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秋
事の真相。
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短い対面を終えたレイリアと母を退室させ振り返ると、殿下はそれまで浮かべていた微笑みを一瞬にして消していた。
「女性にあのような怪我を負わせるなど・・」
そう言ってしばし沈黙する。
「残りそうな傷跡はあるのか?」
「耳の後ろの傷は・・・。髪に隠せる場所なのでレイリアは気にしないとは言ってますが。」
「そうか。レイダン」
はい、と控えた侍従が恭しく小さな包み紙を取り、俺に差し出す。
「傷薬だ。これを毎日塗れば、ある程度目立たなくなる」
花の形を模したすりガラスのその小瓶の蓋には、王家の紋章が描かれていた
(紋章入りの下賜品とは・・)
今回のこれは王子殿下の正式な訪問で、つまり、王子殿下がわざわざ足を運ぶほど、レイリアあるいは俺を気にかけていると周囲に知らしめたことになる。
俺とレイリアの名誉を大いに回復させることになるだろう。
正直、今後の社交を考えると気が重いが。
胸に手を当て礼をする。
「重ね重ね、王子殿下のお計らいに感謝申し上げます。」
「・・今回ばかりは肝が冷えたが、ひとまずこうして再会できたので良しとしよう。」
「ご心配をおかけしました。」
「今回のレイリアさんの怪我だが、表向きは事故ということにして、誘拐については今のところ伏せている。今日の計画が上手くいけば、誘拐を引き合いに出さずともあの者達を重い罪に問えるはずだ」
「・・ありがとうございます。それで、何が起きてるんですか?」
殿下が背後に目を遣ると、先ほどの侍従が口を開いた。
「なぜ今回犯人たちを捕まえられたかご存知ですか?」
「いや」
「レイリア様が事故に遭われたあの日、王都に向け走る馬車から助けを求める女性の悲鳴が聞こえて、それで馬車を検めたのが発端です。」
「それがボートウェル子爵令嬢だったと?」
「ええ、メイベル嬢が声を上げていなかったら、おそらくそのまま逃げられていたでしょう」
眉をひそめた俺に対し、殿下が意味ありげな視線を寄越した。
「その娘の叫び声を聞きつけて、馬車を止めたのが王国騎士団だ。だが助け出した娘は狂ったように『レイリアを助けて』と、そればかりだった。対応した騎士は随分面食らっただろうな。」
「まあそのおかげで、表向きはメイベル嬢誘拐の疑いで犯人達を拘束できたわけです。」
「彼女は今どこに?」
「家には戻さず、お預かりしていますが・・レイリア様に関すること以外、話に応じません。」
「茜色の鬘を手離さないそうだ。あの娘のレイリアさんへの執心は凄まじいな」
走り去る馬車から、レイリアの名を絶叫していたボートウェル子爵令嬢。
あの女から不気味な違和感を感じていたのに、レイリアとの接触さえ禁じればそれで安全だと、どうして思えたのだろう。
今更悔やんでも遅い。
だが、あの女がどんな目的であそこに居合わせたのか、俺は知っておくべきだ。
「レイリアには、あの現場にメイベル嬢がいたことは伏せています。このままレイリアには知らせたくないのと・・すぐにではなくて構いません。メイベル嬢と接見させてもらえませんか。」
「ああ。掛け合っておこう。それでレイリアさんが狙われた理由だが・・あの娘を社交界へ復帰させるため、だと?」
「はい。俺とレイリアへの接触禁止で実質社交はかなり制限されていましたから・・ボートウェル子爵は今は?」
「表向きは静かにしていますが、水面下では色々と動きがありますね。メイベル嬢の結婚話が急浮上しているのもそのひとつです。誘拐現場に彼女が居たと証言されても、もう身内ではないと切り捨てるつもりかもしれませんが。」
「アマンドは王都で違法な幻覚剤が広まっていると知っていたか?」
「・・耳にした程度です。」
グッドスリープと呼ばれる恐ろしい幻覚剤について侍従が詳しく教えてくれる。
幾人も死人が出ていたが、保安局が捜査を続けても、なかなか流通ルートがわからなかったそうだ。
「通常であれば大きな利益に繋がるようにもっと販路を広げるはずなのに、グッドスリープに関しては、いつまでたっても流通ルートが限局されていました。それと、被害者の共通点に保安局が気づきましてね。ほとんどが、古くから王政を支える由緒正しい貴族の出の者ばかりでした。幻覚剤の流通の目的は、利益ではなく現王制派の古参の貴族たちを狙ったものではないかと疑い、そこから南西の反王制派の貴族も含めて調査がはじまりました」
「王の信頼熱い貴族たちを薬物に依存させて、現王制派の堕落を訴えようとしていたんだろう。幻覚剤には南西の貴族だけじゃなくマティスの大伯母も絡んでいる。ボートウェル子爵は実行役だ。奴は南西出身ということもあるが、資産力で評価されない現体制に大きな不満を持つ者の筆頭だ。」
その時、短いノックの後に近衛が入室し、殿下に小さな紙を渡した。
小さな紙に目を通し、「片がついたようだ。」と殿下が短く言い立ち上がった。
「これで南西もマティスも黙らせて、一網打尽にできる。」
急ぎ王都に戻る殿下を玄関口まで見送ると、「アマンド」と声をかけられた。
「レイリアさんに余計な心配をさせたくないのなら、ここの滞在期間を1週間延ばすといい。それと、今回の件でジュディから、アマンドの責任を追及されることになるだろうが・・心を強く持て。共に協働しよう」
「・・・」
ここでリアと永住したいという気持ちが一層強まり、すぐには頷けなった。
「女性にあのような怪我を負わせるなど・・」
そう言ってしばし沈黙する。
「残りそうな傷跡はあるのか?」
「耳の後ろの傷は・・・。髪に隠せる場所なのでレイリアは気にしないとは言ってますが。」
「そうか。レイダン」
はい、と控えた侍従が恭しく小さな包み紙を取り、俺に差し出す。
「傷薬だ。これを毎日塗れば、ある程度目立たなくなる」
花の形を模したすりガラスのその小瓶の蓋には、王家の紋章が描かれていた
(紋章入りの下賜品とは・・)
今回のこれは王子殿下の正式な訪問で、つまり、王子殿下がわざわざ足を運ぶほど、レイリアあるいは俺を気にかけていると周囲に知らしめたことになる。
俺とレイリアの名誉を大いに回復させることになるだろう。
正直、今後の社交を考えると気が重いが。
胸に手を当て礼をする。
「重ね重ね、王子殿下のお計らいに感謝申し上げます。」
「・・今回ばかりは肝が冷えたが、ひとまずこうして再会できたので良しとしよう。」
「ご心配をおかけしました。」
「今回のレイリアさんの怪我だが、表向きは事故ということにして、誘拐については今のところ伏せている。今日の計画が上手くいけば、誘拐を引き合いに出さずともあの者達を重い罪に問えるはずだ」
「・・ありがとうございます。それで、何が起きてるんですか?」
殿下が背後に目を遣ると、先ほどの侍従が口を開いた。
「なぜ今回犯人たちを捕まえられたかご存知ですか?」
「いや」
「レイリア様が事故に遭われたあの日、王都に向け走る馬車から助けを求める女性の悲鳴が聞こえて、それで馬車を検めたのが発端です。」
「それがボートウェル子爵令嬢だったと?」
「ええ、メイベル嬢が声を上げていなかったら、おそらくそのまま逃げられていたでしょう」
眉をひそめた俺に対し、殿下が意味ありげな視線を寄越した。
「その娘の叫び声を聞きつけて、馬車を止めたのが王国騎士団だ。だが助け出した娘は狂ったように『レイリアを助けて』と、そればかりだった。対応した騎士は随分面食らっただろうな。」
「まあそのおかげで、表向きはメイベル嬢誘拐の疑いで犯人達を拘束できたわけです。」
「彼女は今どこに?」
「家には戻さず、お預かりしていますが・・レイリア様に関すること以外、話に応じません。」
「茜色の鬘を手離さないそうだ。あの娘のレイリアさんへの執心は凄まじいな」
走り去る馬車から、レイリアの名を絶叫していたボートウェル子爵令嬢。
あの女から不気味な違和感を感じていたのに、レイリアとの接触さえ禁じればそれで安全だと、どうして思えたのだろう。
今更悔やんでも遅い。
だが、あの女がどんな目的であそこに居合わせたのか、俺は知っておくべきだ。
「レイリアには、あの現場にメイベル嬢がいたことは伏せています。このままレイリアには知らせたくないのと・・すぐにではなくて構いません。メイベル嬢と接見させてもらえませんか。」
「ああ。掛け合っておこう。それでレイリアさんが狙われた理由だが・・あの娘を社交界へ復帰させるため、だと?」
「はい。俺とレイリアへの接触禁止で実質社交はかなり制限されていましたから・・ボートウェル子爵は今は?」
「表向きは静かにしていますが、水面下では色々と動きがありますね。メイベル嬢の結婚話が急浮上しているのもそのひとつです。誘拐現場に彼女が居たと証言されても、もう身内ではないと切り捨てるつもりかもしれませんが。」
「アマンドは王都で違法な幻覚剤が広まっていると知っていたか?」
「・・耳にした程度です。」
グッドスリープと呼ばれる恐ろしい幻覚剤について侍従が詳しく教えてくれる。
幾人も死人が出ていたが、保安局が捜査を続けても、なかなか流通ルートがわからなかったそうだ。
「通常であれば大きな利益に繋がるようにもっと販路を広げるはずなのに、グッドスリープに関しては、いつまでたっても流通ルートが限局されていました。それと、被害者の共通点に保安局が気づきましてね。ほとんどが、古くから王政を支える由緒正しい貴族の出の者ばかりでした。幻覚剤の流通の目的は、利益ではなく現王制派の古参の貴族たちを狙ったものではないかと疑い、そこから南西の反王制派の貴族も含めて調査がはじまりました」
「王の信頼熱い貴族たちを薬物に依存させて、現王制派の堕落を訴えようとしていたんだろう。幻覚剤には南西の貴族だけじゃなくマティスの大伯母も絡んでいる。ボートウェル子爵は実行役だ。奴は南西出身ということもあるが、資産力で評価されない現体制に大きな不満を持つ者の筆頭だ。」
その時、短いノックの後に近衛が入室し、殿下に小さな紙を渡した。
小さな紙に目を通し、「片がついたようだ。」と殿下が短く言い立ち上がった。
「これで南西もマティスも黙らせて、一網打尽にできる。」
急ぎ王都に戻る殿下を玄関口まで見送ると、「アマンド」と声をかけられた。
「レイリアさんに余計な心配をさせたくないのなら、ここの滞在期間を1週間延ばすといい。それと、今回の件でジュディから、アマンドの責任を追及されることになるだろうが・・心を強く持て。共に協働しよう」
「・・・」
ここでリアと永住したいという気持ちが一層強まり、すぐには頷けなった。
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