53 / 165
夏
ジュディ様はご立腹。
しおりを挟む
「初めまして、婚約者のレイリア ディセンシアです。」
「まぁー!お綺麗な婚約者様ですこと!」
今日はずっと同じ言葉を繰り返している。
笑顔をし過ぎて表情筋が疲れてきた。
マルグリット家ご当主の挨拶で始まったお茶会は、早々に別会場での挨拶合戦に移行した。
藤棚から少し離れた場所に白い大きなテントが張ってあり、そこにも高級食材を多用した軽食やスイーツが並んでいる。
危惧していたような意地悪な人はいなかったが、やはりアマンド様は老若男女から大人気で、次々と高位貴族に声をかけられる。
ようやく挨拶の波が途絶えてきたところで侍従さんに呼びだされ、私はアマンド様と一旦別れた。
「あなたの仕業ね?」
不機嫌そうに私を睨むジュディさまは、今日も今日とて完璧な美少女ぶりを発揮している。
フリルが多用された藤色のドレス。
パフスリーブから伸びる腕は細く長くしなやかで。
ハーフアップした髪には藤の生花が飾られている。
コンセプトはズバリ、藤の花の妖精だろう。
「何のことでしょう?」
「あの子たちに、変なことを吹き込んだでしょう」
デビュタント前の子女の茶席として別に設けられたこの卓には、先ほど休憩室で沈痛な表情をしていた少女たちも座っていて、今では皆笑顔でおしゃべりに花を咲かせている。
さすが高位貴族のご令嬢たちだ。
この年ですでに気品がある。
「変なことなんて・・私はジュディ様の魅力をお伝えしただけです」
「何て言ったのかをおっしゃい」
「的確なアドバイスをくれて、とても頼りになる人だと・・相談事があるなら迷わずジュディ様を頼るべきだと伝えました」
「やっぱり!変だと思ったのよ!」
「何かありましたか?」
「茶会が始まった途端に、端から順番に悩みを打ち明け出したのよ!将来の不安とか、親との確執とか!」
あのご令嬢達は、私のアドバイスを活かしてくれたらしい。
「無い悩みを無理に捻り出そうとして、苦手な食べ物の克服法なんて聞いてくる子もいたんだから!」
プリプリと怒っているご様子のジュディ様だが、きっと全ての悩み事にアドバイスしてあげたんだろう。
でなければ、こんなに皆、晴れ晴れとした顔でおしゃべりを楽しんでいる訳がない。
「この子女向けの茶会はさっさとお開きにして、私はあなたと婚約者にちょっかいをかけに行きたかったのに!」
「ほんとやめてください」
危ないところだった。
「でもジュディ様、私、お邪魔じゃ無いですか?まだ悩みを聞いて欲しい人が居たりは…」
「そんなのいちいち付き合ってられないから、似た悩みを持つもの同士で分かれて話をする時間にしたのよ。それでようやく手が離れたってわけ。」
因みに、あそこが親との関係に悩んでるグループ、あそこは将来への不安のあるグループ、あっちは恋愛とかコンプレックスとかその他のことで悩んでる雑多なグループ、とジュディ様から説明を受ける。
その雑多なグループから立ち上がった1人のご令嬢が、紙を胸に抱いて近寄ってきた。
「ジュディ様!今いいでしょうか?あの、描けました!これがさっき言っていた、近々飼う予定のケトルピーラットのイラストです!・・どんな名前がいいでしょうか?」
ジュディ様は令嬢に気づかれない様にもう1度私を睨みつけると、にこやかに差し出された紙を手に取った。
ご令嬢達には丁寧に対応することにしているらしく、ジュディ様はニコニコ笑顔で完璧な外面を披露した。
「まあ、全身黄色ですのね。オムレツの様ですわ」
「・・・オムレツ!た、確かに!なんて斬新な!ありがとうございますジュディ様!私、あの子をオムレツと名付けますわ!」
令嬢が感激した様子で戻っていく。
半目のジュディ様が、後ろに控える侍従を振り返った。
「今のもちゃんとポイントとして加算してるでしょうね?」
侍従さんが顎に手を添えて考えている。
「どうでしょうか。今のはアドバイスとは言えないのではないかと…」
「名付けのヒントになったじゃない。結果を出したんだから有効よ」
「まあ、ゲルトさんからは今日は甘めに付けていいと言われてはおりますが…」
「じゃあ加算で決まりね!腹いせに、今日はポイントの荒稼ぎしてやるんだから!」
私は恐る恐る質問する。
「その、気になっていたんですが、ポイントって何ですか?」
「ポイントを貯めれば、私の欲しいものがもらえるの」
「欲しいもの・・?」
こんなにお金持ちなのに?
キョトンとする私に、ジュディ様がフン、と鼻を鳴らす。
「そんなに気になるんだったら、今度連れて行ってあげてもいいわよ?」
「気にはなりますけど。え?どこにですか?」
「教えない。いいわ、今日の罪滅ぼしに、今度付き合いなさい!」
ええ~。
「それにしてもあなたの婚約者、大人気ね。」
相変わらずアマンド様の周りには人集りができている。
10代半ばくらいの青年が、熱心にアマンド様に話しかけている。
ふと、アマンド様がこちらに気づいて小さく手を振った。
私も、軽く手を挙げて応える。
「あれで、他に本命がいる、ねぇ。」
訝しむようなジュディ様のその言葉に、慌てて会話を繋げる。
「それを言うなら、ジュディ様のお兄様の方が凄いことになっています!」
ディフィート様が登場した際の黄色い歓声を思い出す。
あそこだけ、令嬢の密集率が高い。
ディフィート様用に設けたと思われるお茶席の卓に入りきれない令嬢用に、周囲に椅子が増やされている。
マルグリット侯爵夫人も忙しそうだ。
「着席スタイルにして正解だったわね。今日は2人しか倒れてないわ」
わぁ、本当に倒れる人いるんだ…
アマンド様に視線を戻すと、今度は数名の令嬢に囲まれている。
令嬢の1人が腕を絡めるのを見て、私は立ち上がった。
「あの、私そろそろ戻ります。」
「あら、そんな急がなくてもいいじゃない」
「いえ、ジュディ様もお忙しいでしょうし、私はこれで」
ペコリ、と軽く会釈して、少し離れた白いテントを目指す。
「あれで、婚約解消したい、ねぇ」
ジュディ様の呆れたような声は、先を急ぐ私の耳に届くことはなかった。
「まぁー!お綺麗な婚約者様ですこと!」
今日はずっと同じ言葉を繰り返している。
笑顔をし過ぎて表情筋が疲れてきた。
マルグリット家ご当主の挨拶で始まったお茶会は、早々に別会場での挨拶合戦に移行した。
藤棚から少し離れた場所に白い大きなテントが張ってあり、そこにも高級食材を多用した軽食やスイーツが並んでいる。
危惧していたような意地悪な人はいなかったが、やはりアマンド様は老若男女から大人気で、次々と高位貴族に声をかけられる。
ようやく挨拶の波が途絶えてきたところで侍従さんに呼びだされ、私はアマンド様と一旦別れた。
「あなたの仕業ね?」
不機嫌そうに私を睨むジュディさまは、今日も今日とて完璧な美少女ぶりを発揮している。
フリルが多用された藤色のドレス。
パフスリーブから伸びる腕は細く長くしなやかで。
ハーフアップした髪には藤の生花が飾られている。
コンセプトはズバリ、藤の花の妖精だろう。
「何のことでしょう?」
「あの子たちに、変なことを吹き込んだでしょう」
デビュタント前の子女の茶席として別に設けられたこの卓には、先ほど休憩室で沈痛な表情をしていた少女たちも座っていて、今では皆笑顔でおしゃべりに花を咲かせている。
さすが高位貴族のご令嬢たちだ。
この年ですでに気品がある。
「変なことなんて・・私はジュディ様の魅力をお伝えしただけです」
「何て言ったのかをおっしゃい」
「的確なアドバイスをくれて、とても頼りになる人だと・・相談事があるなら迷わずジュディ様を頼るべきだと伝えました」
「やっぱり!変だと思ったのよ!」
「何かありましたか?」
「茶会が始まった途端に、端から順番に悩みを打ち明け出したのよ!将来の不安とか、親との確執とか!」
あのご令嬢達は、私のアドバイスを活かしてくれたらしい。
「無い悩みを無理に捻り出そうとして、苦手な食べ物の克服法なんて聞いてくる子もいたんだから!」
プリプリと怒っているご様子のジュディ様だが、きっと全ての悩み事にアドバイスしてあげたんだろう。
でなければ、こんなに皆、晴れ晴れとした顔でおしゃべりを楽しんでいる訳がない。
「この子女向けの茶会はさっさとお開きにして、私はあなたと婚約者にちょっかいをかけに行きたかったのに!」
「ほんとやめてください」
危ないところだった。
「でもジュディ様、私、お邪魔じゃ無いですか?まだ悩みを聞いて欲しい人が居たりは…」
「そんなのいちいち付き合ってられないから、似た悩みを持つもの同士で分かれて話をする時間にしたのよ。それでようやく手が離れたってわけ。」
因みに、あそこが親との関係に悩んでるグループ、あそこは将来への不安のあるグループ、あっちは恋愛とかコンプレックスとかその他のことで悩んでる雑多なグループ、とジュディ様から説明を受ける。
その雑多なグループから立ち上がった1人のご令嬢が、紙を胸に抱いて近寄ってきた。
「ジュディ様!今いいでしょうか?あの、描けました!これがさっき言っていた、近々飼う予定のケトルピーラットのイラストです!・・どんな名前がいいでしょうか?」
ジュディ様は令嬢に気づかれない様にもう1度私を睨みつけると、にこやかに差し出された紙を手に取った。
ご令嬢達には丁寧に対応することにしているらしく、ジュディ様はニコニコ笑顔で完璧な外面を披露した。
「まあ、全身黄色ですのね。オムレツの様ですわ」
「・・・オムレツ!た、確かに!なんて斬新な!ありがとうございますジュディ様!私、あの子をオムレツと名付けますわ!」
令嬢が感激した様子で戻っていく。
半目のジュディ様が、後ろに控える侍従を振り返った。
「今のもちゃんとポイントとして加算してるでしょうね?」
侍従さんが顎に手を添えて考えている。
「どうでしょうか。今のはアドバイスとは言えないのではないかと…」
「名付けのヒントになったじゃない。結果を出したんだから有効よ」
「まあ、ゲルトさんからは今日は甘めに付けていいと言われてはおりますが…」
「じゃあ加算で決まりね!腹いせに、今日はポイントの荒稼ぎしてやるんだから!」
私は恐る恐る質問する。
「その、気になっていたんですが、ポイントって何ですか?」
「ポイントを貯めれば、私の欲しいものがもらえるの」
「欲しいもの・・?」
こんなにお金持ちなのに?
キョトンとする私に、ジュディ様がフン、と鼻を鳴らす。
「そんなに気になるんだったら、今度連れて行ってあげてもいいわよ?」
「気にはなりますけど。え?どこにですか?」
「教えない。いいわ、今日の罪滅ぼしに、今度付き合いなさい!」
ええ~。
「それにしてもあなたの婚約者、大人気ね。」
相変わらずアマンド様の周りには人集りができている。
10代半ばくらいの青年が、熱心にアマンド様に話しかけている。
ふと、アマンド様がこちらに気づいて小さく手を振った。
私も、軽く手を挙げて応える。
「あれで、他に本命がいる、ねぇ。」
訝しむようなジュディ様のその言葉に、慌てて会話を繋げる。
「それを言うなら、ジュディ様のお兄様の方が凄いことになっています!」
ディフィート様が登場した際の黄色い歓声を思い出す。
あそこだけ、令嬢の密集率が高い。
ディフィート様用に設けたと思われるお茶席の卓に入りきれない令嬢用に、周囲に椅子が増やされている。
マルグリット侯爵夫人も忙しそうだ。
「着席スタイルにして正解だったわね。今日は2人しか倒れてないわ」
わぁ、本当に倒れる人いるんだ…
アマンド様に視線を戻すと、今度は数名の令嬢に囲まれている。
令嬢の1人が腕を絡めるのを見て、私は立ち上がった。
「あの、私そろそろ戻ります。」
「あら、そんな急がなくてもいいじゃない」
「いえ、ジュディ様もお忙しいでしょうし、私はこれで」
ペコリ、と軽く会釈して、少し離れた白いテントを目指す。
「あれで、婚約解消したい、ねぇ」
ジュディ様の呆れたような声は、先を急ぐ私の耳に届くことはなかった。
92
あなたにおすすめの小説
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。
有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。
けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。
絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。
「君は決して平凡なんかじゃない」
誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。
政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。
玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。
「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」
――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる