうしてそんなこと訊くんだ? チームがあるわけでもないのに」

「えへ。内緒です」

 それは間違いなく何かを企んでいる顔だったが、問い詰めたところで口を割ることはないだろう。大輔は拘泥せずに話題を変えた。

「涼子さんは大学行くの?」

「今のところその予定です」

「大変だよな。後継がなきゃいけないんだろ」

 涼子の家は日本有数の巨大複合企業体の元締めである。そこの一人娘である涼子の進路は既定のものとみなされていた。

「それは仕方ないです。宿命みたいなものですから」

「社長か。想像もつかねえな」

「やってみますか?」

 目をきらきらさせて涼子が言う。

「俺が? 無理だろ、そりゃ」

「わかりませんよ。意外といい線いくかもしれませんし。室戸くんだったら、型にはまった考え方だけはしそうにないし」

 それはそうかもしれないが、それだけで会社経営ができるというものでもない。それに、大輔がなりたいのは別のものなのだ。

「やめとく。他の人の人生まで責任持てん」

 サッカーをやっている分には自分ひとりのことで済むが、社長ともなればそういうわけにもいかないだろう。第一に、何をどう間違ったとしても、自分に会社経営などという真似ができるとは思えない。そもそも涼子の言葉だって本気のはずがない。大輔は微苦笑しつつ申し出を謝絶した。

「室戸くんなら上手くできそうな気がするんだけどなあ」

「高い評価してくれるのはありがたいけど、俺の選択肢の中には社長はないな」

「そうですか。もしその気になったら声かけてくださいね」

 どこまで本気なんだろうな。

 浮世離れした言葉についていくのは大変である。

 ただ、そうやって話す涼子は、学校にいるときとは違う一面を見せていた。校内での涼子は常に一歩退いて、決して目立とうとしない。目立とうとしなくても目立ってしまうせいか、発言することも少ないのだ。それが今は自ら積極的に話をリードしている。

 悪くないよな。

 声には出さずに大輔は思う。

 こうやって話してるときの涼子さんの方が、教室にいるときより活き活きして見えるもんな。うん。こっちの方が絶対に可愛い。

 かなり幸せな気分を満喫しているうちに、涼子の家に到着した。
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