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到着した空港で警察の事情聴取及びマスコミの取材攻勢から解放された時には、既に夜になっていた。犯人を含めて四人の命が失われるという痛ましい事件であったが、ハヤトとイセリナがそのやるせなさをいくらかでも救ったのは確かであった。
二人は連れ立って到着ロビーへと進む。
「荷物はそれだけか?」
大き目のトランクケースがひとつ。それがイセリナの持物のすべてだった。
「はい。でも、大丈夫でしょうか。こんな時間になってしまって」
「問題ないよ。ウチの宿舎に来ればいい。ユニットごとの宿舎になってるんだ。普通なら、ユニット決まるまでは寮に入るんだけど、うちに入ると決まってれば宿舎に入ればいいからさ」
そう言うと、イセリナはほっとしたような笑顔を見せた。
空港から一歩出たところで、ハヤトは大きく息を吸った。
「あー、帰ってきたぞお」
入学してから初めての里帰りをしていたのだが、こちらへ戻ってきた時の方が素直に「帰ってきた」と思えたのが、自分のことながら不思議だった。
一方のイセリナにとっては、これからの数年間を過ごす場所ということで、なかなかに感慨深いものがあった。見るもの全てが珍しく、目を輝かせている。
「ここがテオリア」
「ああ。いいところだぜ」
「楽しみです」
そこへ、上空から声が降ってきた。低い、ドスの効いた声。
「迎えに来たぞ。荷物、持とうか?」
「え?」
顔を向けたイセリナはそこで言葉を失った。目の前に肉の壁がそびえていたためである。人が立っていたのだが、あまりに身長差があるために、顔が視界に入らず、壁に見えたのだ。
見上げたイセリナは更に硬直した。
岩から削り出したような無骨な顔が笑っていた。当人にそのつもりは全くないのだが、獲物を狙う肉食獣にしか見えない。
身体がごつい。
顔がいかつい。
雰囲気が怖い。
夜道では絶対に出会いたくないタイプの男だった。
イセリナは思いっきりびびっていた。
だが、ハヤトは平然と言った。
「よう、ラファエル」
「え、お知り合いですか?」
「こいつもユニットの一員だよ。ラファエルだ。見た目はごついけど、意外といいやつだから心配いらない。ラファエル、こちらはイセリナさん。新しい航法士としてウチのユニットに入ってもらう事にしたから、よろしくな」
「へえ、新しい航法士?」
巨漢、ラファエルはいかつい顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「ってことは、ハヤトのおめがねに適ったってことか。すごいな」
「今年は期待できるぜ」
ハヤトは本当に嬉しそうである。見ようによっては娘を自慢する父親のようにも見えた。実はラファエルにはそう見えたのだが、賢明にもそれは口には出さなかった。
「そんなにすごいんだ」
「ああ。あれほどの航法には初めてお目にかかったよ」
「そいつは楽しみだ」
「こいつは機関士でね。整備のエキスパートなんだ。こうして欲しいって希望があったらなんでも言ってみな。顔に似合わず、細かい事も得意だから。きっと要望にはこたえてくれるぜ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
イセリナはぺこりと頭を下げた。
「でも、今年は幸先いいな。一番の補強ポイントがこんなに早く埋まるなんて」
「今年は狙うぜ。総合優勝」
ハヤトはきっぱり言った。
「うちのユニットって、強いんですか?」
イセリナが素朴な疑問を呈する。
「そのつもりだけど」
「弱点があるのも否定できないけどね」
ラファエルが小さく肩をすくめる。
「弱点?」
イセリナが首を傾げた時だった。一人の男が話に割り込んできた。
「こんなところにいたのか。捜したぞ」
「え?」
イセリナの腕を掴んで強引に引っ張っていこうとする。
「な、何するんですか?」
驚いたイセリナは慌ててハヤトの腕にすがった。
「こんな連中と一緒にいちゃ駄目だ。バカが伝染る。君にはもっとふさわしい場所があるんだ」
「こら」
ハヤトの声は呆れている。男の手を軽く払うと、イセリナはすぐにハヤトの後ろに逃げ込んだ。
「この子をどうするつもりだ?」
言われて、男は初めてハヤトに顔を向けた。
「それはこちらの台詞だ。イセリナくんは我が『ゴールデン・アロー』の新人だぞ」
「誰が決めたんだ?」
「決めるまでもないだろう。優秀な人材は優秀なユニットに集まる。これは自然の摂理だ」
この台詞を本気で言っているという一点で、男の性格は把握できる。
「相変わらずだな、このバカは」
ラファエルの声は苦笑混じりである。
「誰なんです、この人?」
イセリナは怯えた様子である。
「シュート。君のところにアホな勧誘よこしたやつだよ」
イセリナの顔に理解の色が広がる。
「あの、せっかくのお誘いなんですけど、あたし、ハヤトさんのユニットに入る事にしましたから」
「な!?」
シュートは本気で驚いたようだった。
「だまされちゃいけないぞ。こいつらのところに入るなんて、みすみす学生生活を捨てるようなものだぞ」
「随分な言われ様だな」
「いつものことだよ」
ハヤトとラファエルは肩をすくめ合っている。
どうやらこのやり取りは日常茶飯事らしい。それを悟ったイセリナは、無性に腹が立ってきた。深く考える事なしに、シュートに向かってあっかんべーと舌を出した。
「あたしの事はあたしが決めます」
「おー」
ラファエルが拍手して見せる。
「ということだ。あばよ」
話は終わりとばかりに、ハヤトはシュートに背を向けた。
「あ。ま、待て」
シュートが呼び止めようとしたが、三人とも聞く耳は持たなかった。
二人は連れ立って到着ロビーへと進む。
「荷物はそれだけか?」
大き目のトランクケースがひとつ。それがイセリナの持物のすべてだった。
「はい。でも、大丈夫でしょうか。こんな時間になってしまって」
「問題ないよ。ウチの宿舎に来ればいい。ユニットごとの宿舎になってるんだ。普通なら、ユニット決まるまでは寮に入るんだけど、うちに入ると決まってれば宿舎に入ればいいからさ」
そう言うと、イセリナはほっとしたような笑顔を見せた。
空港から一歩出たところで、ハヤトは大きく息を吸った。
「あー、帰ってきたぞお」
入学してから初めての里帰りをしていたのだが、こちらへ戻ってきた時の方が素直に「帰ってきた」と思えたのが、自分のことながら不思議だった。
一方のイセリナにとっては、これからの数年間を過ごす場所ということで、なかなかに感慨深いものがあった。見るもの全てが珍しく、目を輝かせている。
「ここがテオリア」
「ああ。いいところだぜ」
「楽しみです」
そこへ、上空から声が降ってきた。低い、ドスの効いた声。
「迎えに来たぞ。荷物、持とうか?」
「え?」
顔を向けたイセリナはそこで言葉を失った。目の前に肉の壁がそびえていたためである。人が立っていたのだが、あまりに身長差があるために、顔が視界に入らず、壁に見えたのだ。
見上げたイセリナは更に硬直した。
岩から削り出したような無骨な顔が笑っていた。当人にそのつもりは全くないのだが、獲物を狙う肉食獣にしか見えない。
身体がごつい。
顔がいかつい。
雰囲気が怖い。
夜道では絶対に出会いたくないタイプの男だった。
イセリナは思いっきりびびっていた。
だが、ハヤトは平然と言った。
「よう、ラファエル」
「え、お知り合いですか?」
「こいつもユニットの一員だよ。ラファエルだ。見た目はごついけど、意外といいやつだから心配いらない。ラファエル、こちらはイセリナさん。新しい航法士としてウチのユニットに入ってもらう事にしたから、よろしくな」
「へえ、新しい航法士?」
巨漢、ラファエルはいかつい顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「ってことは、ハヤトのおめがねに適ったってことか。すごいな」
「今年は期待できるぜ」
ハヤトは本当に嬉しそうである。見ようによっては娘を自慢する父親のようにも見えた。実はラファエルにはそう見えたのだが、賢明にもそれは口には出さなかった。
「そんなにすごいんだ」
「ああ。あれほどの航法には初めてお目にかかったよ」
「そいつは楽しみだ」
「こいつは機関士でね。整備のエキスパートなんだ。こうして欲しいって希望があったらなんでも言ってみな。顔に似合わず、細かい事も得意だから。きっと要望にはこたえてくれるぜ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
イセリナはぺこりと頭を下げた。
「でも、今年は幸先いいな。一番の補強ポイントがこんなに早く埋まるなんて」
「今年は狙うぜ。総合優勝」
ハヤトはきっぱり言った。
「うちのユニットって、強いんですか?」
イセリナが素朴な疑問を呈する。
「そのつもりだけど」
「弱点があるのも否定できないけどね」
ラファエルが小さく肩をすくめる。
「弱点?」
イセリナが首を傾げた時だった。一人の男が話に割り込んできた。
「こんなところにいたのか。捜したぞ」
「え?」
イセリナの腕を掴んで強引に引っ張っていこうとする。
「な、何するんですか?」
驚いたイセリナは慌ててハヤトの腕にすがった。
「こんな連中と一緒にいちゃ駄目だ。バカが伝染る。君にはもっとふさわしい場所があるんだ」
「こら」
ハヤトの声は呆れている。男の手を軽く払うと、イセリナはすぐにハヤトの後ろに逃げ込んだ。
「この子をどうするつもりだ?」
言われて、男は初めてハヤトに顔を向けた。
「それはこちらの台詞だ。イセリナくんは我が『ゴールデン・アロー』の新人だぞ」
「誰が決めたんだ?」
「決めるまでもないだろう。優秀な人材は優秀なユニットに集まる。これは自然の摂理だ」
この台詞を本気で言っているという一点で、男の性格は把握できる。
「相変わらずだな、このバカは」
ラファエルの声は苦笑混じりである。
「誰なんです、この人?」
イセリナは怯えた様子である。
「シュート。君のところにアホな勧誘よこしたやつだよ」
イセリナの顔に理解の色が広がる。
「あの、せっかくのお誘いなんですけど、あたし、ハヤトさんのユニットに入る事にしましたから」
「な!?」
シュートは本気で驚いたようだった。
「だまされちゃいけないぞ。こいつらのところに入るなんて、みすみす学生生活を捨てるようなものだぞ」
「随分な言われ様だな」
「いつものことだよ」
ハヤトとラファエルは肩をすくめ合っている。
どうやらこのやり取りは日常茶飯事らしい。それを悟ったイセリナは、無性に腹が立ってきた。深く考える事なしに、シュートに向かってあっかんべーと舌を出した。
「あたしの事はあたしが決めます」
「おー」
ラファエルが拍手して見せる。
「ということだ。あばよ」
話は終わりとばかりに、ハヤトはシュートに背を向けた。
「あ。ま、待て」
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