巻き込まれ婚約破棄~俺の理想はスローライフなんだけど~

オフィス景

文字の大きさ
上 下
5 / 23

5 大歓迎

しおりを挟む
 王都から乗り合いの馬車で一週間。俺たちは無事に実家へと帰ってきた。

「ここ?」

「ああ。ここが俺の実家。見てのとおり商会やってる。王都の商会に比べると全然小さいんだけどね」

「でも、すごく活気があって、みんな楽しそう」

 朗らかな笑顔でそう言ってもらえると、こっちとしてもホッとする。どうしたってこれまでの貴族としての生活に比べたら不便なものになる。ポジティブな要素は少しでも多い方がいい。

 心の準備がしたいと言われたので店から少し離れたところにいたら、店から出てきた壮年男性と目が合った。

「若!?」

「あ、ども」

 古参の店員、ロナウドさんだった。俺が生まれた時には既に店で働いていたので、当然俺とも面識がある。

「そんなところで何してるんですか?」

「あ、いや、実はーー」

 言いかけたところでロナウドさんがセレーネに気づいた。一瞬ギョッとした後、満面の笑みが取って代わった。

「ちょっと待っーー」

 止めるより早くロナウドさんは出てきたばかりの店内に駆け戻った。

「若がとんでもなく別嬪な嫁さん連れて来たぞ!」

 何の紹介もしていないのに、何でそうやって決めつけるかな……まあ、間違っちゃいないけどさ。

 すぐに店から大勢が飛び出して来た。どの顔も馴染みだが、初めて見るような笑顔ばかりだ。

 直撃されたらマズいと、セレーネを後ろにかばう。

「若、おかえりなさい!」

「お久しぶりです」

「元気そうで何よりっす」

 口々に歓迎してもらえるのはやっぱりうれしい。ここが俺の家なんだな、と実感できる。

「みんな、ただいま。今日からまたよろしく頼むな」

「もちろんです。ところで若、後ろの別嬪さん、紹介してくださいよ!」

「ちょっと待て。落ち着けって。セレーネがびっくりしてるだろ!」

「セレーネさんと仰るんですね。いいお名前だ」

「だからその勢いで食いついてくんな!」

 少しは人の話を聞け。

 セレーネは完全にフリーズしてしまっている。ただでさえテンパっていたところに怒涛の勢いで畳み込まれりゃ誰でもこうなっちまうだろ。

「若のお嫁さんってことでいいんですよね?」

「は、はい」

 そこだけははっきりさせたかったらしく、ぎこちなくではあったがセレーネははっきり頷いた。

「「「いやったぁーっ!!!」」」

 歓声が爆発した。

「よかったーっ」

「若はホントに女っ気がなかったからね。本気で心配してたんだよ」

 余計なお世話だっつーの。

「それもこんなに可愛らしいお嬢さんがねえ……長生きはするもんだねえ」

 そんな大袈裟な。

「それじゃあ今日は宴会だな」

 歓迎してくれるのはありがたいが、もう少しお手柔らかにお願いしたい。おまえらがやろうとしてるのは、歓迎という名の洗礼だ。

 収拾がつかなくなりそうだと思ったその時、よく通る声が響いた。

「店の前で何の騒ぎだい?」

 ピシッ、と幻音が聞こえたかと思うくらい一瞬で場の空気が緊張した。無意識の内に俺の背筋にも芯が通った。

 俺とセレーネを囲んでいた人垣が割れ、妙齢の美人さんが現れた。

「姉さん、ただいま」

「お姉さん!?」

 セレーネがとっ散らかった。何かもうクールビューティーのイメージ崩れまくってんな。今の方がつきあいやすいし好みだから全然オーケーなんだけど。

 その声で姉さんはセレーネの存在に気がついた。

「誰だい?」

「セレーネと申します。ザイオンくんとおつきあいさせていただいてます」

「ほう」

 姉さんの目が細められる。鑑定スキル持ちではないはずなのに大抵のことは見抜いてしまう、恐ろしい眼力を秘めた目である。俺も姉さん相手に嘘がバレなかったことはない。

 値踏みされているのがわかるのだろう。セレーネは半泣き状態で動くこともできずにいる。あれって、マジで身動きできなくなるんだよな。ほとんど邪眼じゃねえのか?

 ややあって、姉さんはニッと笑うと、セレーネに向かって右手を差し出した。

「ザイオンの姉のルシーナです。よろしくお願いしますね」

 大きく息をついて胸を撫で下ろす。姉さんのお眼鏡にはかなったようだ。大丈夫だと思ってはいたが、とりあえずホッとした。

 極度の緊張から解放されたセレーネは、半べそをかきながら姉さんと握手している。

「さあ、今日はセレーネの歓迎会だ。準備にかかりな」

「「「「「おう!!!!!」」」」」

「さあさあセレーネさん、こちらへどうぞ」

「あ、荷物持ちますよ」

 みんながセレーネを案内していく。一番後ろに俺と姉さんが残った。

「いい娘じゃないか。あんたにしちゃあ上出来だ」

「サンキュ」

「ただ、確かあの娘侯爵家のご令嬢だろーー訳ありかい?」

 敵わんな、姉さんには。

「後で全部話すよ」

「ああ、そうしておくれ」

 そう言ってから姉さんはニヤリと笑った。

「自分で言うのもなんだけどーーあたしは味方につけといた方がいいと思うよ」

 それは重々承知しております。

「姉さんを敵に回すほど命知らずじゃないさ」

「わかってればよろしい」

 得意気に頷く姉さんに、俺は苦笑するしかなかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...