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4 勘当
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バルディンとセレーネの婚約破棄騒動は瞬く間に国中に広まった。少なくとも翌朝には王都の住人でそれを知らぬ者はいないというレベルで広まっていた。
事実のみが広まるなら別に何ということもないのだが、噂話の怖さというものを思い知ることになった。
街を歩いていると、何故か周りからの視線が冷たい。
学園を卒業して故郷へ帰ることになっているので、世話になった人たちに挨拶まわりをしていたのだが、見ず知らずの人たちが俺を見てひそひそ話しているのを見せられればいい気分はしない。
「何なんだ、一体」
噂されるような心当たりがあるとすればセレーネとのことだが、それにしては向けられる視線が厳しい。
居心地の悪さを感じながら歩いていくと、疑問はすくに解消された。
「ちょっとあんた、王子様の婚約者を寝取っちゃったってのは本当かい?」
「はい!?」
よく利用している道具屋のおばちゃんからそんなことを言われて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何でそんな話になってんの!?
「そんなことしちゃって大丈夫なのかい?」
「ちょ、ちょっと待って。誰がそんなこと言ってんの?」
「誰がって、王都中の噂になってるよ」
「何で!?」
「違うのかい?」
「違うよ!」
頭が痛い。王都中でこんなことを言われていると思うと、泣きたくなる。
一応ことの次第を説明すると、おばちゃんはすくに納得してくれた。
「おかしいと思ったよ。あんたはそんな大それたことをするような子じゃないものねえ」
暗にヘタレと言われたような気がするが、別に反論しようとは思わない。実際にそうだと思うからだ。
微苦笑したところで、大事なことに気がついた。
セレーネの方は大丈夫か?
誰が言い始めたのか知らないが、こんなデマを広められたら、セレーネへの風当たり強くならないか?
セレーネは侯爵家の王都屋敷に住んでいる。とりあえずそこへ向かうことにした。
当たり前だが、侯爵家の屋敷ともなれば王都の中でも一等地に建っている。そして、これも当たり前だが、俺みたいな一介の学生が用もなしに訪れるような場所ではない。
つまりどういうことかというと、俺は道に迷っていた。
元々正確に場所を知っているわけじゃない。何となくこの辺、くらいの感覚で歩いて来たのだが、同じような家が建ち並ぶ中で、侯爵家を見つけるのに難儀していた。
間の悪いことに、通行人もおらず、道を尋ねることもできずにいた。
「困ったな……」
途方に暮れかけた時、少し先の方の屋敷から人が出てくるのが見えた。
「チャンス!」
これを逃したら次にいつ人と行き合えるかわからないので、俺は小走りに駆け寄った。
するとーー
「あれ、セレーネ?」
出てきたのは、大荷物を持ったセレーネだった。
「あ、ザイオンくん」
俺がここにいることに驚いたようだ。
「セレーネ、大丈夫か?」
「え?」
「どうも昨日の話がねじ曲がって伝わってるみたいでな。心配だったから、様子見に来たんだ」
そう言うと、セレーネの表情が緩んだ。
「ありがとう。心配してくれて」
「それはいいんだけど、その大荷物はどうしたんだ?」
旅行にでも行くような大きな荷物だが、本当に旅行なら、徒歩ってことはないだろう。立派な馬車が用意されるはずだ。
セレーネはちょっと困ったような、それでいて悪戯を成功させた子供のような不思議な笑みを浮かべた。
「…勘当されちゃいました」
「勘当?」
束の間、言葉の意味がわからず、きょとんとしてしまった。で、理解するのと同時に大きな声をあげてしまう。
「どうして!?」
って、理由なんて昨日のことしかないよな。
「バルディンの野郎が何か手を回したのか?」
「それはわからないけど、あたしが勘当されたのは、侯爵家に相応しくないからだそうです」
「…それこそ理由がわからんが……」
「王子に婚約破棄されたのはともかく、その直後に人前で男性にキスするような破廉恥な娘は我が侯爵家にはいらん、って言われちゃいました」
「何だそれ!?」
瞬間湯沸し器のように頭が沸騰した。
「俺が文句言ってやる!」
「や、やめてください!」
セレーネに服の裾を掴まれた。
「そんなことしたら大変なことにーー」
「むーー」
確かに侯爵様に直言なんてしたら、無礼討ちされても文句は言えない。でも、だからと言ってこのまま何もせずにいるのは違う気がする。
「いいの。あたし自身は実はホッとしてるから」
「どういうこと?」
勘当されてホッとするって……俺にはちょっと理解できないんだが……
「ザイオンくんはこれで故郷に帰るんですよね?」
「あ、ああ。そのつもりだけど」
「侯爵令嬢のままじゃついていけないから」
「あーー」
言われて、俺はやっとセレーネの笑みの意味を理解した。
「ついて行ってもいいよね?」
ほんのちょっとだけ不安そうな上目遣い。この顔も実に可愛い。
当然、俺の答えはひとつしかない。
「そんなんいいどころじゃねえ。大歓迎だよ」
「よかった」
満面の笑みはセレーネの魅力を数倍する。
こうして俺はセレーネを実家に迎えることになった。
事実のみが広まるなら別に何ということもないのだが、噂話の怖さというものを思い知ることになった。
街を歩いていると、何故か周りからの視線が冷たい。
学園を卒業して故郷へ帰ることになっているので、世話になった人たちに挨拶まわりをしていたのだが、見ず知らずの人たちが俺を見てひそひそ話しているのを見せられればいい気分はしない。
「何なんだ、一体」
噂されるような心当たりがあるとすればセレーネとのことだが、それにしては向けられる視線が厳しい。
居心地の悪さを感じながら歩いていくと、疑問はすくに解消された。
「ちょっとあんた、王子様の婚約者を寝取っちゃったってのは本当かい?」
「はい!?」
よく利用している道具屋のおばちゃんからそんなことを言われて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何でそんな話になってんの!?
「そんなことしちゃって大丈夫なのかい?」
「ちょ、ちょっと待って。誰がそんなこと言ってんの?」
「誰がって、王都中の噂になってるよ」
「何で!?」
「違うのかい?」
「違うよ!」
頭が痛い。王都中でこんなことを言われていると思うと、泣きたくなる。
一応ことの次第を説明すると、おばちゃんはすくに納得してくれた。
「おかしいと思ったよ。あんたはそんな大それたことをするような子じゃないものねえ」
暗にヘタレと言われたような気がするが、別に反論しようとは思わない。実際にそうだと思うからだ。
微苦笑したところで、大事なことに気がついた。
セレーネの方は大丈夫か?
誰が言い始めたのか知らないが、こんなデマを広められたら、セレーネへの風当たり強くならないか?
セレーネは侯爵家の王都屋敷に住んでいる。とりあえずそこへ向かうことにした。
当たり前だが、侯爵家の屋敷ともなれば王都の中でも一等地に建っている。そして、これも当たり前だが、俺みたいな一介の学生が用もなしに訪れるような場所ではない。
つまりどういうことかというと、俺は道に迷っていた。
元々正確に場所を知っているわけじゃない。何となくこの辺、くらいの感覚で歩いて来たのだが、同じような家が建ち並ぶ中で、侯爵家を見つけるのに難儀していた。
間の悪いことに、通行人もおらず、道を尋ねることもできずにいた。
「困ったな……」
途方に暮れかけた時、少し先の方の屋敷から人が出てくるのが見えた。
「チャンス!」
これを逃したら次にいつ人と行き合えるかわからないので、俺は小走りに駆け寄った。
するとーー
「あれ、セレーネ?」
出てきたのは、大荷物を持ったセレーネだった。
「あ、ザイオンくん」
俺がここにいることに驚いたようだ。
「セレーネ、大丈夫か?」
「え?」
「どうも昨日の話がねじ曲がって伝わってるみたいでな。心配だったから、様子見に来たんだ」
そう言うと、セレーネの表情が緩んだ。
「ありがとう。心配してくれて」
「それはいいんだけど、その大荷物はどうしたんだ?」
旅行にでも行くような大きな荷物だが、本当に旅行なら、徒歩ってことはないだろう。立派な馬車が用意されるはずだ。
セレーネはちょっと困ったような、それでいて悪戯を成功させた子供のような不思議な笑みを浮かべた。
「…勘当されちゃいました」
「勘当?」
束の間、言葉の意味がわからず、きょとんとしてしまった。で、理解するのと同時に大きな声をあげてしまう。
「どうして!?」
って、理由なんて昨日のことしかないよな。
「バルディンの野郎が何か手を回したのか?」
「それはわからないけど、あたしが勘当されたのは、侯爵家に相応しくないからだそうです」
「…それこそ理由がわからんが……」
「王子に婚約破棄されたのはともかく、その直後に人前で男性にキスするような破廉恥な娘は我が侯爵家にはいらん、って言われちゃいました」
「何だそれ!?」
瞬間湯沸し器のように頭が沸騰した。
「俺が文句言ってやる!」
「や、やめてください!」
セレーネに服の裾を掴まれた。
「そんなことしたら大変なことにーー」
「むーー」
確かに侯爵様に直言なんてしたら、無礼討ちされても文句は言えない。でも、だからと言ってこのまま何もせずにいるのは違う気がする。
「いいの。あたし自身は実はホッとしてるから」
「どういうこと?」
勘当されてホッとするって……俺にはちょっと理解できないんだが……
「ザイオンくんはこれで故郷に帰るんですよね?」
「あ、ああ。そのつもりだけど」
「侯爵令嬢のままじゃついていけないから」
「あーー」
言われて、俺はやっとセレーネの笑みの意味を理解した。
「ついて行ってもいいよね?」
ほんのちょっとだけ不安そうな上目遣い。この顔も実に可愛い。
当然、俺の答えはひとつしかない。
「そんなんいいどころじゃねえ。大歓迎だよ」
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満面の笑みはセレーネの魅力を数倍する。
こうして俺はセレーネを実家に迎えることになった。
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