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冬
ジュディ様はお怒りモード
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王都の朝は、コルンよりもだいぶ冷え込む。
ふと目が覚めて、すっかり肩が冷えていることに気づき、私は掛け物を上にずり上げながら、モゾモゾと丸まった。
すぐにまた寝るつもりだったのに、ふと動きを止めて、掛け物から左手をそろっと出す。
窓から差し込む早朝の日差しはまだ弱いのに、それでも左薬指のイエローダイヤモンドはキラリと煌めいた。
「結婚まで肌身離さずつけていて欲しい」とは、コルンの別荘地から王都に戻る途中、あの花畑でアマンド様に言われた言葉だ。
その煌めきに目を奪われている内に、気づけば起きる時間になっていた。
「お嬢様も、とうとうご結婚ですか」
私の髪を梳きながら、しみじみと言うキーラに思わず「そんな、大げさよ」と口を挟んだ。
「お父様同士で話し合う日だってまだ決まってないのに・・・気が早いわ」
「いえお嬢様、最短コースなら来春も夢ではありません。」
「来春って・・・数ヶ月後よ?」
やや呆れ気味にそう返す。
「アマンド様は絶対に最短コースを希望されますもの。腕のお怪我もあとひと月で完治だそうですし、春ならば問題ありません!」
キーラは手を止めて、鏡越しに私を見据えた。
「というわけでお嬢様、仕立て屋や宝石商の予約は私に任せてくださいますね?」
えぇ!?
「キーラ、まだ両家の話し合いも済んでないのに」
「早いに越したことはありませんので!奥様のお許しが出次第、最短で取れる日で予約を取ってきます。お任せくださいね!」
鼻息荒く意気込むキーラに気押されていると、ノックと共にセバスチャンの声がする。
「お嬢様、茶会の準備が整いました。」
「あ、ありがとう、セバスチャン。」
まだ約束まで時間があることを確認して、私は鏡台の上に置かれたプレゼントの箱に目を移した。
小花柄の包装紙にラベンダー色のリボンを十字にかけたプレゼントは、これからおいでになるお客様に渡すお土産だ。
(・・・喜んでくれるかしら)
今日はいよいよ、ジュディ様が我が家にいらっしゃる日なのだ。
「お久しぶりです!ジュディ様!」
出迎えた私を見て、目を丸くしたジュディ様は、相変わらずの妖精のような美しさだった。
思わずといった風に「レイリア・・・」とつぶやくと、すぐにフン、と鼻から息を吐いた。
「ずいぶん元気そうじゃない。よっぽど田舎の空気が肌に合ったのね」
「ご心配おかけしました。さ、ここは寒いですから、応接室へどうぞ!」
暖炉で温まった応接室に案内すると、濃紫のケープを脱いで侍従に渡し、ジュディ様がソファに腰を下ろした。
お茶の準備をしている合間にやってきたお母様には、完璧な令嬢ぶりを発揮してご挨拶して下さったジュディ様だが、母が去ると途端に表情を変えた。
「レイリア、あなた、私に何か謝らなければならないことがあるのでは無くて?」
扇で口元を隠しながら目を細めるジュディ様。
気押されたら、負けだ。
私は背筋を伸ばし、その勢いのままガバリと頭を下げた。
「その節はご心配とご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでしたっ!」
勢いは大事だ。
アマンド様も、部下を指導する時に「自分から勢いよく謝りに来られると調子が狂う」と話していた。
ここは先手必勝。
非を認めて、お説教する気が削がれたところであのお土産を渡せば、きっとジュディ様の怒りも早々におさまるはず。
「そんな勢いだけの謝罪で済むと思っているのかしら。私も舐められたものね。」
あっさり見透かされてしまい、冷や汗が垂れる。
「レイリア、私、知ってるのよ?」
「え?何をですか?」
ジュディ様の眉間がグッと歪む。
「あなた、本当は誘拐されていたそうじゃない。しかも!睡眠薬入りのチョコを自ら口にして!」
し、知られている!?
「私言ったわよね?出されたものをそのまま口にしてはダメだって!それなのに食べ物に釣られてまんまと!」
「なななんでご存じなんですか!」
王都ではただの馬車の事故だとされていて、誘拐のことまで知っているのはほんの一部のはずだ。
「そんなの、殿下を問い詰めたに決まってるでしょう。おかしいと思ったのよ!意識不明の重体のはずが、殿下がお見舞いに行った途端に急に誤報だって修正されるなんて」
疑念を持ったジュディ様の取り調べは激化し、とうとう殿下を白状させたらしい。
ジュディ様が、ぐうの音も出ないほどの正論で、私の警戒心の無さと判断の甘さを責めてくる。
うぅ、耐えよう。これは自分への戒めとして甘んじよう。
はい、すみません。仰る通り、頭の中お花畑でした。
はい、そうです。貴族にあるまじき脇の甘さだったとおもいます。
ひとしきりお説教に耐えていると、ジュディ様はようやくひと心地ついたようだ。
「これからは気を付けることね」と締め括ると、ティーカップを傾け、喉を潤した。
今だ。
あのお土産を渡すのは、今まさにこの時!
「あの、ジュディ様。お詫びと言っては何ですが‥」
「何?」
私が背中に隠していたお土産に手をやったその時、ノックが鳴った。
「失礼します、お嬢様。アマンド ガーナー様がお見えです」
「え、今?」
アマンド様はお仕事のはずでは?
「来客中だとお伝えしてきましょうか?」
私が返事するよりも早く、パンッ!とジュディ様が勢いよく扇子を畳む。
「いいえ、ここに連れてきなさい。ひと言言ってやらないと気が済まないわ!」
鎮火に向かっていたと思われたジュディ様のお怒りモードが、再び燃え上がったのが見えて、私はお土産をそっと背中に戻したのだった。
ふと目が覚めて、すっかり肩が冷えていることに気づき、私は掛け物を上にずり上げながら、モゾモゾと丸まった。
すぐにまた寝るつもりだったのに、ふと動きを止めて、掛け物から左手をそろっと出す。
窓から差し込む早朝の日差しはまだ弱いのに、それでも左薬指のイエローダイヤモンドはキラリと煌めいた。
「結婚まで肌身離さずつけていて欲しい」とは、コルンの別荘地から王都に戻る途中、あの花畑でアマンド様に言われた言葉だ。
その煌めきに目を奪われている内に、気づけば起きる時間になっていた。
「お嬢様も、とうとうご結婚ですか」
私の髪を梳きながら、しみじみと言うキーラに思わず「そんな、大げさよ」と口を挟んだ。
「お父様同士で話し合う日だってまだ決まってないのに・・・気が早いわ」
「いえお嬢様、最短コースなら来春も夢ではありません。」
「来春って・・・数ヶ月後よ?」
やや呆れ気味にそう返す。
「アマンド様は絶対に最短コースを希望されますもの。腕のお怪我もあとひと月で完治だそうですし、春ならば問題ありません!」
キーラは手を止めて、鏡越しに私を見据えた。
「というわけでお嬢様、仕立て屋や宝石商の予約は私に任せてくださいますね?」
えぇ!?
「キーラ、まだ両家の話し合いも済んでないのに」
「早いに越したことはありませんので!奥様のお許しが出次第、最短で取れる日で予約を取ってきます。お任せくださいね!」
鼻息荒く意気込むキーラに気押されていると、ノックと共にセバスチャンの声がする。
「お嬢様、茶会の準備が整いました。」
「あ、ありがとう、セバスチャン。」
まだ約束まで時間があることを確認して、私は鏡台の上に置かれたプレゼントの箱に目を移した。
小花柄の包装紙にラベンダー色のリボンを十字にかけたプレゼントは、これからおいでになるお客様に渡すお土産だ。
(・・・喜んでくれるかしら)
今日はいよいよ、ジュディ様が我が家にいらっしゃる日なのだ。
「お久しぶりです!ジュディ様!」
出迎えた私を見て、目を丸くしたジュディ様は、相変わらずの妖精のような美しさだった。
思わずといった風に「レイリア・・・」とつぶやくと、すぐにフン、と鼻から息を吐いた。
「ずいぶん元気そうじゃない。よっぽど田舎の空気が肌に合ったのね」
「ご心配おかけしました。さ、ここは寒いですから、応接室へどうぞ!」
暖炉で温まった応接室に案内すると、濃紫のケープを脱いで侍従に渡し、ジュディ様がソファに腰を下ろした。
お茶の準備をしている合間にやってきたお母様には、完璧な令嬢ぶりを発揮してご挨拶して下さったジュディ様だが、母が去ると途端に表情を変えた。
「レイリア、あなた、私に何か謝らなければならないことがあるのでは無くて?」
扇で口元を隠しながら目を細めるジュディ様。
気押されたら、負けだ。
私は背筋を伸ばし、その勢いのままガバリと頭を下げた。
「その節はご心配とご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでしたっ!」
勢いは大事だ。
アマンド様も、部下を指導する時に「自分から勢いよく謝りに来られると調子が狂う」と話していた。
ここは先手必勝。
非を認めて、お説教する気が削がれたところであのお土産を渡せば、きっとジュディ様の怒りも早々におさまるはず。
「そんな勢いだけの謝罪で済むと思っているのかしら。私も舐められたものね。」
あっさり見透かされてしまい、冷や汗が垂れる。
「レイリア、私、知ってるのよ?」
「え?何をですか?」
ジュディ様の眉間がグッと歪む。
「あなた、本当は誘拐されていたそうじゃない。しかも!睡眠薬入りのチョコを自ら口にして!」
し、知られている!?
「私言ったわよね?出されたものをそのまま口にしてはダメだって!それなのに食べ物に釣られてまんまと!」
「なななんでご存じなんですか!」
王都ではただの馬車の事故だとされていて、誘拐のことまで知っているのはほんの一部のはずだ。
「そんなの、殿下を問い詰めたに決まってるでしょう。おかしいと思ったのよ!意識不明の重体のはずが、殿下がお見舞いに行った途端に急に誤報だって修正されるなんて」
疑念を持ったジュディ様の取り調べは激化し、とうとう殿下を白状させたらしい。
ジュディ様が、ぐうの音も出ないほどの正論で、私の警戒心の無さと判断の甘さを責めてくる。
うぅ、耐えよう。これは自分への戒めとして甘んじよう。
はい、すみません。仰る通り、頭の中お花畑でした。
はい、そうです。貴族にあるまじき脇の甘さだったとおもいます。
ひとしきりお説教に耐えていると、ジュディ様はようやくひと心地ついたようだ。
「これからは気を付けることね」と締め括ると、ティーカップを傾け、喉を潤した。
今だ。
あのお土産を渡すのは、今まさにこの時!
「あの、ジュディ様。お詫びと言っては何ですが‥」
「何?」
私が背中に隠していたお土産に手をやったその時、ノックが鳴った。
「失礼します、お嬢様。アマンド ガーナー様がお見えです」
「え、今?」
アマンド様はお仕事のはずでは?
「来客中だとお伝えしてきましょうか?」
私が返事するよりも早く、パンッ!とジュディ様が勢いよく扇子を畳む。
「いいえ、ここに連れてきなさい。ひと言言ってやらないと気が済まないわ!」
鎮火に向かっていたと思われたジュディ様のお怒りモードが、再び燃え上がったのが見えて、私はお土産をそっと背中に戻したのだった。
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