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1 夏休み

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「じゃあこれで夏休みに入ります」

 担任の石渡由貴先生の言葉に、教室の空気が弛緩する。直前に渡された通知表のせいで微妙な空気を醸し出しているヤツもいるが、大部分はこれから始まる夏休みをいかに有意義なものにするかという方向に頭を向けていた。

「本当はあたしの立場ではあんまり無茶するなとしか言えないんだけど、二学期の初日に冴えない顔してるような休みにはしないようにね」

 悪戯っぽい笑顔でこういうことを言うもんで、由貴ちゃんは俺たちの間で支持率が高い。本気で彼氏の座を狙っているのもチラホラいるレベルだ。

 ぶっちゃけると、俺もその一人だったりする。

 美人でスタイルが良くて性格も良かったら、思春期の男子高校生が恋に落ちるのに時間はかからない。って言うか、自分に年上趣味があることは由貴ちゃんに逢って初めて知った。

 そんな感じなので、由貴ちゃんに会えなくなる長期の休みは嬉しくないーーのだが、幸い由貴ちゃんは俺が所属するワンダーフォーゲル部の顧問をしてくれている。だから、部活がある日は会うことができるのだ。

 更に言えば、八月の初旬には三泊四日の山行が予定されている。俺的にはこの夏のメインイベントである。ここで由貴ちゃんとの距離を少しでも縮めたい。

 俺がそんな野望を抱いているように、クラスの連中もそれぞれに予定を立てているようだ。

「どこか行く予定あるのか?」

「チャリンコで東北一周してくる」

「マジか。すげえな、それ」

「あたしはイタリア行くんだ。親と一緒だけどね」

「金持ちは違うなあ」

「俺は休みの間中バイトだな。んでもってその金でバイク買うんだ」

「おお、いいなあ」

「絶対に彼女を作る」

「まあせいぜい頑張ってくれ」

    ワイワイ盛り上がっていると、由貴ちゃんがひょっこり戻ってきた。

「五味くん、合宿の件で打ち合わせたいことがあるから後で職員室に寄ってくれるかな」

「了解です」

 主に男子からの羨望の視線が突き刺さってくる。

「由貴ちゃんとお泊まりなんて許せん」

「爆ぜろ」

「言っとくけど部活だからな」

「まさか一緒のテントなんてことはーー」

「んなわけあるか」

 それならそれで望むところだが、残念ながらそういったイベントはない。

「そうそう。由貴ちゃんと一緒に寝るのは、あ、た、し 」

 言葉と共に後ろから伸びてきた手が由貴ちゃんの豊かな胸を鷲掴みにして揉みしだいた。

「きゃあっ!?」

「「「「「おおっ!」」」」」

 当然、由貴ちゃんは悲鳴をあげ、俺を含めた野郎どもは激しく前のめった。

「ちょ、ちょっと浅野さんーー」

「んー、この絶妙な揉み心地、たまんないわー」

 クラス一の美人でありながら、ガチレズというイカれた性癖の持ち主である浅野春香はこなれた手つきで由貴ちゃんを追い詰めていく。

「やめーーあっ、んーー」

 声の変化に、思わず前屈みになってしまう。

 し、刺激が強すぎる……

「いい加減にしなさい!」

 最後の力を振り絞って由貴ちゃんは浅野さんの魔の手を振り払った。

「「ああーっ……」」

 落胆の溜息が漏れる。

「何残念がってるの!」

 ナゼか由貴ちゃんは俺を睨んでくる。

「俺!?」

 確かに残念がってはいたが、俺だけ責められるのは解せぬ。

「君は何があってもあたしの味方じゃないの?」

「ほへ?」

 思わず変な声を出してしまったが、仕方ないだろう。何そのプロポーズまがいの素敵ワードは。

 そう思ったのは俺だけではなく、たちまち教室内はゴシップパニックに陥った。

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