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夏
先攻に失敗し、後攻は婚約者のようです。
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「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
準備できたからとテラス席へ案内される。
テラスは岸壁に張り出して作られていて、真下は海だ。
「絶景だな」
「潮風が気持ちいいですわ」
大きなパラソルも設置してくれていて、直接日差しを浴びることもない。
メニューを告げて少し経つと、シーフードプラッターが運ばれてきた。
生牡蠣、ムール貝、エビ、カニなどの盛り合わせだ。
シーフードを売りにしているだけあって、どれも新鮮で、特にエビがプリプリでとても美味しい。
食べ終わる頃に、残りの料理が次々運ばれてきた。
どれも美味しそうだ。
私のリゾットも目の前に置かれる。
トロリとした雲丹色のクリームからホワホワと湯気がたつ。
スプーンで掬ってひと口食べると、濃厚な雲丹の味が広がり、それだけで幸せな気持ちになっていく。
美味しい。
向かいのアマンド様も、人の顔くらいの大きさがあるマグロのステーキに取り掛かっている。
やはり品数が多い。
アマンド様とお揃いにしなくてよかった。
また胃の限界に挑戦するところだった。
雲丹のリゾットに舌鼓を打っていると、ふと声をかけられた。
「レイリア、ほら」
手を止めて顔を上げると、一口大に切られたマグロのステーキが目の前に差し出されている。
これは俗に言う・・
「あーん、して」
「・・・」
「レイリアも、俺のが食べたいんだろ?」
違います。
一緒の料理が食べたいとは言ったけれど、お揃いを意識しただけであって、決して食い意地を張っていたわけではない。
アマンド様の折角の好意ではあるが、これは好きな人同士がやるやつだ。
婚約者の義務の範疇を越えている。
「料理をお揃いにしたい」とかいう私の突拍子もない言動で、アマンド様の義務感の調子が少し狂ったのだろう。
申し訳ないことをした。
彼の自尊心を傷つけない形で、丁重に断ろう。
「アマンド様、お申し出は嬉しいのですが、人目がありますし」
好きでもない私にも「あーん」を勧めてくる辺り、アマンド様は間接キスとか、その辺はあまり深く考えない人なのかもしれない。
「誰も俺たちのことなんて気にしてない。ほら、落ちるから早く」
お言葉ですがアマンド様、バッチリ見られてます。
テラスの突端に席が準備されていたので、店内から距離はあるが、間を遮るのはガラス窓くらい。
窓際で4人でランチされている奥様方が、ガッツリこちらを見ている。
なんなら、そのうちの1人はオペラグラスを取り出して、海を見るふりをしながらこちらを見ている。
「アマンド様、見られてます。ほら、あっち」
目線で左を指し、アマンド様の視線を誘導する。
「…誰も見てないぞ?」
え?
もう一度確認すると、何故か奥様方も含めて店内の客が皆、先ほどの私たちの席の方を向いている。
あれ?
「見られてないなら問題ないな。ほら、あーんして」
「・・・」
先ほど「お申し出は嬉しい」と言ってしまった手前、断れない雰囲気が漂う。
「では、私のお皿に載せていただいて」
「必要ない。レイリア、早く」
恥ずかしいが、これは私のミスだ。
ここは腹を括って、奥様方が向こうを向いているこの間に、これだけ頂こう。
私は覚悟を決めて、口を開けた。
そっと差し出されたフォークから、マグロを受け取り咀嚼する。
味は美味しいのだと思う。
美味しいけど、美味しいけれど…
やってみたら想像以上に恥ずかしくて、俯いてしまった。
「レイリア、美味しい?」
咀嚼しながら黙って頷いた。
「じゃあ、俺にも」
俺にも、とは?
「リゾット、味見させて」
アマンド様も、雲丹のリゾットを味見したかったようだ。
「どうぞ」
アマンド様に向かって皿を少し押して差し出す。
「レイリア、そうじゃなくて」
身を乗り出したアマンド様が私の右手を掴んで、握っていた私のスプーンを直接口に含んだ。
「ん、うまい」
私の目を見ながら、形のいい唇の、端についたクリームを舐めとる。
目の前で繰り広げられた衝撃の光景に、一気に顔が熱くなり、私は固まった。
ギギギと左を見れば、先程こちらを凝視していた奥様方とバッチリ目が合う。
見られた…見られてた…!
私と目が合うと、奥様方が向こうで乾杯を始めた。
乾杯後に、ニヤニヤしながら私に向かって杯を掲げる。
ヤメテ。
「ほら、このフライもうまいぞ」
またフォークを差し出してくるアマンド様に、思わず叫んだ。
「いい!もういらないです!」
「もう食べないのか?」
「こ、このリゾットを食べたらお腹いっぱいになりそうなので!」
「じゃあ、俺にもう一口リゾットをくれ。そうすればフライを味見できるだろう?ほら」
フライの刺さったフォークを一旦私から遠ざけ、またアマンド様が身を乗り出してくる。
また先ほどのシーンが再現されるのかと考えただけで、羞恥が込み上げ目眩がする。
「アマンド様、ちょっと…ちょっと待っ」
その瞬間、テーブルの脇を凄い勢いで何かが横切った。
準備できたからとテラス席へ案内される。
テラスは岸壁に張り出して作られていて、真下は海だ。
「絶景だな」
「潮風が気持ちいいですわ」
大きなパラソルも設置してくれていて、直接日差しを浴びることもない。
メニューを告げて少し経つと、シーフードプラッターが運ばれてきた。
生牡蠣、ムール貝、エビ、カニなどの盛り合わせだ。
シーフードを売りにしているだけあって、どれも新鮮で、特にエビがプリプリでとても美味しい。
食べ終わる頃に、残りの料理が次々運ばれてきた。
どれも美味しそうだ。
私のリゾットも目の前に置かれる。
トロリとした雲丹色のクリームからホワホワと湯気がたつ。
スプーンで掬ってひと口食べると、濃厚な雲丹の味が広がり、それだけで幸せな気持ちになっていく。
美味しい。
向かいのアマンド様も、人の顔くらいの大きさがあるマグロのステーキに取り掛かっている。
やはり品数が多い。
アマンド様とお揃いにしなくてよかった。
また胃の限界に挑戦するところだった。
雲丹のリゾットに舌鼓を打っていると、ふと声をかけられた。
「レイリア、ほら」
手を止めて顔を上げると、一口大に切られたマグロのステーキが目の前に差し出されている。
これは俗に言う・・
「あーん、して」
「・・・」
「レイリアも、俺のが食べたいんだろ?」
違います。
一緒の料理が食べたいとは言ったけれど、お揃いを意識しただけであって、決して食い意地を張っていたわけではない。
アマンド様の折角の好意ではあるが、これは好きな人同士がやるやつだ。
婚約者の義務の範疇を越えている。
「料理をお揃いにしたい」とかいう私の突拍子もない言動で、アマンド様の義務感の調子が少し狂ったのだろう。
申し訳ないことをした。
彼の自尊心を傷つけない形で、丁重に断ろう。
「アマンド様、お申し出は嬉しいのですが、人目がありますし」
好きでもない私にも「あーん」を勧めてくる辺り、アマンド様は間接キスとか、その辺はあまり深く考えない人なのかもしれない。
「誰も俺たちのことなんて気にしてない。ほら、落ちるから早く」
お言葉ですがアマンド様、バッチリ見られてます。
テラスの突端に席が準備されていたので、店内から距離はあるが、間を遮るのはガラス窓くらい。
窓際で4人でランチされている奥様方が、ガッツリこちらを見ている。
なんなら、そのうちの1人はオペラグラスを取り出して、海を見るふりをしながらこちらを見ている。
「アマンド様、見られてます。ほら、あっち」
目線で左を指し、アマンド様の視線を誘導する。
「…誰も見てないぞ?」
え?
もう一度確認すると、何故か奥様方も含めて店内の客が皆、先ほどの私たちの席の方を向いている。
あれ?
「見られてないなら問題ないな。ほら、あーんして」
「・・・」
先ほど「お申し出は嬉しい」と言ってしまった手前、断れない雰囲気が漂う。
「では、私のお皿に載せていただいて」
「必要ない。レイリア、早く」
恥ずかしいが、これは私のミスだ。
ここは腹を括って、奥様方が向こうを向いているこの間に、これだけ頂こう。
私は覚悟を決めて、口を開けた。
そっと差し出されたフォークから、マグロを受け取り咀嚼する。
味は美味しいのだと思う。
美味しいけど、美味しいけれど…
やってみたら想像以上に恥ずかしくて、俯いてしまった。
「レイリア、美味しい?」
咀嚼しながら黙って頷いた。
「じゃあ、俺にも」
俺にも、とは?
「リゾット、味見させて」
アマンド様も、雲丹のリゾットを味見したかったようだ。
「どうぞ」
アマンド様に向かって皿を少し押して差し出す。
「レイリア、そうじゃなくて」
身を乗り出したアマンド様が私の右手を掴んで、握っていた私のスプーンを直接口に含んだ。
「ん、うまい」
私の目を見ながら、形のいい唇の、端についたクリームを舐めとる。
目の前で繰り広げられた衝撃の光景に、一気に顔が熱くなり、私は固まった。
ギギギと左を見れば、先程こちらを凝視していた奥様方とバッチリ目が合う。
見られた…見られてた…!
私と目が合うと、奥様方が向こうで乾杯を始めた。
乾杯後に、ニヤニヤしながら私に向かって杯を掲げる。
ヤメテ。
「ほら、このフライもうまいぞ」
またフォークを差し出してくるアマンド様に、思わず叫んだ。
「いい!もういらないです!」
「もう食べないのか?」
「こ、このリゾットを食べたらお腹いっぱいになりそうなので!」
「じゃあ、俺にもう一口リゾットをくれ。そうすればフライを味見できるだろう?ほら」
フライの刺さったフォークを一旦私から遠ざけ、またアマンド様が身を乗り出してくる。
また先ほどのシーンが再現されるのかと考えただけで、羞恥が込み上げ目眩がする。
「アマンド様、ちょっと…ちょっと待っ」
その瞬間、テーブルの脇を凄い勢いで何かが横切った。
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