HERESY's GAME

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第一章

The temporary peace

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「うーん」

「省吾?」

「うーーーん」

「唸ってないで早く入ろうよ」

「もうじれったいなあ」


 明くる日──省吾と絢香が立つのは、AIが稼働する古い無人花屋『パパイ屋』の前。

 太古より存在する品種の花から、自然界には存在しない合成花といったものまで並ぶ。

 省吾は腕を組んで、軒の下に並ぶ花束をオッドアイの瞳で眺めていた。

 絢香は長髪より覗かせた1つ目で、何かに葛藤する省吾を睨む。


「いやだってよ……この店名のパパイ屋のパパイってどういう意味なんだ?」

「いや、そこに疑問抱かないでよ。パパイヤにかけてるだけでしょ」

「あ、あーっ! なんだよそういう事か。うわ、ていうかすっげえくだらねえじゃん。絢香も言うようになったな」

「ちょ、私が言ったわけじゃないから!」


 店の中に入ると、寂れた合成音声が2人を出迎える。適温に保たれた無機質な店内には、色とりどりの花が所狭しと並んでいた。


「んー、しっかしボスに贈る花っつってもなあ。俺、こういうの詳しくないし……」

「ちゃんと選んでよ。2人からの気持ちがないと、天童さんに送った意味がないわ」

「やっぱ俺が去年ボスに渡した、首が3つある鳥のフィギュアでよくねえ?」

「あれほど最悪な誕生日プレゼントは生まれて初めて見たわよ……天童さんの困り果てた顔、今でも思い出せるわ」

「ええ? めっちゃ驚いてたじゃねえか。サプライズにはピッタリだったろ?」

「……ま、驚かせるって意味では完璧よ。問題は貰って全く嬉しくないってとこね。今年は普通に天童さんが好きな花を贈ろうよ」


 2人は暫く狭い店内を物色する。絢香は楽しそうに花たちを眺めるが、花など買ったことがない省吾からしてみれば、退屈そのものであった。


「ボスが喜ぶ花ねえ……不死鳥みてえに、常に燃え盛る真っ赤な花とかねえの?」

「ファンタジーの世界しかないからそんなの。でも、真っ赤な花っていうのは賛成。見栄え良いし、目も引くもんね」

「真っ赤な花ねえ。うーん……赤い花、赤い花…………ラフレシアとか?」

「なんで沢山ある赤い花から、それを選ぶのかしらね……普通バラとかじゃないの思いつくの」

「バラぁ? いやいや、男に贈る花にバラはないだろ。プロポーズじゃねえんだし」

「うわー、時代錯誤。あ、じゃあこれなんてどう?」


 絢香が指差すのは、真紅のガーベラ。少々小ぶりだが、丸みを帯びた花弁が見目好い人気の花だ。贈り物にもよく使われる事でも有名。


「ふーん。ガーベラか。赤いガーベラの花言葉は前進とかチャレンジだったな。いいじゃねえか。俺達NUMBERSを引っ張るボスにピッタリだな」

「……」

「ん? どうした?」

「アンタの知識の偏りどうなってるのよ……」


 絢香は赤いガーベラを中心に、白や黄色といったガーベラもいくつか加える。


「ん? 全部赤にしないのか?」

「差し色あったほうが可愛いじゃない。彩りを加えて華やかにしないとね。あ、この花弁おっきい」

「ふーん……」


 鼻歌交じりに花を厳選する絢香。手持ち無沙汰になった省吾は、プラプラと店内を歩き回る。

 そんな省吾の目に止まったのは、1枚の古びたポスターであった。


「お、GUARDIANの張り紙じゃねえか。てか、こんな公の場所に貼っていいのかよ。普通の人間がなるには、相当な能力と知識がねえとダメって聞いたけどな。協力NISC……ねえ」


 NISC──またの名を総国国際安全保障委員会。

 アメリカ、日本、フランス、イタリア、オーストラリア、メキシコ、オーストリア、イギリス等の主要国15国が加盟している国際的な連盟である。

 省吾や絢香が所属しているGUARDIANは、このNISCが創設した国際諜報機関である。


「何見てるの?」

「お、終わったか? いや、GUARDIANの張り紙があったからよ」

「うわ、本当だ……なんだか懐かしいわね」

「NISCの奴ら、傘下のGUARDIANが分裂してる事知ってるのか? 手が回らないフリして、日和見してるだけじゃねえのか」

「案外余裕ないのかもね……国際的な問題だし、そう簡単に解決できるものじゃないんでしょうけど」


 GUARDIAN内には軍事部隊、特殊部隊、機密工作部隊、警備部隊、傭兵部隊、暗殺要員、工作員、諜報員、ヒーローと言った役員が存在している。

 省吾ら多くのブレストワンは、ヒーローという役職に就いている。


「よし、花も買ったしボスの所に戻ろうぜ」

「そうね。喜んでくれるといいけど」


 省吾と絢香はNUMBERSの拠点へと戻る。瓦礫の山をかき分けた先に存在する、スチームパンクな世界観漂う地下施設。

 2人は天童が座す最奥の部屋へとやってくる。何か書類のようなものを書いていた天童は、2人を視認すると作業の手を止める。


「どうした2人共」

「へへ、ボス! これを受け取ってくれ! じゃじゃーん!」

「……ん? 花束か。何故俺にこれを?」

「かーっ鈍いなあオイ」

「天童さん。お誕生おめでとうございます」


 絢香は鮮やかなガーベラの花束を天童へと渡す。

 天童は最初こそ戸惑う顔を見せるが、その岩のように固まった表情が一瞬綻ぶ。


「あ、ああ。そういえばそんな時期だったな。花束か……綺麗だな。ありがとう」


 天童の一言に、省吾と絢香は顔を見合わせ、二カッと笑って小さくハイタッチする。


「……ガーベラの花束、か」

「あ、もしかしてお嫌いでしたか?」

「そうじゃない。ただ、昔を思い出したんだ……ある人から同じ花を贈られた事があってね。俺の好きな花だ」

「ある人?」


 刹那。天童は唇を震わせ、目を伏せる。が、すぐにいつもの無表情に戻り、省吾と絢香に微笑を浮かべる。


「ありがとう2人共。去年と同じくらい素晴らしい贈り物だ。大事に飾るよ」

「おう!」

「あはは……」

 

 絢香は棚に飾られていた、3つ首の鳥のフィギュアを眺め、苦笑いしつつ首を横に振った。


「じゃあボス! そういうワケで、俺の特訓付き合ってくれよ!」

「いや、どんなワケよ……」


 やる気十分にシャドーボクシングを見せる省吾。が、天童はまた省吾の頭にそっと手を置く。


「また今度な」


 天童は省吾の頭を撫で終えると、花束を持って部屋を後にした。省吾は頭を抱えて、暫く放心。


「……省吾?」

「ボス、いっつもああやって、また今度なって言って俺を撫でるんだよなあ。いつになったら特訓してくれるんだよ」

「忙しいんでしょ……天童さん最近は何か書いてばかりだけど、手紙でも出してるのかしら?」

「はーあ、まいいや。外行こうぜ」


 基地を抜け、再び廃墟の町を歩く省吾と絢香。


「なんか花ばっか見てたら腹減ったよ。なんか食いに行こうぜ」

「アンタの食欲の湧き方どうなってるのよ……」

「牛丼でいいか?」

「えー。今、炭水化物控えてるのに~」

「オイオイ。そんなんじゃいざって時に力が──ん?」


 省吾は何かの気配を感じて、背後にある雑居ビルの屋上を振り返る。しかし、そこには何もない。


「省吾?」

「……いや、なんでもねえ。行こうぜ」


 2人は歩みを再開する。

 そのビルの屋上──焼け焦げた紙のようなものが無数に舞い、無から炎と共に人影が一瞬で出現する。

 現れたのは、白いパーカーを被ったあどけなさ残る少年。が、その銀色の髪から覗かせる蒼眼は鋭く、燃え盛る炎のような精悍な風貌をしていた。


「あれがNUMBERS……アイツの組織のブレストワンか。フン、大した事無さそうだね」


 少年は2人を一瞥すると、ポケットに手を入れたまま、ビルを飛び降りる。

 すると少年の身体は黒い炎に包まれ、その身を焦がして塵となって消えた。

 辺りには銀色の灰が降るだけ。再び──静寂が訪れるのであった。

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