赤い糸

オフィス景

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5 赤い糸

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「おまえ、馬鹿だろ」



「なーー」

 いきなりの馬鹿呼ばわりに薫は絶句する。

「どんな理由があろうとも退いちゃいけない場面ってのはあるだろうが。これって、それにあてはまるんじゃねえのか?」

「そんなこと、海堂くんはウチを知らないから気軽にそんなことが言えるんだ」

「ずいぶんご立派な家なんだな。自分が自分であることを受け容れられないなんてな」

「何万人という社員の人たちの生活を背負う責任というものがあるのだ!」

「そのためには自分が男だって言うのも厭わないってわけか。それならずっと男でいろよ」

 それを言われるとぐうの音も出なくなる。

「……私だって、私だって」

「何だよ?」

「好き好んでやっているわけじゃない。無理矢理自分に言い聞かせてたんだ。それに、私には恋愛など縁がないとも思っていたし」

「ふうん。それで?」

「でも、知ってしまったんだ。私にも運命の相手がいることを」

 苦渋に満ちた表情。

「絶対に言ったら駄目だと思っていたんだ。言ったりしたら、すべてが無茶苦茶になってしまう。そうしたらどれだけの人に迷惑がかかるか、考えただけで恐ろしかった」

「じゃあ何で──」

「それは……」

 薫は口ごもった。心なし顔が赤い。

「君は、手が届かないとあきらめていたものが実はすぐそばにあると気づいたとき、どうする?」

「あん?」

「私にとって、恋愛とはそういうものだったのだ」

「?」

 正直、裕治にはよくわからなかった。

「そこに私の自由意思はない。もしかしたら、男と偽ってきた以上、生涯独身を通すことになるのかもしれない。それはそれで仕方ないとあきらめていたんだ。私にとって恋愛とは、物語の中にのみ存在するものだった」

一度言葉を切って裕治を見る。裕治は「続けろよ」と言うように顎を小さくしゃくった。

「だからこそ、私は憧れた。憧れて、いろいろなジャンルの恋愛ものに傾倒した。もちろん本業を疎かにすることはできないから、わずかに空いた時間をやりくりして本を読んだり、ドラマを見たりしながら、そこに自分を重ね合わせていたんだ。その妄想が自分の精一杯で、それでもいいと思っていたんだ。あの日までは」

「あの日ってのは?」



「赤い糸が見えるようになった日だ」


 
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