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それぞれの御前試合

王子殿下の特命⑦観覧席で解説するらしい

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「え!今日ですか!?」

「ええ、はい。殿下のご指名ですのでお願いします」

御前試合、当日。

いよいよ、本番というこの日。

昨日の合同リハーサルは上々で、おれは最終調整のため朝の6時からシーリーウッド闘技場に入って忙しくしていたのだが、試合が始まって間も無くしてやってきた近衛兵から、余興の時間に観覧席まで来るように言われて冒頭の会話に戻る。

6課の先輩が、「あちゃー」と頭を掻く。

「でもまぁ、大丈夫だよ。昨日のリハーサルの反省会で見直してるところは僕たちも把握してるし。観覧席から出来を見てくれよ。グースもそうしたいだろ?」

「・・先輩。」

確かに、王家の観覧席は余興を見るにはベストポジションだ。

でも先輩、さっき緊張で胃が痛いとか言ってなかった?大丈夫なんか?

通訳で手伝いに来てるアルが、笑顔で俺の背中を押す。

「コッチは任せて。グースは観覧席に行きマッショ」









物々しい警備を抜けて、観覧席に到着する。 

うわ・・あそこにいんの、国王陛下に王妃殿下じゃん・・

ドン引きしてる俺を、テラス席のエルバート殿下が手招きした。

え、めっちゃニコニコしてる・・

殿下、そんな笑えたんだ。

あまりにも表情変わらないから、俺、殿下は表情筋の病気か何かかなって思ってたんだけど。

「これが今回のプロジェクトリーダーの、グースだ。」

殿下の隣には、赤いドレスに、不釣り合いな帽子をかぶった女の子がいた。

あー、いるよね。最新の流行を意識しすぎて、変な方向に行っちゃうコ。

その帽子さえなければ、完璧なのになぁ。

超絶美人のその女の子が、俺を不審な目で見る。

「あなた、本当にプロジェクトリーダーなの?なんでここに居るのよ。これから本番よ?」

チクショウ。

出会い頭に、だいぶ年下のコに、最もなことを言われた。

それ、隣の殿下に言ってくんねぇかな。

「グースは前の騎射の余興も担当したんだよ、ジュディ」

「ああ、あれね!あれはなかなか見応えがあって良かったわ!」

「・・恐れ入ります。」

ジュディちゃんって言うのか。

王家の観覧席にいるし、殿下が名前呼びしてるってことは、それなりに親しい仲なんだろうな。

まさか、いまだ発表されてない殿下の婚約者候補か?

その時、余興の開始を告げるファンファーレが鳴り、俺は会場に意識を向ける。

高まる緊張と興奮を堪えて、自然と身体に力が入る。

いよいよだ・・・!




会場内に響く、狼の遠吠え。

ざわつく会場に、太鼓の音が響く。

入場口からコンドルが一羽現れ、観客の頭上スレスレを一周旋回すると、その後、狼、コンドル、猿と共に、ドレアドの3人が登場した。

大きな焚き火が焚かれている会場の中央で、輪になって踊り出す。

太鼓を叩くのはあの影さんだが、レイダンさんは気づいただろうか。




余興はまず、ドレアド ガガンから始まり、ひとつ、またひとつと、他の流派も登場し、踊り出す。

そして踊りが最高潮に盛り上がったところで、あの船を模した山車に乗って、新たな剣舞が登場する。

古代の踊りを起源にして、剣が、文化が、海も超えて世界へ広がり、各地で様々な剣舞が誕生していく。

原始的な踊りから、近代の剣舞へ。

今回の余興はそんなテーマで構成した。





ジュディちゃんがすごい喜んでくれてるようだ。

「すごいわっ!見て、お母様!あれがリュシールデュールよ!」

「女性でもあんなに剣が振れるのね。流れるように振っているわ。あの剣は軽いのかしら?」

マルグリット侯爵夫人が俺を振り返る。

「いえ、舞踏用のサーベルですが、刀身は本物の剣を使っておりますので、騎士団の剣ほどではないにしろ、あれでかなりズッシリとしております。」

「鍛えてるのね・・すごいわ」

ピュイちゃんの衣装は、ハイルスミスに作ってもらっただけあって、体にピッタリとした形がとても格好いい。

腹の前面を守っていた虎の顔も、今回のデザインでは胸の辺りに位置が変わり、金のように光り輝く素材で目立っている。

あの時はダサさしか感じなかった蛍光ピンクに蛍光グリーンのトラウザーズも、形が洗練され、よく目立って抜群に舞台映えしていた。

何より、ピュイちゃんが生き生きと踊っていて、俺は思わず笑みをこぼす。

ウーシェンロアのタクルさんも、竹を設置した山車の上でクルクル回りながら技を決めている。

「あの緑色の幹の木は何かしら?」

竹について説明しようと口を開いたが、それより先にジュディちゃんが説明を始める。

「あれは竹よ、お母様。ウーシェンロアは元々は山奥に暮らす部族で、群生していた竹を上手く使いながら敵襲を防いでいたの。今は長刀を使ってるけど、昔は振り回しやすいように短剣を使っていたはずよ」

・・・詳しいな、このコ。

俺の解説、いらなくない?

って言うかさ、多分だけど、俺、気づいちゃったかも。

・・殿下が今年の余興に出張ってきたの、このコが理由だよね?

だって、言い出しっぺのくせに、殿下興味なさそうだったし。

今めっちゃご機嫌そうにニコニコしてるし。

本当は、騎士を労うための余興を私物化するなんて、って怒ってもいい所かもしれないけどさ。

まー、なんだか安心したよ。

殿下もちゃんとそう言う、人間らしいとこあるんだなって思えて、正直ホッとした。

それに、観客の反応見れば余興としても大成功だって思えるしさ。

俺も、予算の都合で考えるまでもなく諦めてた「世界の剣舞」が開催できて感無量だし。

早くも終盤に差し掛かった会場では、異なる流派同士が相対し、戦っているかのように舞う"組み手"が始まった。

「サヘール派が踊る場所にはちゃんと砂が用意してあるのが素晴らしいわ!」

「サヘール派は砂漠の民だからね。砂は欠かせないと思ったんだ」

「あら、殿下もご存知でしたの?砂地という足場の不安定な中で踊らなければ、サヘール派の舞の真価はわかりませんもの!砂を蹴って目潰しにも使うのね!あれは初めて知りましたわ」

あー殿下、嬉しそう。

そういや砂を置くのは殿下の提案だったな。

・・・まさか、王族の色恋沙汰とか、そんなナイーブなことに6課6班が関わっちゃうとはなー。

思わずニヤけた所をバッチリ殿下に見られてしまって、慌てて口を引き結んだ。






「ヨォ!皆!今日は大成功だったじゃねーか!すごかったぞー!」

「あ、シムさん!」

打ち上げに現れたシムさんは、この春めでたく定年退職し、今回は観客席から見てくれていた。

「あの山車作ってくれた大工の手配だって、最後の組み手のアイデアだって、全部シムさんだったじゃないですか!シムさんのおかげっすよ!」

そうこうしている内に、エルバート殿下がジュディちゃんを伴ってやってきた。

今年の打ち上げは、レイダンさんの手配で、演者と一緒に屋上部分で開催することになったのだ。

昨日の合同リハーサルで、演者の皆さんともだいぶ打ち解けていたし、皆本番を無事に終えて会を楽しんでいるようだ。

殿下の挨拶の後、殿下差し入れの葡萄酒で乾杯する。

演者とのお喋りに夢中のジュディちゃん。

隣でニコニコと微笑んでいる殿下。

ここでも通訳を頼まれ、打ち上げどころじゃないアル。

お酌に回る先輩たち。

俺は満天の星空を見上げた。

俺史上、最高の1年もこれで終わりかーー

思えば前の俺は、6課6班ではムリだと、そう思い込んでいた。

諦めて、勝手に蓋をしていたんだ。

だけど、この1年で、それが間違いだって気づいた。

殿下の手を借りてだったけど、どんな時でも、やりたいと思うことを大切に、できる範囲で叶えること。

それが大事なんじゃないか?

そう実感できたことが何よりデカかった。

星を見ながら、感慨深く今日を振り返り始めたまさにその時、夜空に大輪の花火が打ち上がった。

打ち上げ会場にどよめきが走り、皆で空を見上げる。

ドレアドの連れた猿が、花火の音に怯えてキィキイ鳴く。

次々と打ち上がる花火に見惚れていると、いつのまにか後ろにレイダンさんが立っていた。

「驚きました?」

「レイダンさん・・あの、これは?」

「殿下からのプレゼントですよ。皆さんに感謝を込めて。」

感謝?

振り返っても、ジュディちゃんと一緒に花火を観る殿下の横顔しか見えなかった。

花火の音に誘われて、ドレアドが踊り出す。

「殿下が感謝、ですか?」

俺は言われた通り、仕事しただけだけど。

クスクス、とレイダンさんが笑う。

「この一年、ずいぶん楽しかったみたいですよ?あなた方とこの舞台を作り上げていくのが。」

え、ホントに?楽しそうな素ぶりの片鱗もわからなかったんですけど、マジか?

「来年に向けて、また頑張っていきましょうね」

「はい・・え?」

俺はマジマジとレイダンさんを見た。 

「僭越ながら、殿下の御命令で、6課6班の班長を兼務することになりました。」

「えっ!」

「つまり、6課6班は王子執務室付きの部署に生まれ変わります。」

「えぇっ!」

「なので殿下も、顧問として入ります」

「私物化エグいっ!」

「というわけで、また週が明けたら、来年の企画会議です。頑張りましょう」

いい笑顔で杯を出されて、俺も脱力しながらも笑って杯を掲げた。



これからも、俺の最高の1年は続きそうである。



王子殿下の特命 終わり


























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