124 / 165
秋
ジュディ様とのお出かけ②
しおりを挟む
「あの栗毛の小柄な馬がパルセミス、黒毛の大きなのがコックスウェルよ。コックスウェルは足が抜群に速いの!」
パドックで瞳をキラキラさせながら馬を鑑賞するジュディ様は満足気だ。
「ご令嬢は馬がお好きなんですね」
「こんなに美しい生き物、他にいないでしょ?あ、ジョナス!」
手を振るジュディ様に応えて手を挙げたのは柵の向こうで黒馬コックスウェルの手綱を引く快活そうな中年男性だった。
黒馬を他の人に託して、オーバーオールの裾についた枯れ草を払いながら、柵の手前までやってくる。
「やぁ嬢ちゃん、来てたんですかい」
よく日に焼けた顔に、人の良い笑顔を浮かべた。
「厩務員のジョナスよ。」
ジュディ様の紹介に、ジョナスさんは帽子を脱いで「どうも」と挨拶してくれる。
「礼儀を知らねえもんで、失礼があっても怒らねぇでくだせえ。嬢ちゃんのこともねぇ、侯爵家のお嬢様ってことは知っちゃいるんだが、こんな小さい頃から知ってるもんで、嬢ちゃん呼びが抜けなくて・・」
「馬好きの叔父様に連れてきてもらったのが最初よ。」
「そうさ!そんでその日にコックスウェルが初勝利したんでさぁ!嬢ちゃんはその日から俺たちのラッキーガールでね!」
「コックスウェルの実力だわ。あとジョナスの世話が行き届いているからよ。一流の厩務員なんだから」
「ハハッ!嬢ちゃんにそう言われたら嬉しいねぇ。ほら、コックスウェルが嬢ちゃんを見てる!こりゃ蜂蜜がもらえると思って張り切るぞ」
「ふふ、期待してるわ。」
「レースの後に会ってやってくだせえ。嬢ちゃんがくると大喜びしますんで!」
「ええ、後でね。」
ジョナスさんと別れ、貴賓席へ向かう。
バルコニーのように張り出したそこからは、眼前に遮るものがなく、競馬場が一望できた。
ゲルトさんがお茶の準備をしている間に、思い切って聞いてみる。
「ポイントで欲しいものって、もしかして馬ですか?」
「まぁ、そうね。自分の馬は欲しいけど・・どちらかと言うと、乗馬を習いたいのよ。自分の馬で、自由に色々な場所を走ってみたいの。お父様もお母様も、危ないからって最初は全然許してくれなかったけど、もう少しでポイントが貯まるから、そしたら私の馬を買ってくれる約束よ。レイリア絡みで、最近は思ったより早いペースで貯まったから助かったわ」
「・・お役に立てたようで何よりです」
貴族令嬢が本格的な乗馬をするというのはあまり聞いたことがないけれど、ジュディ様らしい。
「レースまであと1時間を切ったわね。馬券が欲しいなら、今買ってこないと閉まっちゃうわよ?」
「あ、私は大丈夫です。」
「そう、あなたは?」
「俺は少し屋台を見てきます。」
「あら、そう。」
アマンド様がいなくなると、ジュディ様が「で?」とニヤリと笑った。
「あの無礼女の家に何かしたの?無礼女が社交の場に出てこなくなったって、ちょっとした話題になってるわ」
抗議文を送り、私たちとの接近を禁止したことを伝えると、ジュディ様は頷いた。
「そう。対応としては甘いけど、甘い中ではまあ妥当よね。無礼女の家も、さすがにそれを破るほど馬鹿じゃないでしょ。」
結果として、メイベルと会うのは、あの決勝トーナメントの日が最後になった。
アマンド様と一緒にいて幸せを感じるその時に、心のどこかでメイベルのことを気にしてしまうのは、もう彼女の真意を聞くことが叶わないせいかもしれない。
もう会うことはない。
だから考えても仕方のないことなのに。
「ほら、そんな顔しないで。元気出しなさい。レイリアの好きな焼き菓子もあるわよ」
ジュディ様に、気遣われてしまった。
「お言葉に甘えて、いただきます!」
割り切れない気持ちから目を逸らし、私は笑顔で焼き菓子に手を伸ばした。
パドックで瞳をキラキラさせながら馬を鑑賞するジュディ様は満足気だ。
「ご令嬢は馬がお好きなんですね」
「こんなに美しい生き物、他にいないでしょ?あ、ジョナス!」
手を振るジュディ様に応えて手を挙げたのは柵の向こうで黒馬コックスウェルの手綱を引く快活そうな中年男性だった。
黒馬を他の人に託して、オーバーオールの裾についた枯れ草を払いながら、柵の手前までやってくる。
「やぁ嬢ちゃん、来てたんですかい」
よく日に焼けた顔に、人の良い笑顔を浮かべた。
「厩務員のジョナスよ。」
ジュディ様の紹介に、ジョナスさんは帽子を脱いで「どうも」と挨拶してくれる。
「礼儀を知らねえもんで、失礼があっても怒らねぇでくだせえ。嬢ちゃんのこともねぇ、侯爵家のお嬢様ってことは知っちゃいるんだが、こんな小さい頃から知ってるもんで、嬢ちゃん呼びが抜けなくて・・」
「馬好きの叔父様に連れてきてもらったのが最初よ。」
「そうさ!そんでその日にコックスウェルが初勝利したんでさぁ!嬢ちゃんはその日から俺たちのラッキーガールでね!」
「コックスウェルの実力だわ。あとジョナスの世話が行き届いているからよ。一流の厩務員なんだから」
「ハハッ!嬢ちゃんにそう言われたら嬉しいねぇ。ほら、コックスウェルが嬢ちゃんを見てる!こりゃ蜂蜜がもらえると思って張り切るぞ」
「ふふ、期待してるわ。」
「レースの後に会ってやってくだせえ。嬢ちゃんがくると大喜びしますんで!」
「ええ、後でね。」
ジョナスさんと別れ、貴賓席へ向かう。
バルコニーのように張り出したそこからは、眼前に遮るものがなく、競馬場が一望できた。
ゲルトさんがお茶の準備をしている間に、思い切って聞いてみる。
「ポイントで欲しいものって、もしかして馬ですか?」
「まぁ、そうね。自分の馬は欲しいけど・・どちらかと言うと、乗馬を習いたいのよ。自分の馬で、自由に色々な場所を走ってみたいの。お父様もお母様も、危ないからって最初は全然許してくれなかったけど、もう少しでポイントが貯まるから、そしたら私の馬を買ってくれる約束よ。レイリア絡みで、最近は思ったより早いペースで貯まったから助かったわ」
「・・お役に立てたようで何よりです」
貴族令嬢が本格的な乗馬をするというのはあまり聞いたことがないけれど、ジュディ様らしい。
「レースまであと1時間を切ったわね。馬券が欲しいなら、今買ってこないと閉まっちゃうわよ?」
「あ、私は大丈夫です。」
「そう、あなたは?」
「俺は少し屋台を見てきます。」
「あら、そう。」
アマンド様がいなくなると、ジュディ様が「で?」とニヤリと笑った。
「あの無礼女の家に何かしたの?無礼女が社交の場に出てこなくなったって、ちょっとした話題になってるわ」
抗議文を送り、私たちとの接近を禁止したことを伝えると、ジュディ様は頷いた。
「そう。対応としては甘いけど、甘い中ではまあ妥当よね。無礼女の家も、さすがにそれを破るほど馬鹿じゃないでしょ。」
結果として、メイベルと会うのは、あの決勝トーナメントの日が最後になった。
アマンド様と一緒にいて幸せを感じるその時に、心のどこかでメイベルのことを気にしてしまうのは、もう彼女の真意を聞くことが叶わないせいかもしれない。
もう会うことはない。
だから考えても仕方のないことなのに。
「ほら、そんな顔しないで。元気出しなさい。レイリアの好きな焼き菓子もあるわよ」
ジュディ様に、気遣われてしまった。
「お言葉に甘えて、いただきます!」
割り切れない気持ちから目を逸らし、私は笑顔で焼き菓子に手を伸ばした。
90
あなたにおすすめの小説
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。
有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。
けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。
絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。
「君は決して平凡なんかじゃない」
誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。
政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。
玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。
「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」
――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる