8 / 23
8 スパルタ
しおりを挟む
「さて、確認しておきたいことがいくつかあるんだけど、いいかい?」
一日の業務が始まる前、俺とセレーネは姉さんと向かい合っていた。
「はい」
姉さんの視線を受けて、セレーネが頷く。
「まずは基本のとこから確認するけど、セレーネはグッドリッジ侯爵家のご令嬢ってことで間違いない?」
「勘当されたので、正確には『元』がつきます」
話題が話題だけに、セレーネの口調も表情も硬い。
「王子の婚約者って立場は?」
姉さんの方は、何の遠慮もなくズバズバ切り込んでくる。
「そっちも『元』です」
「話が元に戻る可能性は?」
「ありません」
「侯爵家に復帰することは?」
「ありません」
「もしそれを強要されたら?」
「逃げます」
ちょっと意外だった。戦うって言うのかと思ったのだ。
「どこへ?」
「外国へーーあの人たちの権力が届かないところへ」
ああ、なるほど。戦おうにも、国内にいたんじゃ戦いにすらならないってことか。
その辺、セレーネって冷静だよな。俺にゃマネできん。力ずくの思考しかできない俺って、もしかして脳筋なのか?
結構深刻に悩んでいる間にも問答は続いている。
「一人で?」
「それは寂しいです」
そこでセレーネは初めて俺に視線を向けた。無言で訴えかけてくる。
そんな目で見なくても、答えなんて決まってる。
「もしそうなったら一緒に行くよ」
ちゃんとノータイムで答える。ここで迷うのは完全にアウトだ。
「ありがとう、ザイオンくん」
セレーネの笑顔はホントにいいな。見るとこっちまで幸せな気分になる。セレーネを笑顔にするためだったら何でもやろうと本気で思う。
「そういう空気は二人っきりの時に作ってくれ。独り者には目の毒だ」
「す、すみません」
「まあ二人の覚悟はわかった。状況を聞く限り、そう滅多なことはないと思うけどね」
それに関しては俺も同意見だ。こっちからアクションを起こさなければ、向こうからは何もできないはずだ。婚約破棄を言い出したのは向こうだからな。
「で、それを踏まえて訊くけど、セレーネはうちで働いてくれるってことでいいのかい?」
「逆にいいんですか? こちらからお願いしたいんですけど」
「もちろん歓迎さ。学院出なら一通りの教養は身につけてるんだろうし。セレーネなら貴族相手の作法を仕込む手間も省けるしね」
確かにそう言われると、セレーネってウチの商会にとっては得難い人材かもしれない。
「頑張ります。よろしくお願いします!」
「期待してるよ」
「よかったな、セレーネ」
「はい!」
「他人事みたいに言ってるんじゃないよ。あんたにはセレーネ以上にフル回転してもらうからね」
「へ? 普通に外回りじゃないの?」
「何を呑気なこと言ってんだい。あんたにはまずは仕入れからやってもらうから、そのつもりでね」
「仕入れ!?」
まさか、それってーー
「ウチの一番の売れ筋は何だい?」
「…魔物の素材」
「ご名答」
そのニンマリした笑顔には癒し効果はこれっぽっちもなかった。少しはセレーネを見習って欲しい。
「そういうのは冒険者に依頼するんじゃないの?」
「ずっとやれとは言わないよ。でもね、現場だって一通り経験してもらうよ。ウチは外国との取引だってあるんだ。遠出する時に自分の身は自分で守れるようになってた方がいいに決まってるじゃないか」
「それは……」
予想外に真っ当な答えが返ってきて、驚いてしまった。筋が通ってるもんで、下手に反論もできやしない。
「甘えたこと考えてんじゃないよ。あんたも人の上に立つんなら、誰よりも汗かいて、誰よりも色んな経験積まなきゃ駄目だよ。じゃなきゃ誰もついてこないからね」
「うぅ、わかったよ」
姉さんがこんなにスパルタだとは思わなんだ。しかし、言ってることは至極真っ当というか、ぐうの音も出ない正論だ。正論にグチグチ言うなんて男のすることじやねえからな。
腹は括った。後はやるだけだ。
一日の業務が始まる前、俺とセレーネは姉さんと向かい合っていた。
「はい」
姉さんの視線を受けて、セレーネが頷く。
「まずは基本のとこから確認するけど、セレーネはグッドリッジ侯爵家のご令嬢ってことで間違いない?」
「勘当されたので、正確には『元』がつきます」
話題が話題だけに、セレーネの口調も表情も硬い。
「王子の婚約者って立場は?」
姉さんの方は、何の遠慮もなくズバズバ切り込んでくる。
「そっちも『元』です」
「話が元に戻る可能性は?」
「ありません」
「侯爵家に復帰することは?」
「ありません」
「もしそれを強要されたら?」
「逃げます」
ちょっと意外だった。戦うって言うのかと思ったのだ。
「どこへ?」
「外国へーーあの人たちの権力が届かないところへ」
ああ、なるほど。戦おうにも、国内にいたんじゃ戦いにすらならないってことか。
その辺、セレーネって冷静だよな。俺にゃマネできん。力ずくの思考しかできない俺って、もしかして脳筋なのか?
結構深刻に悩んでいる間にも問答は続いている。
「一人で?」
「それは寂しいです」
そこでセレーネは初めて俺に視線を向けた。無言で訴えかけてくる。
そんな目で見なくても、答えなんて決まってる。
「もしそうなったら一緒に行くよ」
ちゃんとノータイムで答える。ここで迷うのは完全にアウトだ。
「ありがとう、ザイオンくん」
セレーネの笑顔はホントにいいな。見るとこっちまで幸せな気分になる。セレーネを笑顔にするためだったら何でもやろうと本気で思う。
「そういう空気は二人っきりの時に作ってくれ。独り者には目の毒だ」
「す、すみません」
「まあ二人の覚悟はわかった。状況を聞く限り、そう滅多なことはないと思うけどね」
それに関しては俺も同意見だ。こっちからアクションを起こさなければ、向こうからは何もできないはずだ。婚約破棄を言い出したのは向こうだからな。
「で、それを踏まえて訊くけど、セレーネはうちで働いてくれるってことでいいのかい?」
「逆にいいんですか? こちらからお願いしたいんですけど」
「もちろん歓迎さ。学院出なら一通りの教養は身につけてるんだろうし。セレーネなら貴族相手の作法を仕込む手間も省けるしね」
確かにそう言われると、セレーネってウチの商会にとっては得難い人材かもしれない。
「頑張ります。よろしくお願いします!」
「期待してるよ」
「よかったな、セレーネ」
「はい!」
「他人事みたいに言ってるんじゃないよ。あんたにはセレーネ以上にフル回転してもらうからね」
「へ? 普通に外回りじゃないの?」
「何を呑気なこと言ってんだい。あんたにはまずは仕入れからやってもらうから、そのつもりでね」
「仕入れ!?」
まさか、それってーー
「ウチの一番の売れ筋は何だい?」
「…魔物の素材」
「ご名答」
そのニンマリした笑顔には癒し効果はこれっぽっちもなかった。少しはセレーネを見習って欲しい。
「そういうのは冒険者に依頼するんじゃないの?」
「ずっとやれとは言わないよ。でもね、現場だって一通り経験してもらうよ。ウチは外国との取引だってあるんだ。遠出する時に自分の身は自分で守れるようになってた方がいいに決まってるじゃないか」
「それは……」
予想外に真っ当な答えが返ってきて、驚いてしまった。筋が通ってるもんで、下手に反論もできやしない。
「甘えたこと考えてんじゃないよ。あんたも人の上に立つんなら、誰よりも汗かいて、誰よりも色んな経験積まなきゃ駄目だよ。じゃなきゃ誰もついてこないからね」
「うぅ、わかったよ」
姉さんがこんなにスパルタだとは思わなんだ。しかし、言ってることは至極真っ当というか、ぐうの音も出ない正論だ。正論にグチグチ言うなんて男のすることじやねえからな。
腹は括った。後はやるだけだ。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~
鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合
戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる
事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる
その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊
中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。
終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人
小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である
劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。
しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。
上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。
ゆえに彼らは最前線に配備された
しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。
しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。
瀬能が死を迎えるとき
とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる