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それぞれの御前試合

王子殿下の特命① グース トラべリッチ

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俺はグース。

グース トラベリッチ。

トラベリッチ子爵家の三男坊として生まれ、難関と言われる文官試験に合格し、期待に胸弾ませて王宮文官の衣に袖を通したのが9年前。

配属部署の希望欄に、俺はでっかく『第6課6班』とだけ書いた。

毎年、御前試合の余興を死ぬほど楽しみにしていた俺にとって、その企画運営を担当する6課6班は、夢と希望の部署だ。

念願叶って、第6課6班に配属された俺だったが、そこが「6課のお荷物」「ロクでもない6班」「出しもの係」と他の文官から揶揄されていることを知ったのは、入ってすぐのことだった。

全部で5人しかいない6班に、新人が配属されるのは異例だったらしい。

イヤミな同期からは、「仕事ができない奴の左遷場所なんかに、わざわざ好き好んで行く奴がいるなんてなー。あ、他の先輩の前で、俺のこと同期だって言わないでくれよ?恥ずいから。」と蔑まれた。

夢だった部署の現実に落胆する気持ちはあったものの、部署の仲間は気弱だけどいい先輩ばかり。

6班の先輩達は、仕事ができない訳じゃない。

できないわけじゃないけど、身体が弱くて休みがちだったり、コミュニケーションが激下手で会議じゃひと言も話せなかったりで・・社会人としては残念な部類に入るのかもしれない。

でもその分、優しくて、新人で入った俺をすげー気遣ってくれて・・仕事で迷惑かけたくなくて、俺はがむしゃらに頑張った。

文官になって最初の年、俺はほとんど戦力になれなかったけど、それでも余興が成功した時の、得も言われぬ達成感ったらなかった。

6班の担当は余興だけじゃなくて、建国記念日や聖ジルチア祭、港祭りなどの企画運営も担っている。

まあ余興以外は前年度を踏襲して、色々許可を出すくらいの事務仕事だ。

配属されて5年目。

初めて余興のプロジェクトリーダーを任された俺は、気合入れて、初の試みで『騎射』なんてのを企画した。

部署の先輩の「そんな面倒なことやめようよ・・いつものサーカスか音楽団でいいじゃないか・・」という溜息まじりの意見を熱意のままに説き伏せて、上の許可もちゃんと取れた。

馬の手配とかすげー大変だったけど、割と好評だったように思う。

ま、その後、実は計算ミスってて、少し予算からはみ出ちまったことが発覚して、経理のエライ人からめちゃくちゃ怒られたんだけどな。




御前試合が終わり、その夜。

今年の余興のプロジェクトリーダーで、6班の班長でもあるシムさんの号令で、杯を掲げる。

「かんぱ~い!」

杯を空にして、すぐおかわりを頼むのは俺だけ。

先輩たちは「胃腸が弱いから」とか「年だから」とか言って、チビチビとしか飲まない。

今年の余興、安定のサーカスが無事終わって、皆で労を労う。

今年は初出場のアマンド ガーナーって男前が5位に入賞して、話題を集めていたっけ。

今年の余興についてひとしきり話した後、班長が俺を見た。

「おい、グース」

「はい、シムさん」

「お前、来年のプロジェクトリーダーだろう。なんか考えてんのか?」

「あー、今年サーカスだったんで、来年は音楽団ですかねぇ」

「ハァ!?音楽団!?なんで?」

そう驚くのはシムさんだけで、シムさん以外のメンツは皆一様にホッとしているんだが。

「いやーだって。来年から4人体制だし、やっぱ新しいことは難しいですよ。」

シムさんは今年度いっぱいで定年退職する。

そして、代わりの人員は来ない。つまり、うちの部署は縮小される。

規模縮小の話が表に出て、他の部署からはこれ見よがしに「年に1回の余興のために、ロクでもない6班に割ける人員はいないんだろうよ!」と嫌味を言われている。

「まぁ、それ言われちゃ俺も何も言えねえけどよ・・でも、なんか考えてた事あったんじゃないのか?前の騎射なんて、まぁ準備から何から本当に大変ではあったけどよ、やってよかったって思ったよ。ああいうの考えるあたり、お前には人を楽しませる才能あるなって思ったしな」

シムさんは他の先輩と違って、仕事に熱い人だった。

元々は中央の方でバリバリ働いていたらしいし、めちゃ元気だし、そういう意味で6課6班っぽくない先輩だ。

「嬉しい事言ってくれるじゃないっすか。まぁあの時は・・俺も若かったんですよ。」

あの頃は、熱意のままに突っ走れた。

どんなに頑張っても、他の部署からは白い目で見られて・・結局、余興は余興でしかなくて、立派な仕事だとは認めてもらえない。

いつからだったろう。この部署に・・この予定調和に染まってしまったのは。

「バーカ、俺から見たらお前なんて今でもひよっこだろうが」

「ハハッ、違いねえ」

俺を小突くシムさんには左手首から先がない。

詳しく聞いた事はないけど、事故で左手を失ったそうだ。

片腕になってから6班に異動してきたと聞いたことがある。

こんなに出来る人なのに、左手が無いだけで左遷なんて・・お偉いさんは何考えてんだか。

シムさんはグイッと杯を煽って、ポツリとつぶやいた。

「俺は来年は運営こっち側には居られねえけどよ・・楽しみにしてるよ。お前の余興をよ」

俺は黙って、酒を飲むしかなかった。



打ち上げを終えた次の週。

俺は次年度の余興の企画書を持って宰相様の部屋を訪れていた。

余興には一応、名目がある。

余興は、御前試合に出場する騎士への国王陛下からの労いなのだ。

なので、一応宰相様に内容を確認してもらって、了解を得てからプロジェクトを開始する。

前室で待つ間、俺は手元の企画書に目を落とした。

内容はいつもの音楽団のパレードだ。

2~3年に1回はほぼ同じ内容で開催するので、この企画書は原本を模写するだけで完成する。

まぁ全く同じっていうのは頂けないので、今回は珍しい他国の楽器も使うように少しアレンジしてみたけどな。

企画書が、宰相様のところで修正されたり、撥ねつけられることはない。

宰相様に見せて、許可もらって帰ったら、建国記念日の屋台申請の追加募集の準備しねーとな。

そうぼんやり考えてたら、宰相様の侍従から声がかかった。

6課6班が宰相様にお目通りしてもらえる機会なんて年1回、この時くらいだ。

俺は「失礼します」と声をかけて、執務室に入った。

「6課6班、グース トラベリッチです。次年度の御前試合余興の企画書をお持ちしました。」

「・・ああ。そこに掛けてくれ」

「はい、それでは・・え?」

あれ?今「掛けてくれ」って言った?いつもの「置いといてくれ」じゃなくて?

「ん?聞こえなかったか?そこに掛けてくれ」

「・・は、はい。」

え、なんで?俺、なんかした?

一番手近なソファに、怖々腰を下ろす。

高価そうなソファの座面が思った以上に沈み込むので、バランスを崩しかけた。

宰相様はカリカリと何かの書類に記入していたが、少しするとペンを置き、執務机の椅子から立ち上がると、俺の隣に腰掛けてきた。

なんだ?この場で企画書を直接説明すればいいのか?

「あの・・宰相様。これが企画書になりますが・・」

「ん?ああ。いや、すまんすまん。実は今回は君たちに依頼したい事があってね。君が来たらお呼びするように言われているんだ。もう少し待っていてくれ」

依頼?待つ?

俺の頭にハテナマークが並んだところで、ノックの音がした。

「第一王子、エルバート殿下が御成です!」

そこに現れたのは金色の髪、黒曜の瞳。

正真正銘、本物のエルバート王子殿下だった。

王子はもちろん、王族に直接関わるような機会のない俺は一瞬頭が真っ白になったが、立ち上がり拝礼した宰相様に一歩遅れて、なんとか拝礼することができた。

なんで・・何が・・

混乱する俺の頭の中で最初に浮かんだのは、よくない想像ばかり。

採算の取れない6課6班を潰して、御前試合の余興自体を無くすことに決まった、とか?

応接ソファの正面に座ったエルバート殿下は無表情だ。

殿下が座ってから宰相様も腰を下ろすので、それに倣う。

「4年前の余興の騎射はお前が企画したと聞いているが、まことか?」

「は、はい・・あ・・申し訳ありません!トラべリッチ子爵家が令息、グース トラべリッチと申します!」

「・・グース。次年度の余興だが、剣舞を企画してもらいたい。剣舞の好きな者も、そうでない者も虜にするような。どうだ?」

剣舞・・

「お、恐れながら・・!」

「発言を許す。自由に申せ。」

「はい。その、実は、私も余興に剣舞を考えたことはありました。ですがその・・剣舞のみでの余興は難しいかと存じます」

「理由は?」

「ご存じの通り、剣舞はそれぞれの剣の流派の基礎的な動きや特徴的な剣技を舞にしております。国内の剣舞は2大流派と、その派生が多く、素人目にはそれぞれの流派の差がわかりにくいことが予想されます。そういう意味で、余興受けしにくいと感じております。」

4年前、初めてプロジェクトリーダーを任された時、何の余興にするか相当考えて、その案の中に、剣舞もあった。

剣舞は華もあり、何より御前試合の余興としては同じ剣つながりでうってつけで、かなり魅力的ではあったのだが、断念せざるをえなかった。

「世界の剣舞を披露できれば各剣舞の特性もわかりやすく、素人目にも見ごたえがあるだろうと思います。ですが、世界に赴きそれぞれの剣の達人に参加の承諾をもらい、そして我が国に招聘するには、通常の予算の倍はかかりますし、参加してくれる確証もございません。費用の面に加え、催行保障という点で不利でございました。」

「ふむ。他には?」

「世界の剣舞を仮に開催できたとして、でございますが、それぞれの剣舞は曲もリズムも異なります。また、舞う時間の長さもまちまちです。1つの会場で順番にそれぞれの剣舞を披露したら、1時間内で収まりませんし、音楽が異なりますので、参加者全員が同じ曲で披露するのも困難です。」

「なるほどな」

王子殿下は顎に手を当てている。

相変わらずの無表情だが、今の話を考えているんだろう。

「わかった。グース。それでは世界の剣舞を余興にする。予算の超過分は、私の私費を使おう。」

「・・へ?」

すでに王子殿下は立ち上がっている。

宰相様に続き、慌てて俺も立ち上がった。

「来週までに企画書を提出する様に。直接私の執務室に来い。日時はこのままレイダンと調整を。では来週」

ポカンと殿下を見送る。

殿下の侍従だというレイダンさんに来週木曜の16時で、と言われた俺は、今日提出するはずだった企画書を、そのまま6課6班に持ち帰った。
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