巻き込まれ婚約破棄~俺の理想はスローライフなんだけど~

オフィス景

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11 とある日常のひとこま

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「うはうは」

 そんな声が聞こえてきそうだ。

 姉さんの指示で作ったポーションは、順調に売上を伸ばしていた。

 作ったポーションは全部で三種類。混ぜるシグナ草の量と濃度を調整することによって効能を変えている。

 シグナ草の割合が一番低いポーションが、元々俺が作ろうとした、回復量の多いポーションになった。どうも俺はシグナ草の真価を見誤っていたらしい。

 そして、俺が最初に調合した物は、少し手を加えたら媚薬擬きになってしまった。理性を失わせる特性を突き詰めればもっと恐ろしい物ができそうな気もするが、現段階でこれ以上の物を作る気はなかったので、そのままになっている。

 最後に、シグナ草の溶液を倍まで煮詰めた物を調合したら、なんと、特殊な薬が生まれるに至った。

 一言で言えば「男の味方」。さあ、あなたもかつての鋭さを取り戻しましょう、という物だ。わかるよね?

 意外とこの手の悩みを持つ人は多かったらしく、かなりのヒットを記録しているらしい。

 ただ、残念なことにシグナ草が希少な植物のため、生産量を伸ばせない。いくらレシピがあっても、材料がなければ話にならないのだ。

 そんな時、商人が何を考えるかと言えばーー数が少ないのなら、単価を上げればいい、ということである。

 姉さんが具体的に採った策は、一般には販売も広告もせず、完全に口コミのみにしたのだ。それも貴族階級への限定にした。

 また、シグナ草の名前は極秘扱いとされた。ただ希少な材料を使っているために量産は利かないということだけを顧客に伝え、限定品感を演出した。

 薬としての効き目は確かだったため、悩めるお金持ちにとっては多少高くてもその価値は十分にあると判断されたのだろう。今密かなブームになりつつあった。正直な話、既に半年以上先の分まで予約でいっぱいとのことだ。

「シグナ草、そんなにたくさん手に入るのかな?」

 素朴な疑問である。ただでさえ希少なシグナ草を結構な勢いで消費しているのだ。在庫などすぐなくなるだろうし、今後安定して採取できるとは限らない。

 あまり大規模にシグナ草を集めたら、怪しまれて製法まで辿り着かれる可能性も十分に考えられる。そうすればウチの優位性がなくなるのは誰にでもわかる話だ。あの姉さんがそこを考えないとは思えない。

「…なければ作ればいいとか言い出しそうだよな」

「さすがに姉弟ね。よくわかってるわ」

 セレーネにクスクス笑われた。

「え?   姉さん何か言ってた?」

「一生懸命シグナ草の栽培方法を研究してたわよ」

「マジか……」

 思わず頭を抱えたくなった。もう面倒事の予感しかしない。どうせ行き詰まって俺に丸投げしてくるに違いない。姉さんは商売以外の才能は欠片もないんだ。植物の栽培なんてできるわけがない。

「もしかしてセレーネも何か頼まれたりしてる?」

「あたしが言われたのは、ザイオンくんのサポートをしっかりやるようにってこと」

「そうか、助かるよ」

 実際セレーネのお手伝いがなかったら、ポーションの開発はここまで順調にはいかなかったはずだ。

「あたしにできることなら何でもするから、遠慮せずに言ってね」

 楽しそうにセレーネは言う。

「あたしね、毎日がとっても充実してるの。だから、ザイオンくんにはすっごく感謝してるわ。だから力になれることなら何でもしたいの」

 やっぱりセレーネむちゃくちゃ可愛いよ。神様に誓う。絶対大事にする。んでもって幸せにする。

「ザイオンくん?」

 セレーネの訝しげな声で我に返る。気持ちが行動に表れてしまったようで、セレーネの両手を握りしめてしまっていた。

「ああ、幸せだなと思ったらつい」

「もう、ザイオンくんったら」

 セレーネの表情が嬉しそうに蕩ける。

「あたしも幸せです」

「セレーネ」

「ザイオンくん」

 そのまま二人の距離がゼロになろうとした時、部屋の扉が開いた。

「ザイオン、シグナ草のさいばーー」

 言葉を途切れさせた姉さんが部屋の入口で固まった。

「「あーー」」

「…あんたたち、ところ構わず二人の世界を作るんじゃないよ」

「いや、まあ、そうは言っても」

「何だって言うんだい?」

 姉さんの目が冷たい。一瞬怯んだが、伝えるべきことは伝えねばなるまい。

「セレーネを好きだという気持ちに時とか場所とか関係ないわけで」

 姉さんは深々とため息をついた。

「あんたね、そういうのを獣って言うんだよ。あんたのお馬鹿な行動のせいでセレーネを周りにそう見せてるってわかってんのかい?」

「う……」

「わかったら少しは自重するんだね」

「……」

 世の中って何て世知辛いんだろう。

 本気でそう思ったが、誰にも賛同してもらえないのはわかったので、あえて口にはしなかった。



 よくある日常のひとこまだった。
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