上 下
19 / 146

師匠が手紙を下さった。

しおりを挟む
翌日。

チチチ チチッ 小鳥の囀りが清々しい。

ようやく本調子に戻った私は、庭で朝食後のお茶を楽しんでいた。

「適量って大事」とつくづく思いながら。

昨日はひどい目にあった。

①アマンド様を呼び出す。
②アマンド様登場。
③昼食に連れて行けと我儘に頼んで、仕事中だと追い返される。
④そのまま帰る

騎士団に行く前の私の脳内では、この4段階の行程をイメージしていたのだ。

ものの10分ほどで終わるだろうと思っていたのに、悉く変わった。

実際には、こうだ。

①アマンド様を呼び出す前に門番の詰所で一悶着。
②お怒りモードのアマンド様登場。
③門番詰所にて、アマンド様から取り調べを受ける。
④理由を白状して恥をかく。
⑤アマンド様もお昼のタイミングだったので結局一緒に昼食に行く。
⑥胃の限界に挑戦する。

なんともお粗末すぎる。

4つのはずだった行程は増え、そのどれもが、想定の斜め上を行っている。

まさか①の門番さんの段階で、あんなにたくさんの騎士様と関わることになるとは思わなかった。

だったら、お世話になってますって手土産のひとつでも持って行ったのに。

「あいつの婚約者、気が利かない」なんてアマンド様が後ろ指さされてたらどうしよう。

あのポテトを私からの差し入れってことにしてもらえば・・いや、初対面でポテトはないわ。



認めよう。彼に嫌われる作戦は、全て不発に終わっている。

何なら、レストランに行った後は、もう我儘を演じることも忘れて、素になっていた

あのオムレツの大きさにまず恐れおののいて、当初の目的が完全に頭から抜け落ちてしまっていた。

その後は2人で食べるのに必死だったし。

胃の限界に挑戦する羽目になったのは、実は突然現れた私への嫌がらせのつもりだったりして・・と一瞬考えたが、やめた。

昨日の別れ際の、彼の笑顔を思い出す。

彼の楽しそうな笑顔は久しぶりに見た。

あのお店を選んでしまったのは、彼も想定外だったのだろう。

あぁ、思い返していたら、また胃もたれしてしまいそう。



そんな私の手元には、マルグリット侯爵夫人からのお礼状がある。

家格の低い私から先にお礼状を出すべきだったように思うけれど、侯爵夫人はあまり細かいことは気にしない方なのかもしれない。

お手本のような綺麗な字で、季節の挨拶に始まり、先日のお茶会への感謝と、今後も訪問を歓迎する旨が書いてあった。

侯爵夫人に直にお返事するのは緊張するけれど、この温かい日差しの中なら、いつもよりいいお手紙が書けるかもしれない。

母がくれた、とっておきの便箋を前に、もう一度、侯爵夫人の手紙を読み直そうと封筒から取り出した瞬間、ひらりと小さな紙が落ちてきた。

それはメモ紙で、ワンポイントに、馬のシルエットが小さく金で描かれている。

『その後の経過を、忘れずに報告に来ること J 』

私は目を見張った。

まさか・・・師匠が手紙をくださるなんて・・!

手紙と言うより、この簡潔明瞭で、内容がそれ以上でも以下でもない、この感じ。

ものすごく、辞令っぽいけど。

でも、ジュディ様が少しは気にかけてくれたようで、素直に嬉しい。

今日は偶然メモ紙が落ちてきてくれたが、そうでなければ気づかないままの可能性もあった。

次回からは便箋を取り出した後に、封筒の中をちゃんと目視で確認することを心に誓う。


「おーじょーうーさーまっ!」

先ほどお茶を注いでくれたキーラは、ティーポットを置いてキラキラした緑の目をこちらへ向ける。

「キーラ、その呼び方、うざったいわよ」

「昨日のデートのこと教えてください!ケルヒーに聞きましたよ!」

「デートじゃない。お昼を一緒に食べただけよ。大量盛りのお店とかで、すごい量が出てきて大変だったんだから・・」

「あ、もしかしてブルーラグーンですかね。内装が青くて、ドリンクがデカンタで出てくる・・」

「そうそう、そこよ」

「えー!楽しそうじゃないですか!あそこ、おしゃれだし、非日常な感じで結構盛り上がりません?」

確かに、大量盛りのあの、非日常感はすごかった。

「今週のお茶会も楽しみですね」

「それがお茶会じゃなくて、お出かけにするって・・」

「まぁそうですか!」

ウキウキするキーラを横目に、私はペンを手に取った。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛を知ってしまった君は

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:2,410

ヴィオレットの夢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,573pt お気に入り:1,566

【短編・完結】在りし日の面影を

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,848pt お気に入り:68

婚約者はわたしよりも、病弱で可憐な実の妹の方が大事なようです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:875pt お気に入り:9,482

王妃の手習い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,345pt お気に入り:3,061

敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

BL / 連載中 24h.ポイント:6,320pt お気に入り:225

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:5,053

悪役令嬢の大きな勘違い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:103

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:262

呪術師フィオナの冷酷な結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,890pt お気に入り:55

処理中です...