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それぞれの御前試合

王子殿下の特命⑥1年かければ、読み取れるようになるらしい。

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放浪の旅から久々に職場に戻っていくと、そこにいたのは俺の知る6課6班では無かった、

「ハイルスミスからラフ画、上がってきましたー!」

「動物持ち込みに関する許可は港湾局とあとどこ取れば良いんだっけ?3課に聞けばわかる?」

「あ、3課行くなら、ついでに植物持ち込みの検疫についても聞いてきてくれないか?竹の調達が・・」

あの気弱な先輩たちが、鬼のように仕事してる!

「お、どうだ!見違えただろ!」

「シムさん・・」

シムさんはニカっと笑って俺の肩を叩いた。

「お前が、行く先々から途中経過とか手紙で色々教えてくれただろ?それで俺たちも刺激されてよ。」

「え・・それだけ、ですか?」

そんなんでこの変わりよう?

「それとよ・・王子殿下付きのレイダンさんが、度々ここに進捗状況を確認しにおいでになっててな。そしたらうちの班が殿下の特命ですごいことやるらしいってかなり噂になっちゃってるってわけ。」

「なるほど・・」

他課も以前と比べて概ね協力的で、仕事もやりやすいらしい。

「さてと。それじゃ開催方法について、作戦会議といこうや。」

「はいっ」







そうして次の週には、考え抜いた開催方法を殿下に報告に行く。

山車だし?」

王子殿下が訝しげに呟く。

「はい。山車です。」

部署で色々と検討した結果、特に曲調の異なる剣舞に関しては、大きな山車だしに演者とその流派の曲を演奏する音楽隊も乗ってもらい、会場を周回することにした。

山車が近づいた時だけその音楽が聞き取れて、合わせて剣舞も見れるから、観客はそこに座っているだけで、様々な剣舞と音楽を目前にすることができるというわけだ。

「旅の最後に立ち寄った大きな港の祭りで、飾り付けられた大きな山車が何台も並んで進んでて、それ見た時に、これだ!って思ったんです」

路面沿いの二階建ての家よりも高い、大きな山車で、音楽隊が乗っているものもあった。

そう話すと、レイダンさんが大きく頷く。

「なるほど、それは面白いですね。そうすると必要なのは・・」

「何台要るんだ?」

そう、ここからは費用の問題になる。

「最低3台は・・できれば、5台欲しいところですが・・・」

そう言って、チラッと殿下を見ると・・

(あれ・・・?)

「・・いい。5台作れ。・・・なんだ?」

わずかに、ほんのわずかにだが、殿下のトレードマークの無表情に、呆れが垣間見えたような気がした。

「あ・・いえ、すみません。ありがとうございます!その、世界の剣舞のテーマに合わせて、山車を船のイメージで作りたいんですが、その・・お許しいただければですけれど、そうすれば来年の港まつりでも使えますし・・」

レイダンさんが吹き出した。

「ク・・アハハハ!殿下がまさか、男におねだりされる日が来るなんて!」

「・・レイダン」

「クフックック・・失礼しました。まあでも港まつりで使うなら、そちらの予算も回せるでしょう。せっかく作るんなら、他でも利用しない手はないですね。いやー、楽しみですねぇ」




それからは、通常業務をこなしながら、山車の手配に追われつつ、先輩たちと充実した日々を過ごした。

リュシールデュールのピュイちゃんも、出来上がった衣装を見てご機嫌で参加を決めてくれたから、ホッとしたのなんのって。

御前試合まであと1ヶ月という頃、ようやく山車が出来上がり、殿下にお披露目することになった。

「ああ、トラべリッチさん。どうもお休みの日にすみません。」

「あ、いえ。」

お忙しい殿下は平日は出られないとのことで、今日は日曜だ。

そこに並ぶ、でっかい山車が計5台。

船を想起させる装飾がそこかしこに施され、パッと見は本物の船のようだ。

うわードキドキする。この上で剣舞を披露するとか、かっこ良すぎるだろ。

見上げる殿下とレイダンさんのそばで、じっと控える。

「すごいですね・・まるで立派な船だ」

「舞台は上か?」

「はい、1番上が舞台になっています。」

「山車を引くのは馬ですか?」

「いえ、ドレアドの連れてくる獣で驚かせるかもしれないので、人力で引きます。」

そう案内しながら、俺はチラチラと殿下を盗み見る。

この一年、殿下と度々顔を合わせてきて・・すごくわかりづらいけど、なんとなく表情が読めるようになってきた。すごく分かりづらいけど。

今日は来た時から、随分、機嫌が良さそうだ。

レイダンさんが少し離れたタイミングで、少し間ができて、思わず俺は口に出していた。

「あー・・王子殿下。なんか、いい事ありました?」

パッとこちらを向いた殿下と目が合う。

その瞬間だけ、虚を突かれたように目を見開いていた。

今まで何度も顔を合わせてきたのに、その黒い瞳と、初めて目が合った気がした。

「・・・なぜ、そう思うんだ。」

そう思ったのは感覚で。

だから、言葉にするのに、少し難儀する。

「雰囲気というか・・色が違うというか、そんな気が」

「色・・・どんな色だ?」

こんなに重ねて聞いてくる殿下も珍しい。

いや、比喩で言っただけだから、本当に色が見えたわけじゃ・・

黒い瞳が俺を捉え続ける。

その視線に、何か切迫したものを感じるのは、俺の気のせいだろうか?

(・・こんな顔もするんだな)

えーどうしよう。

殿下の髪は金、瞳は黒。

金、じゃねぇな。

黒、でもないんだよなぁ。

もっとふわふわした感じ。

高貴な色ってなんだっけ?

あ、そうか、紫だ。

ああ、そうだ。紫がしっくりくる。

そんで、なんかいつもより柔らかい雰囲気になってるから・・

「薄紫ですかね」

へらり、と笑って答えると、「薄紫・・」と殿下も呟いた。

気に障るような答えじゃないよな、と思う俺の目の前で、殿下の瞳が喜色に染まり、わずかに口角があがる。

初めて見る、殿下の笑顔。

何だか見てはいけないものを見てしまったようで、俺は空を見上げて誤魔化した。

来月だ。

殿下と、1年をかけた集大成。

俺史上、最高の1年は、あともう少しで終わろうとしていた。

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