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それぞれの春

君の心を見れたなら

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ライラックの匂いに包まれた、気持ちの良い午後だった。

ティーカップに口をつけながら、俺は横目でちらりとレイリアを盗み見る。

約ひと月ぶりに見るレイリアは、なぜか着飾っていた。

髪型はいつものストレートではなく、緩くウェーブをかけて、髪飾りまでつけている。

ドレスもいつもと違うせいか、少し大人びて見えた。

俺は理由を聞きたくて、訪れてから、ずっとうずうずしていた。

「それで…このひと月、変わったことは?」

「特には。アマンド様はいかがですか?」

…話のとっかかりにいつもの聞き方をしてみたが、やはりこれでは答えてもらえないか。

適当に返答しながら、さてどう聞こうか考えていた時だった。

「アマンド様は、昇格されたと聞きましたが?」

俺は思わず顔を上げて、レイリアを見た。

「知っていたのか」

「え?はい。」

…知ってくれていたのか

レイリアは俺の仕事を最優先に考えるくせに、仕事について聞いてくることはなかった。

それが、俺に興味がないのだろうという邪推の裏付けにもなっていたのだが…

少しは俺のことを気にしてくれていたのだろうか。

だが、気をよくした直後にレイリアの口から出てきたのは、またもや俺の仕事を気にする言葉だった。

「昇格されたと言うことは、益々お忙しいのでは?」

そんなに忙しくしていて欲しいのか!?

一気に苛立ち、今日こそ仲睦まじく、という当初の目的を忘れて思わず声を荒げた。

「君は、何度言ったらわかるんだ?俺は忙しくないと何度も言っているだろう!」

そうだ。

これを機に、レイリアに、ちゃんとわからせる必要がある。

説明くさいとは思ったが、去年の呼び出しの多さの理由を詳しく話して聞かせた。

勢いに任せて、髪型が変わったことも聞いてしまえ。

「そう言う君はどうなんだ」

「私、ですか?」

「髪型が、いつもと違うようだが」

「ああ、これはまあ、心境の変化と言いますか・・」

心境の変化?

心変わりということじゃないよな?

「少し、お洒落に気をつけようと思って。もう17ですし」

本当か?本当に年齢的に気をつけようと思っただけか?

他に、気になる男ができたとか・・・

そこまで考えてしまうと、もうその話題を掘り下げることはできなかった。



確信が持てないのだ。

レイリアが俺を想ってくれている、という確信が。

去年1年で膨らんでしまった、レイリアへの猜疑心が、すぐに俺を弱気にさせる。

俺と同じくらいの想いを返してくれとは言わない。

少しでいいんだ。

会えなくて寂しいとか、もっと会いたかったとか・・・レイリアの中に俺への気持ちが見えたなら、そうしたら俺も少しは信じられるのに。




今年こそ仕切り直して仲睦まじい関係を、という当初の目的に近づけないまま、あっという間に帰る時間が来てしまう。

次の茶会の予定を尋ねると、レイリアがまたもや確認してきた。

「あの、本当に、お忙しくはないのですね?」

もう忙しくないと、さっき説明したじゃないか!

「婚約者との茶会が出来ないほど余裕のない男だと俺は思われているのか?それとも、そうであってほしいという君の願望かな?」

「いえ、お忙しいのであれば、毎月開く必要もないのでは、と思いまして。」

「君は、月1回でも多いというのか?これ以上減らせと?本来であれば毎週会うべきだろう。君と私は、婚約者なんだぞ?」

俺の心がまた黒く塗りつぶされそうになったその時。

「それならアマンド様、また元に戻しましょう」

え?

「前みたいに、毎週週末にお茶会をしたいですわ。・・婚約者ですから」

レイリアの言葉に、目を見張る。

今、何が起きた?

俺はてっきり、レイリアがまた茶会を減らそうとしているのかと…

「いいのか?」

思わず、そう言ってしまう。

そう聞きながら、否定されたらどうするんだと大いに焦り、言葉を重ねる。

「来週からでもいいか?」

「ええと・・ハイ。」

何が起きたのかよくわからないが、今後は毎週会うことが決まったようだ。

ようやく…

ようやくだ。

俺は胸を撫で下ろした。




また来週、レイリアに会える。

レイリアの方から、言ってくれたのだ。

茶会を増やしたい、と。

その事実が、俺を高揚させる。

こないだ髪型を変えた理由を聞いた時、レイリアは"心境の変化"を挙げていた。

年齢のことも気にしていたようだ。

もしかして、俺との結婚を意識したが故の変化、という意味なんじゃないか?

自分に都合のいい考えだとわかってはいたが、その甘美な思考を止められない。




結局、急な招集がかかり、次の日曜の茶会はご破算になった。

レイリアに会うため、そして詫びるために直接説明しに行く。

「レイリア、すまない」

「もしかして、お仕事ですか?」

「・・ああ、そうなんだ」

やはり忙しいじゃないか、と誤解されたくない。

ここで誤解されたら、またレイリアが毎週の茶会を諦めるかもしれない。

聞かれてもいないのに、必死に経緯を説明した。

レイリアは、口では気にしていないと言いながら、ツンと顔を横に向けて、明らかに機嫌を損ねている様子だった。

「ですから、別に私は気にしておりません。今日はもとより気分が乗りませんでしたし、むしろ丁度良かったですわ」

え…?
 
俺は耳を疑った。

い、いま、やせ我慢としか思えない発言をしていなかったか!?

え?この反応は、気を悪くしたんじゃなくて、もしかして拗ねてる?

思わず怒っているか聞いたら、「怒ってなど、おりません」と怒られた。

この感じ、やっぱり拗ねてる!

顔、ツンってしてるし!

「アマンド様はお忙しいみたいですし、それならやはりお茶会は」

「だめだよ」

拗ねて、今度は俺を困らせようとするレイリア。

拗ねるというのは、寂しさの裏返しなのだ。

寂しさに気づいて欲しくて、わざと相手を煽るような事を言う。

これまでの自分もそうだった。

だったら、レイリアは本当は俺と一緒に居たいのに、それが叶わなくて拗ねてるってことじゃないのか?

もう、ツンツンするレイリアが、いじらしくて、可愛くて、どうにかなってしまいそうだ。

頬をそっと撫でる。

「この埋め合わせは必ずするから。そんなこと、言わないで」

レイリアが、俺と一緒に居れなくて寂しがっている。

そう確信できたことで、俺の心は十分満たされていった。




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