レース!

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5 結局相部屋は実現する

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 目覚めは強烈だった。

 飲み過ぎた時特有の、全身の倦怠感と頭の中でドラムでも叩かれているような激烈な痛み。

 やめときゃよかった。もう二度と飲むもんか。

 飲み過ぎた時、必ず思うことなのだが、守られたためしはない。飲むまいと思っても、周りがそれを許さない。そうやって皆鍛えられていくのである。

「うー」

 右腕に重みを感じて、何気なく顔を向けたハヤトは、そこに女の子のドアップを見つけて、息を止めた。

「!?」

 よく見れば、イセリナである。可愛らしい寝顔と、慎ましやかな寝息。思わず状況を忘れて、どきっとしてしまう。

 やっぱ可愛いよな。

 見とれる。

 そこでハヤトははっと我に返った。

 ちょ、ちょっと待て、考えなきゃいけないのはそうじゃない。

 まともに働かない頭でも、状況を把握するのは簡単だった。

 互いに酔いつぶれてそのまま寝てしまったのだろう。よくある話である。

 問題はどうしてイセリナとくっついて寝ているのか、ということである。

 ハヤトは周りを見回してみた。

 見慣れた光景。自分の部屋である。

 本来二人ないし三人で住む部屋なのだが、ルームメイトが卒業して以来、ハヤトが一人で使用している。が、今日はそこに大きなトランクがひとつ加わっていた。空港で見た、イセリナのトランクである。

「まさか、本気じゃないよな」

 昨日のミーシャの台詞を思い出す。確かに相部屋がどうとか言っていたはずだ。

 その時、腕の中でイセリナが小さく身じろぎした。

「う、ん」

 薄く目が開く。

 二人は間近で見つめあった。

「お、おはよう」

「おはようございます」

 ぼけた声で挨拶を返してから、イセリナは跳ね起きた。

「え? ええーっ!?」

 甲高い悲鳴が二日酔いの脳を直撃する。

 びっくりするよな、そりゃ。

 痛みに苛まれながらも、他人事のように冷静にハヤトは思った。

「あ、あたし、どうしちゃったんでしょう」

「どこまで覚えてる?」

 問われたイセリナは一生懸命に記憶を探った。こちらはハヤト以上に飲んでいるはずだが、症状は表れていない。どうやらハヤトよりは強いようだ。

「お酒飲んで、すっごく気持ち良くなって、それから先がちょっと……」

「俺も同じだ。さっき起きたらこの状態だった」

 ハヤトも肩をすくめた。

「あたし、変な事したりしませんでした?」

「悪いけどわからん。俺自身が変な事をしたかもしれない」

「そう、ですか……」

 イセリナは見るも気の毒なくらいへこんだ。

「まあ、酒の席でのことは気にすることないよ。その手の失敗はしてないやつはいないんだから」

「でも」

「それは大丈夫。何か言って来るやつがいたら、俺が文句言ってやるから」

 ハヤトは胸を叩いて見せた。

「それより、問題はこの状況だ。アネゴ、本気で相部屋にするつもりじゃないだろうな」

「え? じゃあ、ここって――」

「俺の部屋。今は一人で使ってるんだ」

 ハヤトが渋い顔をした時、部屋のドアがノックされた。

「入るよ」

 タイミングよくミーシャが顔を見せた。こちらは二人以上に飲んでいるはずだが、いつもの通りしゃんとしている。

「ちゃんと起きれたかい」

「アネゴ、これはどういうことです?」

「どうもこうも、そのまんまだよ。あんた達二人は相部屋」

「え――」

「いくらなんでもまずいでしょ」

「しょうがないんだよ。他の部屋が埋まっちまったんだ」

「んな馬鹿な――」

 ハヤトの知る限り、あと二つは空き部屋があったはずである。

「あれ、じゃあ何にも覚えてないのかい?」

 ミーシャはおもしろそうに笑った。

「何をです?」

「新入生さ。飲んでる時に来たじゃないか」

「え?」

 ハヤトとイセリナは顔を見合わせた。

「あんた達のおかげだよ。ハイジャックのニュースを見たっていう新入生が四人も来てくれたからね。空いてた部屋はその子達に割り振ったよ」

「いや、でもそれは――」

「何をいまさらガタガタ言ってんだい。あんた達の意思だって確認したじゃないか」

「え?」

 またまた顔を見合わせる。

「何か言ったの?」

「え…お、おぼえてないです……」

「おまえだ、おまえ」

 ミーシャはハヤトの頭をどついた。

「人数の関係でどこか一部屋は必ず相部屋になっちまうことがわかったんだ。ハヤトと他の女の子にしようかと思ったら、イセリナがいいって言ったのは他ならぬあんただよ」

「……」

 ハヤトの額を冷汗が流れる。まったく覚えていない。

「イセリナだってそうだよ。他の女に渡してなるものかとばかりにくっついてたからね。誰も何にも言えなかったよ」

「……」

 イセリナは顔を真っ赤にして沈黙した。

「んな顔しなさんな。言ったろ。あたしはそうなってほしいって。誰も反対してないから、堂々としてな」

 ありがたい言葉ではあるが、だからと言って、はいそうですかという訳にもいかないような気がする。

「いいからおいで。朝飯だ。新入生の紹介もするから、ちゃんと着替えて来るんだよ」
言い残して、渚は部屋を出ていった。

「…どうもとんでもないことになっちまったみたいだな」

「め、迷惑ですよね。あたしなんかと一緒の部屋なんて」

「いや。俺は全然構わない、っていうか、嬉しいけど」

「ホントですか?」

 イセリナは伺うようにハヤトを見る。

「気をつかってません?」

「全然。どっちかって言うと、そっちの方が困ってるんじゃないのか?」

「あたしは…他の人じゃあ困りますけど、ハヤトさんとなら構わないです」

 顔を真っ赤にしながら、勇気を振り絞ってイセリナは言った。

 本来これは男の方がリードする話である。女の子にここまで言わせるものではない。この点、ハヤトは猛省すべきである。

 が、人に言われなければなかなか気づかないものである。とりあえず、今は二人が良ければそれで良かった。

「そ、そうか。それじゃあ仲良くやっていこうか」

「はい!」

 不器用極まりない二人であったが、ここに、新しい生活が幕を開けたのであった。
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