5 / 8
5 ごめんよりありがとう
しおりを挟む
「っしゃあっ!」
気合いの声とともにがっちりと組み合う。
圧力をかけやすい有利なポジションを得ようとする力比べ。これを制せれば、この後の主導権を握れる。非常に大事な攻防だ。
身長差はほとんどないので、これは純粋な力比べだ。絶対に負けたくない。
「おおっ!」
気合いと共にギアを一段上げる。
「くっ」
相手はそこが限界だったらしく、天秤は俺の方に傾いた。
レスラーの基本はパワーだ。パワー勝負に勝てれば、単純に嬉しい。
「おらあああっ!」
上から押さえつけるようにして膝を着かせる。
よし、格付け完了。
ここから先、常に上から目線で戦える。心理的なものだけど、これって案外でかいんだ。
苦しい体勢から相手が蹴りを放ってきた。局面を打開したかったんだろうけど、それは悪手だ。
こうやって蹴り足をすくって掴まえてやるだけで簡単にバランスを失う。
バランスを失えば、踏ん張りがきかない。
踏ん張りがきかなければ、でかい相手でも簡単に投げられる。相手の足と、もう片方の手で頭を抱え込み、斜め後ろに倒れ込めば、受け身のとりづらい危険な投げ技になる。
今は稽古なので、マイルドな落とし方にした。それでもまともに背中から落としたので、衝撃で動きが止まる。
すかさずマウントポジションをとって、勝負あり。
「も、もう一本」
「何本でも」
結局その後十本やったが、一本も取られることはなかった。
「哲平くんってホントに強いんだね」
稽古を終えると、見学していた舞子がにこにこしながらやって来た。
「そりゃまあ本気で鍛えたからな」
「何を目指してるの?」
「プロレスラー」
「それで素手なの?」
「武器を持って闘うってのは想定してなかったからな」
「…ごめんね……」
「それはもういいって言ったじゃねえか」
「でも……」
「ごめんよりありがとうの方がいいな」
「…あ、ありがとう」
「うん」
ごめんを笑顔で言う人はいないように、ありがとうをしかめっ面で言う人はいない。どうせなら笑顔を見たいと思うのは普通だよな。
「哲平くん、この後の予定はどうなってるの?」
「特にないよ。筋トレでもしてようかと思ってた」
「…休むって発想はないのね」
「いや、オーバーワークがよくないのはわかってるから、休む時は休むよ」
何かあるのかな?
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「う、うん」
「ならはっきり言ってくれればいいぞ。俺はおまえの従者なんだし」
「あたし、そんな風には思ってないよ!」
舞子らしからぬ強い口調。ちょっと驚いた。
「哲平くんは、強くて、優しくて、頼りになって、あたしなんかより全然すごい人でーー」
「ああ、ごめん。冗談だ。本気でそう思ってるわけじゃない」
そう言えばそうだった。舞子は生真面目で、冗談の類いは通用しないんだった。
「いいよ。舞子の行きたいところ、行こうぜ」
「うん、ありがとう」
頷いた後に、大きな声を出してしまったことを恥じらうように頬を染めた舞子が妙に可愛く見えたのは内緒にしておく。
気合いの声とともにがっちりと組み合う。
圧力をかけやすい有利なポジションを得ようとする力比べ。これを制せれば、この後の主導権を握れる。非常に大事な攻防だ。
身長差はほとんどないので、これは純粋な力比べだ。絶対に負けたくない。
「おおっ!」
気合いと共にギアを一段上げる。
「くっ」
相手はそこが限界だったらしく、天秤は俺の方に傾いた。
レスラーの基本はパワーだ。パワー勝負に勝てれば、単純に嬉しい。
「おらあああっ!」
上から押さえつけるようにして膝を着かせる。
よし、格付け完了。
ここから先、常に上から目線で戦える。心理的なものだけど、これって案外でかいんだ。
苦しい体勢から相手が蹴りを放ってきた。局面を打開したかったんだろうけど、それは悪手だ。
こうやって蹴り足をすくって掴まえてやるだけで簡単にバランスを失う。
バランスを失えば、踏ん張りがきかない。
踏ん張りがきかなければ、でかい相手でも簡単に投げられる。相手の足と、もう片方の手で頭を抱え込み、斜め後ろに倒れ込めば、受け身のとりづらい危険な投げ技になる。
今は稽古なので、マイルドな落とし方にした。それでもまともに背中から落としたので、衝撃で動きが止まる。
すかさずマウントポジションをとって、勝負あり。
「も、もう一本」
「何本でも」
結局その後十本やったが、一本も取られることはなかった。
「哲平くんってホントに強いんだね」
稽古を終えると、見学していた舞子がにこにこしながらやって来た。
「そりゃまあ本気で鍛えたからな」
「何を目指してるの?」
「プロレスラー」
「それで素手なの?」
「武器を持って闘うってのは想定してなかったからな」
「…ごめんね……」
「それはもういいって言ったじゃねえか」
「でも……」
「ごめんよりありがとうの方がいいな」
「…あ、ありがとう」
「うん」
ごめんを笑顔で言う人はいないように、ありがとうをしかめっ面で言う人はいない。どうせなら笑顔を見たいと思うのは普通だよな。
「哲平くん、この後の予定はどうなってるの?」
「特にないよ。筋トレでもしてようかと思ってた」
「…休むって発想はないのね」
「いや、オーバーワークがよくないのはわかってるから、休む時は休むよ」
何かあるのかな?
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「う、うん」
「ならはっきり言ってくれればいいぞ。俺はおまえの従者なんだし」
「あたし、そんな風には思ってないよ!」
舞子らしからぬ強い口調。ちょっと驚いた。
「哲平くんは、強くて、優しくて、頼りになって、あたしなんかより全然すごい人でーー」
「ああ、ごめん。冗談だ。本気でそう思ってるわけじゃない」
そう言えばそうだった。舞子は生真面目で、冗談の類いは通用しないんだった。
「いいよ。舞子の行きたいところ、行こうぜ」
「うん、ありがとう」
頷いた後に、大きな声を出してしまったことを恥じらうように頬を染めた舞子が妙に可愛く見えたのは内緒にしておく。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる