大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。

airria

文字の大きさ
118 / 165

不穏

しおりを挟む
雨が降っていた。

ただでさえ不快なこの状況を、ますます陰鬱とさせる雨だ。

タン タン タン  
タン タタン タン

重苦しい空気に支配された部屋に、どこかから雨垂れの音がする。

概ね規則的なその音の中に、この間、王宮でレイリアと踊ったワルツのリズムを見つけて、自然と耳が音を追い始める。

あのワルツでレイリアと初めて夜会でダンスした。

1曲踊ったら、マルグリット侯爵夫人が俺にダンスを求めてきて・・夫人を断るわけにもいかず、結局レイリアをディフィート卿に明け渡す羽目になったのだ。

「騙し討ちみたいな真似してごめんなさいね。ディフィートが、どうしてもレイリアさんと踊りたいって言うものだから—」

可笑しそうにそう話す侯爵夫人に、俺はきっと渋顔になっていたことだろう。

そこまで思い返したところで、書面に目を通し終わった男が顔を上げた。

「事情は、わかりました。」

手に持った書面をテーブルの上に雑に置くと、ボートウェル子爵は腕を組んだ。

「しかし、私の娘が、ですか?娘には望むものを寛容に与えてきたつもりです。それなのに人様の婚約者を奪う?・・・あのがそんな大胆な真似をするものか、私はどうにも信じられんのですよ。」

「信じるか信じないかではなく、そこに書いてあることが事実だ。」

子爵は俺の言い分をきれいに無視した。

「・・それにこの誓約事項、お2人への接近禁止、ですか?そうなると、娘の行動や社交は大きく制限されます。年若い娘の将来にも大きく影響が・・」

子爵の言葉に被せて、父であるガーナー伯爵の朗々とした声が響く。

「それは我々の知ったことではない。もしこれで不服というのであれば、サインしなくても構わない。国に報告させてもらうだけだ。」

子爵はグッと奥歯を噛んで、睨みつけるような視線を寄越したが、騎士である父が物怖じする様子はなかった。

「・・そこまで仰るならサインしましょう。」

殴り書きでサインし、書き終えると乱暴にペンをおく。

「これでよろしいでしょう。商談がありますのでお引き取り願えますか、ガーナー伯爵」

「結構だ。それでは。」



ボートウェル子爵家の玄関を出る。

雨は小降りになっていた。

待たせていた馬車に向かって、前を歩む父の背中は広い。

御者が開けたドアから、馬車の中に乗り込み、向かい合って座る。

「父さん」

「なんだ」

「この度は、申し訳ありませんでした。」

「・・・アマンド。こう言われるのは不本意だろうが、これはお前のミスだぞ。」

「いや、その通りです。俺の不徳の致すところだと思っています。」

「・・ディセンシア家には報告がてら、私からも詫びを入れておこう。」

「はい、ありがとうございます」








窓にかじりついて、馬車に乗り込むガーナー伯爵とその令息を見つめていたボートウェル子爵令嬢は、馬車の出発と共に笑みを深めて応接室に急いだ。

(やっと・・やっとだわ!)

気がはやり、ノックもそこそこにドアを開ける。

「お父様!」

期待に満ちた表情を浮かべる娘は、テーブルに置かれた書面にばかり目が行き、父の表情に気づかない。

「お父様、私、お受けするわ!私の方がアマンド様をずっとお慕いしていたんですもの!」

婚約取り交わしの書面だと早とちりした娘が嬉々として発するその言葉は、ボートウェル子爵の導火線に火をつけた。

「このっ・・大馬鹿者がっ!!」

怒鳴り声に、メイベルの肩が揺れる。

子爵はテーブルの書類を掴んで、力任せにメイベルに投げつけた。

「読め!それをよく読んでみろ!」

父の剣幕にたじろぎながら、書類を拾って目を通したメイベルはそこに書いてある接触禁止の文字を認め、顔色を無くした。

「よりにもよって騎士団と面倒を起こすなど・・・!」

「こんな・・こんなの、何かの間違いだわ」

「おい待て!どこに行く!」

身を翻して退室しようとするメイベルは父を振り返った。

「私・・私、レイリアに謝ってきます!謝れば、レイリアはきっと許してくれるもの!」

「ならん!もう署名した!今後近づくことはまかりならん!」

「嫌よ!絶対に嫌!」

「待てメイベル!誰か止めろ!」

半狂乱になって外に出ようとするメイベルは、使用人たちに取り押さえられながら悲鳴を上げた。

「おねがい会わせて!レイリアに会わせて!レイリアがいないと私・・私・・!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた

今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。 二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。 ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。 その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。 が、彼女の前に再びアレクが現れる。 どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

「ばっかじゃないの」とつぶやいた

吉田ルネ
恋愛
少々貞操観念のバグったイケメン夫がやらかした

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

処理中です...