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序章(全8話)

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「私、魔法なんて使えない……突然この世界に来てしまったみたいなんです」
「……突飛な話ね?」

小声で会話を交わす。
私たちは同じ檻に入れられたもの同士、短時間でかなり仲良くなった。
クリシュナは、私が人間であることに若干の疑いはあるようだが、しっかり話を聞いてくれた。

「でも、魔法を使えなかったらきっとこの世界じゃ生きていけないわ」
「でも……私は生きないといけないんです」
「……そうね、私もよ。誰だって死にたくなんてないわ……あと」
クリシュナが口元を手で覆い、もじもじしている。
「……なんですか?」
「……あと、敬語じゃなくてもいいわよ?」
「ごめんなさい……癖で」
「いえ、いいの……本当に魔法が使えないなら、この事は誰にも知られてはいけないわね……あら」

人々の動きがあわただしくなってきた。
そろそろ売買が始まるのだろうか。

「いよいよ……みたいね」
「……はい」

私とクリシュナが入れられた檻の前に誰かが立った。
誰だろう。覗き込んでくる様子もない。
毛むくじゃらの足元。

───ガシャン!

「きゃ?!」
「?!」

檻が乱暴に持ち上げられ、毛むくじゃらの誰かに担がれる。
私とクリシュナはもみくちゃ。

「妖精族だけでも持ってずらかるぞ!」
「おう!」
「すぐそこまでサツが来てるぞ!急げ!」

どたどたと走って建物の外へ。
が、間に合わなかったようだ。
外は軍服を着た集団に囲まれている。

「クソっ!」
「これ以上近付くな!これがどうなってもいのか?!」

……脅しも虚しく、あっという間に人身売買集団は軍服集団に制圧されてしまった。
毛むくじゃらの肩から落ちそうになったところを、軍服の一人がキャッチしてくれた。

「……リーシュって結構痩せてるのね、ぶつかったとき折れそうなくらい細かったわ」
「……そうでしょうか」

それ、今言わなくても。

「彼らはどうします?」

なにやら軍服が話している。
ようやく、檻から出してもらえた。

「自分で戻れますか?」
「はい、ありがとうございます」

クリシュナはてきぱき帰る支度をしているようだ。
私は……どうしよう。

「ねぇ、リーシュはどこへ帰るの?」
「帰るところは……ありません」
「えぇ?!大丈夫?!」
「えぇと……」

大丈夫、では、ない。
すると、後ろから声が聞こえた。

「帰るところが無いのでしたら……引き取り先を探しましょうか?」

軍服を着た獣人。黒い毛並みの犬……だろうか、チワワ系の。声が高い。

「いいんですか?」
「えぇ。被害者の支援も我々の仕事ですので」
「ありがとうございます」
「よかったね」
「はい」
「あ、私がかけた魔法は相当なことがない限り解けないから安心して!なんといったって妖精族の女王がかけた魔法なんだから!」

クリシュナが華麗にウインクした。

「……女王?!」
「そ、私、こう見えても妖精族では偉いのよ?」

なかなか大変なご身分だ。

「それじゃ!私は村に帰るわね」
「ありがとう、クリシュナもお元気で」
「うん……あ、最後にひとつだけ」
「どうしましたか?」

クリシュナが私の耳元で囁く。

「あなたの話が本当だって信じるわ。
この世界で、あなたが人間だってことを言ってはダメよ?
それにあなたの名前も、魔法が使えないってこともね。
この世界では名前は大切なもの。私があなたに名前を教えたのも、言葉を繋げる契約に必要だったから。
名前を使った約束はとても強固なものになるの。くれぐれも気を付けてね」

「わかりました。でも、それってどういう……?」

あの、名前を使った約束って具体的にどんな……?

「わかったならいいの!とにかく気を付けてね!神のご加護があらんことを!」
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