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「さっきからよくわかんねえ話なんだよな。何か特別な話でもあるのか?」

「へへー、内緒です」

 早苗は得意そうな顔で言った。

「なあ、俺も会わせてもらえねえかな。もちろん野暮なこと言う気はねえ。早苗の再会とやらが終わった後でかまわねえから、ぜひ一度話をしてみてえんだ」

 熱っぽく言う武蔵に対する早苗の反応は微妙なものだった。

「会ったらがっかりするかもしれませんよ?」

「がっかり? どうして?」

「世の中には知らない方が幸せなこともあるんですよね」

「何だ、そりゃ?」

 首を傾げた武蔵だったが、熱意は削がれなかった。

「まあ何でもいいや。とにかく、俺、槍使いに憧れてんだよ。な、頼む。会わせてくれよ」

「そこまで言うなら話してみますけど」

「ありがてえ。おい、圭一、おまえはどうだ? おまえだって槍使いには興味あるだろ」

「別に」

 素っ気ない声で圭一は言った。まっすぐに前を見たまま、興味なさそうにしている。やや表情が固いようだ。

「あれ? こういうネタ、真っ先に飛びついてくる口じゃねえのか?」

 発掘科所属でありながら学内最強を噂される圭一である。狩猟課の猛者どもと模擬戦を行うことも多いが、そのすべてに勝利を収め、日々の研鑽も欠かすことはない。槍使いの話などには真っ先に乗ってきそうな男なのだ。

「槍使いか。まあ、決着はつけなきゃなんねえと思ってるけどな」

「決着?」

 一同が怪訝な顔になる。

「決着って何だよ? おまえ、槍使いに因縁でもあるのか?」

「……」

 圭一は硬い表情のまま答えようとしない。

「でも、それっておかしくないです? だって、槍使いが現れた十年前って、先輩まだ小学生だったんじゃないんですか?」

 渚が素朴な疑問を呈した。

「だよな。因縁なんてできようがないよな」

「おまえらには関係ねえよ」

 他人を拒絶するような口調。普段からあまり人づきあいのいい男ではないが、ここまで頑なな態度は珍しい。

「ちょっと先輩、どういうことですか。槍使いに因縁って」

 今度はそれまで黙っていた早苗が追及にかかる。

「関係ねえって言ってるだろ」

「そういうわけにはいきません。槍使いはあたしの大切な人なんですから!」

 そう言いながらも、早苗の顔にあるのは怒りよりも困惑であった。

「それでも関係ねえ。これは俺の問題だ」

 圭一は取り付くしまもない。

「どうしても教えてくれないんですか?」

 静かな訊き方が妙な迫力を生んだ。

「どうしてもだ」

「頑固者」

「おまえに言われたくねえ」

「偏屈。秘密主義。むっつり助平」

 なぜかおかしな方向へ悪口が発展していく。

 圭一は無視することに決めたらしい。それ以上口を開こうとはしなかった。

「あー、わかった!」

 突然渚が手を打った。

「先輩、もしかしてやきもちですか?」

 小悪魔のような表情を浮かべた渚の言葉に、圭一は思いっきりハンドル操作を誤った。車は激しく蛇行し、中の一同が悲鳴をあげる。

「ぎゃあ」

「いやあん」

「ぐおっ」

「危ないじゃない」

「バカヤロ。変なこと言うな!」

 必要以上の大声で圭一はわめいた。

 非常にわかりやすい反応である。渚と武蔵、慎吾の三人は目配せを交わしあった。

 素知らぬふりをしようとすればするほど深みにはまっていく。傍で見ている分にはこの上ないコメディである。

 三人は「できる限りこの状況を楽しもう」ということで意見の一致を見た。このへんのチームワークのよさは、言葉を必要としない。

「渚、あんまり馬鹿なこと言うなよ。圭一が早苗を好きなわけないじゃんか。これだけやりあってて実はお互い好きでしたなんて話があるわけないだろ。小学生じゃないんだからさ」

 皮肉たっぷりの口調で慎吾が言うと、渚もぺろりと舌を出した。

「そうですよね。先輩、すいませんでした。変なこと言っちゃって」

「わ、わかればいい」

 自分では重々しく頷いたつもりであるのだが、周りから見れば微妙に視線が泳いでいるのが丸わかりである。思うつぼな反応に、三人は笑いをこらえるのに必死にならなければならなかった。
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