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秋
不審死を追って①
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王都で、貴族の不審な死が増えている。
と言っても、表向きは病死とされているので、それが人々の話題に上ることはまだない。
全くの健康体だった隣人が、突然死という不幸に見舞われる。
死因となりそうな病気も見当たらず、結果、心臓麻痺で片付けられることが殆どだ。
だが、本当の死因はそうではない事を、王都の一部の者は知っている。
突然死の調査は今月に入って既に2件目だ。
王都の南にある中規模の教会から出てくると、グルトは左右を確認し、停車していた馬車に乗り込んだ。
「どうだった」
間髪入れずに聞いてきたのは、保安局の同僚キルシュナーだ。
今日の夕方開かれる会議に向けて、少しでも手がかりが欲しいキルシュナーに連れられ、グルトは聞き込みをしている。
無愛想で大柄なキルシュナーが声をかけたところで、警戒されるだけなので、聞き込みは専らグルトの担当だ。
結局グルトはひと月の予定だった交流研修の期間を延長され、未だに保安局にいる。
あれだけ嫌っていた保安局だったが、嫌味たらしく見えた同僚たちも、根はそんなに悪い者ばかりではない。
剣の腕にまかせて、悪い奴を片っ端から捕まえていく騎士の時とは違い、地道に証拠を集めていく保安局のやり方は地味な作業の連続で、とにかく時間がかかる。
グルトは着席して、キルシュナーに報告した。
「自室から飛び降りて、即死だったようです。」
「自殺か?」
「いえ、様子を聞くに、錯乱していたんじゃないかと。飲食もまともにとれず、最近は寝るのを極度に恐れていたそうです。」
「当たりだな。典型的な末期常習者だ。受け渡しは?」
「屋敷に届けられていたそうですが、使用人は介さず直接受け取っていて・・有力な情報はなかったです」
キルシュナーはふん、と鼻を鳴らした。
彼は、よくこうやって鼻を鳴らす。
組んだ当初は、自分のせいで相手の気を悪くさせたのかといちいち気を揉んだが、3ヶ月も一緒にいれば、これは自分に向けたものではないとわかってきた。
パチン、と音がして目をやると、隣に座るベルナードが懐中時計を確認した所だった。
オールバックの藍の髪はキッチリ整えられ、曇りのない眼鏡は細い鼻に行儀良く鎮座している。
いつもと雰囲気が違うのは、全身黒尽くめの服を着ているせいだろう。
保安局のエースであるベルナードは、元々はキルシュナーと組んでいたが、グルトとキルシュナーをペアにして、以降は実質の陣頭指揮を取っていた。
「時間だ。行くぞ」
ベルナードが胸元に懐中時計を仕舞いそう告げる。
キルシュナーが御者に「出してくれ」と声を掛けた。
次の目的地に向けて動き出す車内から、グルトはもう一度、教会に視線を向けた。
先ほど話を聞いた男は、今も亡くした主に祈りを捧げているのだろうか。
気が重くなり、そっと息を吐く。
「なんだ、疲れたか?」
目敏いベルナードには気づかれたらしい。
「いえ、この後の葬儀・・10歳、でしたっけ」
「ああ。突然死だから、一応な。私の知り合いの家だから顔を出しやすい。年齢的に、アレの可能性は低いだろう。疲れたなら馬車で休んでいろ。」
子どもの葬儀と聞いて憂鬱なのだと話しても、ベルナードには伝わるまい。
「いえ、疲れたとかじゃないです。大丈夫です」
「そうか?」
疲れてる時には甘いものがいいぞ、と差し出された飴を受け取って、口の中に放り込んだ。
『君は"グッドスリープ"を知っているか?』
ベルナードのこの言葉から、全てが始まった。
『最近世間を賑わせている、違法薬物だ。強力な幻覚剤だよ』
夏の終わり頃から増え出した突然死には、"グッドスリープ"が大いに関係している。
と言っても、表向きは病死とされているので、それが人々の話題に上ることはまだない。
全くの健康体だった隣人が、突然死という不幸に見舞われる。
死因となりそうな病気も見当たらず、結果、心臓麻痺で片付けられることが殆どだ。
だが、本当の死因はそうではない事を、王都の一部の者は知っている。
突然死の調査は今月に入って既に2件目だ。
王都の南にある中規模の教会から出てくると、グルトは左右を確認し、停車していた馬車に乗り込んだ。
「どうだった」
間髪入れずに聞いてきたのは、保安局の同僚キルシュナーだ。
今日の夕方開かれる会議に向けて、少しでも手がかりが欲しいキルシュナーに連れられ、グルトは聞き込みをしている。
無愛想で大柄なキルシュナーが声をかけたところで、警戒されるだけなので、聞き込みは専らグルトの担当だ。
結局グルトはひと月の予定だった交流研修の期間を延長され、未だに保安局にいる。
あれだけ嫌っていた保安局だったが、嫌味たらしく見えた同僚たちも、根はそんなに悪い者ばかりではない。
剣の腕にまかせて、悪い奴を片っ端から捕まえていく騎士の時とは違い、地道に証拠を集めていく保安局のやり方は地味な作業の連続で、とにかく時間がかかる。
グルトは着席して、キルシュナーに報告した。
「自室から飛び降りて、即死だったようです。」
「自殺か?」
「いえ、様子を聞くに、錯乱していたんじゃないかと。飲食もまともにとれず、最近は寝るのを極度に恐れていたそうです。」
「当たりだな。典型的な末期常習者だ。受け渡しは?」
「屋敷に届けられていたそうですが、使用人は介さず直接受け取っていて・・有力な情報はなかったです」
キルシュナーはふん、と鼻を鳴らした。
彼は、よくこうやって鼻を鳴らす。
組んだ当初は、自分のせいで相手の気を悪くさせたのかといちいち気を揉んだが、3ヶ月も一緒にいれば、これは自分に向けたものではないとわかってきた。
パチン、と音がして目をやると、隣に座るベルナードが懐中時計を確認した所だった。
オールバックの藍の髪はキッチリ整えられ、曇りのない眼鏡は細い鼻に行儀良く鎮座している。
いつもと雰囲気が違うのは、全身黒尽くめの服を着ているせいだろう。
保安局のエースであるベルナードは、元々はキルシュナーと組んでいたが、グルトとキルシュナーをペアにして、以降は実質の陣頭指揮を取っていた。
「時間だ。行くぞ」
ベルナードが胸元に懐中時計を仕舞いそう告げる。
キルシュナーが御者に「出してくれ」と声を掛けた。
次の目的地に向けて動き出す車内から、グルトはもう一度、教会に視線を向けた。
先ほど話を聞いた男は、今も亡くした主に祈りを捧げているのだろうか。
気が重くなり、そっと息を吐く。
「なんだ、疲れたか?」
目敏いベルナードには気づかれたらしい。
「いえ、この後の葬儀・・10歳、でしたっけ」
「ああ。突然死だから、一応な。私の知り合いの家だから顔を出しやすい。年齢的に、アレの可能性は低いだろう。疲れたなら馬車で休んでいろ。」
子どもの葬儀と聞いて憂鬱なのだと話しても、ベルナードには伝わるまい。
「いえ、疲れたとかじゃないです。大丈夫です」
「そうか?」
疲れてる時には甘いものがいいぞ、と差し出された飴を受け取って、口の中に放り込んだ。
『君は"グッドスリープ"を知っているか?』
ベルナードのこの言葉から、全てが始まった。
『最近世間を賑わせている、違法薬物だ。強力な幻覚剤だよ』
夏の終わり頃から増え出した突然死には、"グッドスリープ"が大いに関係している。
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