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「さて、確認しておきたいことがいくつかあるんだけど、いいかい?」
一日の業務が始まる前、俺とセレーネは姉さんと向かい合っていた。
「はい」
姉さんの視線を受けて、セレーネが頷く。
「まずは基本のとこから確認するけど、セレーネはグッドリッジ侯爵家のご令嬢ってことで間違いない?」
「勘当されたので、正確には『元』がつきます」
話題が話題だけに、セレーネの口調も表情も硬い。
「王子の婚約者って立場は?」
姉さんの方は、何の遠慮もなくズバズバ切り込んでくる。
「そっちも『元』です」
「話が元に戻る可能性は?」
「ありません」
「侯爵家に復帰することは?」
「ありません」
「もしそれを強要されたら?」
「逃げます」
ちょっと意外だった。戦うって言うのかと思ったのだ。
「どこへ?」
「外国へーーあの人たちの権力が届かないところへ」
ああ、なるほど。戦おうにも、国内にいたんじゃ戦いにすらならないってことか。
その辺、セレーネって冷静だよな。俺にゃマネできん。力ずくの思考しかできない俺って、もしかして脳筋なのか?
結構深刻に悩んでいる間にも問答は続いている。
「一人で?」
「それは寂しいです」
そこでセレーネは初めて俺に視線を向けた。無言で訴えかけてくる。
そんな目で見なくても、答えなんて決まってる。
「もしそうなったら一緒に行くよ」
ちゃんとノータイムで答える。ここで迷うのは完全にアウトだ。
「ありがとう、ザイオンくん」
セレーネの笑顔はホントにいいな。見るとこっちまで幸せな気分になる。セレーネを笑顔にするためだったら何でもやろうと本気で思う。
「そういう空気は二人っきりの時に作ってくれ。独り者には目の毒だ」
「す、すみません」
「まあ二人の覚悟はわかった。状況を聞く限り、そう滅多なことはないと思うけどね」
それに関しては俺も同意見だ。こっちからアクションを起こさなければ、向こうからは何もできないはずだ。婚約破棄を言い出したのは向こうだからな。
「で、それを踏まえて訊くけど、セレーネはうちで働いてくれるってことでいいのかい?」
「逆にいいんですか? こちらからお願いしたいんですけど」
「もちろん歓迎さ。学院出なら一通りの教養は身につけてるんだろうし。セレーネなら貴族相手の作法を仕込む手間も省けるしね」
確かにそう言われると、セレーネってウチの商会にとっては得難い人材かもしれない。
「頑張ります。よろしくお願いします!」
「期待してるよ」
「よかったな、セレーネ」
「はい!」
「他人事みたいに言ってるんじゃないよ。あんたにはセレーネ以上にフル回転してもらうからね」
「へ? 普通に外回りじゃないの?」
「何を呑気なこと言ってんだい。あんたにはまずは仕入れからやってもらうから、そのつもりでね」
「仕入れ!?」
まさか、それってーー
「ウチの一番の売れ筋は何だい?」
「…魔物の素材」
「ご名答」
そのニンマリした笑顔には癒し効果はこれっぽっちもなかった。少しはセレーネを見習って欲しい。
「そういうのは冒険者に依頼するんじゃないの?」
「ずっとやれとは言わないよ。でもね、現場だって一通り経験してもらうよ。ウチは外国との取引だってあるんだ。遠出する時に自分の身は自分で守れるようになってた方がいいに決まってるじゃないか」
「それは……」
予想外に真っ当な答えが返ってきて、驚いてしまった。筋が通ってるもんで、下手に反論もできやしない。
「甘えたこと考えてんじゃないよ。あんたも人の上に立つんなら、誰よりも汗かいて、誰よりも色んな経験積まなきゃ駄目だよ。じゃなきゃ誰もついてこないからね」
「うぅ、わかったよ」
姉さんがこんなにスパルタだとは思わなんだ。しかし、言ってることは至極真っ当というか、ぐうの音も出ない正論だ。正論にグチグチ言うなんて男のすることじやねえからな。
腹は括った。後はやるだけだ。
一日の業務が始まる前、俺とセレーネは姉さんと向かい合っていた。
「はい」
姉さんの視線を受けて、セレーネが頷く。
「まずは基本のとこから確認するけど、セレーネはグッドリッジ侯爵家のご令嬢ってことで間違いない?」
「勘当されたので、正確には『元』がつきます」
話題が話題だけに、セレーネの口調も表情も硬い。
「王子の婚約者って立場は?」
姉さんの方は、何の遠慮もなくズバズバ切り込んでくる。
「そっちも『元』です」
「話が元に戻る可能性は?」
「ありません」
「侯爵家に復帰することは?」
「ありません」
「もしそれを強要されたら?」
「逃げます」
ちょっと意外だった。戦うって言うのかと思ったのだ。
「どこへ?」
「外国へーーあの人たちの権力が届かないところへ」
ああ、なるほど。戦おうにも、国内にいたんじゃ戦いにすらならないってことか。
その辺、セレーネって冷静だよな。俺にゃマネできん。力ずくの思考しかできない俺って、もしかして脳筋なのか?
結構深刻に悩んでいる間にも問答は続いている。
「一人で?」
「それは寂しいです」
そこでセレーネは初めて俺に視線を向けた。無言で訴えかけてくる。
そんな目で見なくても、答えなんて決まってる。
「もしそうなったら一緒に行くよ」
ちゃんとノータイムで答える。ここで迷うのは完全にアウトだ。
「ありがとう、ザイオンくん」
セレーネの笑顔はホントにいいな。見るとこっちまで幸せな気分になる。セレーネを笑顔にするためだったら何でもやろうと本気で思う。
「そういう空気は二人っきりの時に作ってくれ。独り者には目の毒だ」
「す、すみません」
「まあ二人の覚悟はわかった。状況を聞く限り、そう滅多なことはないと思うけどね」
それに関しては俺も同意見だ。こっちからアクションを起こさなければ、向こうからは何もできないはずだ。婚約破棄を言い出したのは向こうだからな。
「で、それを踏まえて訊くけど、セレーネはうちで働いてくれるってことでいいのかい?」
「逆にいいんですか? こちらからお願いしたいんですけど」
「もちろん歓迎さ。学院出なら一通りの教養は身につけてるんだろうし。セレーネなら貴族相手の作法を仕込む手間も省けるしね」
確かにそう言われると、セレーネってウチの商会にとっては得難い人材かもしれない。
「頑張ります。よろしくお願いします!」
「期待してるよ」
「よかったな、セレーネ」
「はい!」
「他人事みたいに言ってるんじゃないよ。あんたにはセレーネ以上にフル回転してもらうからね」
「へ? 普通に外回りじゃないの?」
「何を呑気なこと言ってんだい。あんたにはまずは仕入れからやってもらうから、そのつもりでね」
「仕入れ!?」
まさか、それってーー
「ウチの一番の売れ筋は何だい?」
「…魔物の素材」
「ご名答」
そのニンマリした笑顔には癒し効果はこれっぽっちもなかった。少しはセレーネを見習って欲しい。
「そういうのは冒険者に依頼するんじゃないの?」
「ずっとやれとは言わないよ。でもね、現場だって一通り経験してもらうよ。ウチは外国との取引だってあるんだ。遠出する時に自分の身は自分で守れるようになってた方がいいに決まってるじゃないか」
「それは……」
予想外に真っ当な答えが返ってきて、驚いてしまった。筋が通ってるもんで、下手に反論もできやしない。
「甘えたこと考えてんじゃないよ。あんたも人の上に立つんなら、誰よりも汗かいて、誰よりも色んな経験積まなきゃ駄目だよ。じゃなきゃ誰もついてこないからね」
「うぅ、わかったよ」
姉さんがこんなにスパルタだとは思わなんだ。しかし、言ってることは至極真っ当というか、ぐうの音も出ない正論だ。正論にグチグチ言うなんて男のすることじやねえからな。
腹は括った。後はやるだけだ。
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