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21 ガルベス王子
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話が展開するのは、俺が想定していたよりもずっと早かった。
クラークと話をした日から三日後、営業を終えた屋台に壮年の紳士が訪ねてきた。
「ザイオン様でいらっしゃいますか。私、ガルベス様の筆頭侍従を務めておりますセバスタと申します」
「私がザイオンです。ようこそお越しいただきました」
「早速でございますが、ザイオン様がお作りになられているカレーなる料理をガルベス王子にご提供いただけるかどうかを伺いたいのですが」
「もちろんそのつもりですよ。ただ、どういう形を取れば良いか教えてください。まさかこの屋台にお呼び立てするのはありえませんから」
「王子はそれでも良いと仰っているのですが、さすがにそういう訳にも参りませんーーそこで、出張料理をお願いすることは可能でしょうか?」
「…できればお城は勘弁して欲しいんですが」
間違ってもバルディンの野郎には会いたくないからな。
「それでは離れへご案内いたします」
「離れ? そんなのがあるんですか?」
「普段ガルベス様が静養されているところです。そこなら余計な邪魔も入りません」
「そういうことなら」
元々それが狙いな訳で、こちらに否やはない。
ということで、早速伺うことになった。
「お待たせいたしました。こちらがカレーライスになります」
「おお、これが噂の」
ガルベス王子が相好を崩す。こうして直接会うのは初めてなのだが、話に聞いていた通りあまり健康的には見えなかった。その分というか何なのか、非常に柔和な印象だった。
「何しろクラークが絶賛するんだよ。あれを食べなきゃ人生の損失だってね。そこまで言われたら、食べないって選択肢はないよね」
とても楽しそうなガルベス王子の姿には好感が持てた。バルディンの兄なので俺より年上のはずなのだが、どうにも年下に見えて仕方ない。
「少々辛味が強く感じられるかもしれません。気をつけてお召し上がりください」
「わかったーーいただきます」
気をつけてと言ったのに、何の躊躇もなく大匙いっぱいにカレーを頬張ったガルベス王子は目を白黒させた。
あーあ、言わんこっちゃない。
水を渡そうとしたのだが、ガルベス王子は手を上げてそれを制すると、もう一口頬張った。
「美味しい!」
どうやら王子は辛さに耐性があるらしい。マナーなんぞクソ食らえと言わんばかりの勢いで食べ進めていく。ほどなく皿はきれいに空になった。
「おかわりある?」
王子の要望にセバスタさんや居合わせたメイドさんたちが驚いた顔を見せた。多分普段は少食なんだろうな。
すぐにおかわりを用意すると、王子は嬉しそうに食べていく。
それなりに辛さは感じているのだろう。額にはうっすらと汗が滲んでいるが、それすらも気持ち良さそうだ。
二杯をきれいに完食したところで、ガルベス王子は満足げにスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「いやあ、今までで一番美味しい料理だったよ」
リップサービスが含まれているにしても嬉しい評価だ。
「言っとくけど本気だよ。できるなら専属になってもらいたいくらいだ」
「ハハハ、さすがにそれは……」
そもそも俺料理人じゃないし……
「これで料理人が本職じゃないってのは本当かい?」
「はい。本職は商人です」
「商人?」
よほど意外だったのか、ガルベス王子は間の抜けた顔を見せた。
「はい。エルドラード商会という名はご存知でしょうか?」
「最近高性能のポーションを次々に作り出してるって噂の商会だな」
「そこで働いています」
「もしかして。そのポーションを着くるのが君とか?」
「…作ってると言うよりはできちゃったという感じなんですが……」
それが正直なところだ。狙って作ったわけではないので、誇る気にはなれない。
「全然いいだろう。結果がすべてなんじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんが……」
何となくなのだが、抵抗が拭いきれない。
そんな俺の顔を見て、ガルベス王子はニヤリと笑った。
「まあいいさ。今日は実に有意義だった。大事にしたいと思う縁を結ぶことができたからね」
「もったいないお言葉です」
「これからもよろしくね」
ガルベス王子が差し出してきた手を、俺は恐縮しつつ握り返した。
クラークと話をした日から三日後、営業を終えた屋台に壮年の紳士が訪ねてきた。
「ザイオン様でいらっしゃいますか。私、ガルベス様の筆頭侍従を務めておりますセバスタと申します」
「私がザイオンです。ようこそお越しいただきました」
「早速でございますが、ザイオン様がお作りになられているカレーなる料理をガルベス王子にご提供いただけるかどうかを伺いたいのですが」
「もちろんそのつもりですよ。ただ、どういう形を取れば良いか教えてください。まさかこの屋台にお呼び立てするのはありえませんから」
「王子はそれでも良いと仰っているのですが、さすがにそういう訳にも参りませんーーそこで、出張料理をお願いすることは可能でしょうか?」
「…できればお城は勘弁して欲しいんですが」
間違ってもバルディンの野郎には会いたくないからな。
「それでは離れへご案内いたします」
「離れ? そんなのがあるんですか?」
「普段ガルベス様が静養されているところです。そこなら余計な邪魔も入りません」
「そういうことなら」
元々それが狙いな訳で、こちらに否やはない。
ということで、早速伺うことになった。
「お待たせいたしました。こちらがカレーライスになります」
「おお、これが噂の」
ガルベス王子が相好を崩す。こうして直接会うのは初めてなのだが、話に聞いていた通りあまり健康的には見えなかった。その分というか何なのか、非常に柔和な印象だった。
「何しろクラークが絶賛するんだよ。あれを食べなきゃ人生の損失だってね。そこまで言われたら、食べないって選択肢はないよね」
とても楽しそうなガルベス王子の姿には好感が持てた。バルディンの兄なので俺より年上のはずなのだが、どうにも年下に見えて仕方ない。
「少々辛味が強く感じられるかもしれません。気をつけてお召し上がりください」
「わかったーーいただきます」
気をつけてと言ったのに、何の躊躇もなく大匙いっぱいにカレーを頬張ったガルベス王子は目を白黒させた。
あーあ、言わんこっちゃない。
水を渡そうとしたのだが、ガルベス王子は手を上げてそれを制すると、もう一口頬張った。
「美味しい!」
どうやら王子は辛さに耐性があるらしい。マナーなんぞクソ食らえと言わんばかりの勢いで食べ進めていく。ほどなく皿はきれいに空になった。
「おかわりある?」
王子の要望にセバスタさんや居合わせたメイドさんたちが驚いた顔を見せた。多分普段は少食なんだろうな。
すぐにおかわりを用意すると、王子は嬉しそうに食べていく。
それなりに辛さは感じているのだろう。額にはうっすらと汗が滲んでいるが、それすらも気持ち良さそうだ。
二杯をきれいに完食したところで、ガルベス王子は満足げにスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「いやあ、今までで一番美味しい料理だったよ」
リップサービスが含まれているにしても嬉しい評価だ。
「言っとくけど本気だよ。できるなら専属になってもらいたいくらいだ」
「ハハハ、さすがにそれは……」
そもそも俺料理人じゃないし……
「これで料理人が本職じゃないってのは本当かい?」
「はい。本職は商人です」
「商人?」
よほど意外だったのか、ガルベス王子は間の抜けた顔を見せた。
「はい。エルドラード商会という名はご存知でしょうか?」
「最近高性能のポーションを次々に作り出してるって噂の商会だな」
「そこで働いています」
「もしかして。そのポーションを着くるのが君とか?」
「…作ってると言うよりはできちゃったという感じなんですが……」
それが正直なところだ。狙って作ったわけではないので、誇る気にはなれない。
「全然いいだろう。結果がすべてなんじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんが……」
何となくなのだが、抵抗が拭いきれない。
そんな俺の顔を見て、ガルベス王子はニヤリと笑った。
「まあいいさ。今日は実に有意義だった。大事にしたいと思う縁を結ぶことができたからね」
「もったいないお言葉です」
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