大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。

airria

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帰り道

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やってしまった…

公衆の面前で、アマンド様にあーんで食べさせてしまった。

あのカモメの襲撃の時の、食べさせ合いっこのせいだ。

あの時はとにかくカモメに横取りされないように必死で、請われたら間髪入れずにスプーンを口元に運ぶこと、それだけに心血を注いだ。

私の中ではもう、あれは恋人同士の愛情を確かめ合う行為ではなく、もはや何かの競技のように刷り込まれている。

だから、アマンド様に言われて流れるようにスプーンを出してしまったのだ。

仲を見せつけようとしたとか、決してそういうんじゃないんです。

ディフィート様の神々しいお姿を直視してしまって、私も注意力散漫になってしまっていたんです。

目をつりあげてこちらを睨むご令嬢達にそう懺悔したいが、後の祭りだ。

ハアァァァァァ

深いため息を吐いて落ち込む私をよそに、お二人が会話している。

「さっき、あなたの知り合いという男に会いましたよ」

「私の?誰だろう」

「ルチアと名乗っていました」

「知らないな。どんな容姿だった?」

「黒髪黒目で、背丈は俺の目の高さくらい。年齢は俺と同じくらいか少し上くらいかと。」

「・・・他には?」

「妹御絡みでレイリアと友人になりたいと声をかけてきて」

そこまで聞くと、突然ディフィート様がスクッと立ち上がった。

「すまないが、急用ができた。これで失礼する」

そう言って、護衛に声をかけながら、ジュディ様のお茶会会場の方向へ足早に去っていく。

令嬢たちはポカンとした後、慌てて立ち上がり、次々と後を追い始めた。

「やっぱり、不審者だったんでしょうか」

そう言って振り返ると、心なしか青褪めた顔のアマンド様が、深いため息をついた。









馬車に乗り込み、帰路につく。

ドレスのボリュームがあるので、アマンド様は行きと同じく向かいに座っている。

心地よい疲労感と、初めての社交を大方つつがなく終えた安堵感に包まれて、馬車に揺られながら、今日のことを思い返す。

アマンド様が一緒に行ってくださってよかった。

見渡した限りで、1人で参加している人など1人もいなかったし、それに・・。

「アマンド様」

ん?とアマンド様が目線を合わせた。

「今日は・・ありがとうございました。アマンド様にご一緒してもらえて助かりました」

「俺も、今日は行けてよかった。騎士団でこれから世話になる人達と顔合わせができたしな。」

彼の婚約者として、挨拶して回っている時、少しだけど、彼の役に立てている気がして嬉しかった。

アマンド様は元々口数が少ないし、表情もあまり変わらないので、冷たいとか、怖いという印象を持たれやすい。

そのせいか、今日は私を通して話しかけてくる方も多くて、アマンド様との橋渡し役になれた気がする。

私でも、彼の役に立てることがある。

そんなこと、思いもしなかった。



馬車は、うちの屋敷のある通りに差し掛かる。

「ああ、レイリア。今日、婚約指輪用のダイヤを預かっていってもいいだろうか?」

「まぁ申し訳ありません、アマンド様。ダイヤは宝物庫に入れてあるのですが、あいにく今日は父がおりませんの」

今朝、セバスチャンを通して、父にイエローダイヤを宝物庫に入れてもらうようお願いしてある。

宝物庫の鍵は家長が管理するから、父が不在なら、諦めるしかない。

「・・そうか。残念だが、また次の機会にさせてもらおう」

「・・はい」

そう言いながら、私は思わず目を伏せる。

ずっと、チリチリと胸が痛むのだ。

去年の私は、仕事の忙しい彼の役に立てることなんて、ないと思い込んでいた。

彼の仕事を第一に考えて、休ませるために極力会う回数を減らして・・遠慮することしかできないと思っていた。

でも実は、他にできることがあったのかもしれない。彼の助けになることが。

アマンド様は、婚約者としてこんなにもよくしてくれる。

でも、これだけよくしてもらうだけの何かを、私は彼に返せていただろうか。






屋敷に到着し、馬車がとまる。

窓の外にセバスチャンの姿が見える。

「アマンド様、今日は本当にありがとうございました。ここで大丈夫ですわ。どうぞこのままお帰りください。」

微笑んで彼を見ると、彼もまた私を見つめ返していた。

妙な間が空く。

「レイリア、もうすぐ御前試合がある。」

それまでに比べて、声が少し硬い。

思わず、目が泳ぐ。

「あ、ああ、そうね。もうそんな時期ですわね」

彼がその話を振ってくると思わなかったから、動揺してしまう。

「レイリア、その、今年も」

「いいの!」

思いのほか、大きな声になってしまい、それがまた心を揺らす。

とても目が合わせられなくて、私は腰を浮かせて慌てて立ち上がった。

「レイリア?」

「私のことは気にしないで?その・・その日は他に約束があるの」

「約束?レイリア、待ってくれ」

アマンド様の手が伸びてきて、思わず身を引いた。

アマンド様が、動きを止める。

「とにかくその、私は大丈夫だから。この話は、終わりにしましょう。今日はありがとうございました。」

失礼、と小声で言って、馬車を出た。

もう、呼び止められなかった。


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