HERESY's GAME

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第一章

The day the story begins

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「おい、そっちに行ったぜ!」

「分かってるよ」


 首都東京都。旧新宿──東京第三中央区画、場末の路地裏。 

 2人の少年少女が、ある人影を追って逃走劇を繰り広げていた。

 追われている男──逸脱した風貌に、露出したタトゥーが威圧的な無頼漢。その手には、見た目に似つかわしく無い鞄が握られていた。


「クソ! しつけえんだよガキが!」

「んの野郎、ばあちゃんの鞄返しやがれ! その中にはな! ばあちゃんの大事なモンが入ってるんだぞ!」

「省吾……あなた鞄の中身知らないでしょ?」

「いいんだよ! 年寄りの鞄の中には、湿布の臭いが染み付いたな! 孫にあげる大事なモンが入ってるって、相場が決まってんだ!」

「なにそれ……」


 塗装の剥がれた雑居ビルを掻き分け、逃げる男を追う2人。

 グレーの髪に赤のポイントカラー……そして、赤と青のオッドアイが特徴的な少年──猪野省吾。

 その隣で走るのは、片目が隠れた柿色の艶髪が特徴的な、利発そうな少女──伊藤絢香。

 彼らは、ひったくり犯を追っていた。しかし、犯人との距離は一向に縮まらない。

 省吾は悔しそうに、走りながら歯を食いしばる。


「アイツ、図体の割に中々はえーな!」

「なんか、どんどん人気の無い路地へ入っていくような……」


 男が逃げ込んだ先は──大昔に閉店した飲食店の換気口やダクト、電気メーターや水道管が並ぶ廃墟ビル群だった。


「うわ、クソ! 瓦礫がひでーなここらへんは」

「昭和の香り漂うというか……今どき貴重かもね、こういう景色は」

「それあれだろ? なんだっけ……ああっ、そうだ。コスメティック!」

「それを言うならノスタルジックね……でもやっぱ、こういうの汚いからキライ。虫とかいたら最悪よ」

「そういうのも、趣きあっていいんじゃないのか? えーっと……ナショナルリーグ?」

「ノースータールージック!」


 管理が放棄された廃墟を、かき分けてひたすらに進む。

 男はそんな路地裏を通り抜け、やがて最奥の曲がり角で姿を消した。


「あっ、角で急に曲がりやがったぞアイツ! このままじゃ見失っちまう。絢香、行くぞ!」

「あ、ちょっと待ってよ。ここは一旦慎重に──って、聞いてないし……」


 省吾は絢香が止める間もなく、大声を上げて突撃しに行ってしまう。

 いよいよ曲がり角で、男を視界に捉えようと身体を捩った瞬間。省吾の頬に熱い衝撃が走る。


「でええぇぇーっ!?」

「省吾!」


 激しく物が崩れる音と共に、省吾の身体は吹き飛ばされて、壁に叩きつけられてしまう。

 水道管がへこむ程の衝撃……常人なら大怪我を負うはずだが、省吾はピンピンしていた。しかし痛いものは痛いので、目に涙を浮かべ必死に後頭部を押さえるのだった。


「いっでぇ~!」


 そしてその痛みその正体は、四角で待ち構えていた男が放った右ストレートであった。

 

「へっ、ざまあみろクソガキが!」

「の野郎ォ~……焼き肉になりてえようだな!」


 省吾は土埃を払い、その掌を翳す。

 すると辺りから青い光が出現し、省吾の拳に収束していく。

 

「そ、その力……てめえ、ブレストワンか!?」

「御名答ォ~! アポカリプスワンの猪野省吾たぁ俺の事だぜ!」


 アポカリプス──省吾が持つ能力である。

 任意の場所に核エネルギーを発生させることが可能。その核エネルギーを纏ったり、その他自由に操作できる。


「く、くそ……化け物共め!」

「黒焦げになる覚悟はいいな? ナンバ~……」


 熱を帯びた真紅の球体が、膨張しながら周囲を照らしていく。省吾はその絶大な核エネルギーを振りかざそうと、姿勢を低く構えた。

 絢香はその様子を見て、慌てて攻撃を止める。


「省吾、ダメ! こんな所で大技やったら、建物壊しちゃう」

「なっ、そういえばそうだった! 廃墟ビルだけじゃねーからなここ……」


 省吾は悔しそうに歯を食いしばると、拳を強く握って核エネルギーを消滅させる。

 ブレストワン──突如として能力が顕現した者達。それぞれ固有の能力を持ち千差万別。

その力を悪用する者、正義執行の為に使う者、力を隠し通し平穏を望む者……様々である。

 また能力は遺伝し、子は親と似た能力を授かる事例が多い。

「さて。一般人のあなたと私達ブレストワンじゃ、戦闘能力に天地の差があるのは明白。暴力を行使する前に、早く結んだ鞄を渡しなさい」

「ガキが偉そうな事ぬかしやがって……元はといえば、てめえらがしゃしゃり出てきたせいで、俺は職を失ったんだ! 俺はもうこうする事でしか、生きられねえんだよ!」


 ブレストワンという突然変異の存在は、大いなる社会変革をもたらした。

 慣れ始めた時期ではあるが、何も能力を持たぬ旧人類と、様々な能力を持つ新人類……全く同じ生活を送るのは困難である。

 その為、溝は未だ深く。ブレストワンと人類の壁は、完全には壊れていないのが事実。


「だからといって犯罪に走っていい訳ないでしょう? 私達を免罪符に、自分のエゴを押し付けないでほしいわ」

「……ッ、黙れェ!」 


 激昂した男は、その太い腕で絢香を素早く捕え、身体をキツく締め付けた。


「あ!?」

「動くんじゃねえ! 一歩でも動いたら、この女の首へし折るぞ!」

「おい! 早く離れろって!」

「こんな細いガキが、俺から逃げられる訳ねえだろ。へへ……にしてもいい身体してやがるな女。テメーは後で俺が──」

「お前に言ってんだよ馬鹿野郎! 死ぬぞ!?」

「あ? 何言ってやがる」

「……触ったわね」

「え?」


 絢香の髪がフワリと浮き上がり、その身体から青い雷光が迸る。

 その刹那、頭上よりモザイク模様の巨体な筒が現れる。それは徐々に線をハッキリとしていき、やがて戦艦の砲台のように形造られた。


「汚い手で触るなぁーっ!」


 絢香が腕を振り上げたと同時に、その砲台は男の身体を吹き飛ばす。


「ぐあっはああああぁーっ!?」

「うわ、えげつねえ……だから離れろって言ったのに。お前も戦車の砲台をバット代わりにするなよ」

「打ったら死んじゃうから、こうするしかないでしょ。はぁ、無駄に1回使っちゃった……1日5回しか武器出せないのに」


 ウエポンマニア──絢香が持つ能力。異空より、あらゆる武器を召喚可能。ただし、1日5回まで。


「いや、下手したら死ぬってこれも……おーい、無事か? お前」


 男は廃墟の壁にめり込んでおり、完全に伸びていた。


「うわ! 死んでるんじゃないのかれ……」

「まだ生きてるでしょ。早く鞄取って、警察にソイツ引き渡しちゃいましょ」


 絢香は落ちていた鞄の小岩を払って、それを大事そうに肩に掛ける。


「引き渡すって、コイツ持ってくのか?」

「当たり前でしょ。私こんな重そうな男運べるわけないし。省吾、早く運んでよ」

「でえぇ!? こんな筋肉ダルマを運べってのかよ! 怪力ってんなら、お前が運んだ方が──」

「何か言った?」

「い、いや何も……」


 省吾は男を必死でおぶり、千鳥足でその場を後にする。


「しかし、ここ最近増えたわね。こういうブレストワンを恨む犯罪者が……」

「ああ。だからこそ、俺達は争ってる場合じゃねえんだ。はえーとこ奴らと和解しないとな」

「そうね。でないと……蔓延る闇は、すぐに魔の手を伸ばしてくるわ」


 2人は明日を憂いながら、瓦礫と化した街路を歩き、帰路に着くのであった。
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