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秋
不穏
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雨が降っていた。
ただでさえ不快なこの状況を、ますます陰鬱とさせる雨だ。
タン タン タン
タン タタン タン
重苦しい空気に支配された部屋に、どこかから雨垂れの音がする。
概ね規則的なその音の中に、この間、王宮でレイリアと踊ったワルツのリズムを見つけて、自然と耳が音を追い始める。
あのワルツでレイリアと初めて夜会でダンスした。
1曲踊ったら、マルグリット侯爵夫人が俺にダンスを求めてきて・・夫人を断るわけにもいかず、結局レイリアをディフィート卿に明け渡す羽目になったのだ。
「騙し討ちみたいな真似してごめんなさいね。ディフィートが、どうしてもレイリアさんと踊りたいって言うものだから—」
可笑しそうにそう話す侯爵夫人に、俺はきっと渋顔になっていたことだろう。
そこまで思い返したところで、書面に目を通し終わった男が顔を上げた。
「事情は、わかりました。」
手に持った書面をテーブルの上に雑に置くと、ボートウェル子爵は腕を組んだ。
「しかし、私の娘が、ですか?娘には望むものを寛容に与えてきたつもりです。それなのに人様の婚約者を奪う?・・・あの大人しいのがそんな大胆な真似をするものか、私はどうにも信じられんのですよ。」
「信じるか信じないかではなく、そこに書いてあることが事実だ。」
子爵は俺の言い分をきれいに無視した。
「・・それにこの誓約事項、お2人への接近禁止、ですか?そうなると、娘の行動や社交は大きく制限されます。年若い娘の将来にも大きく影響が・・」
子爵の言葉に被せて、父であるガーナー伯爵の朗々とした声が響く。
「それは我々の知ったことではない。もしこれで不服というのであれば、サインしなくても構わない。国に報告させてもらうだけだ。」
子爵はグッと奥歯を噛んで、睨みつけるような視線を寄越したが、騎士である父が物怖じする様子はなかった。
「・・そこまで仰るならサインしましょう。」
殴り書きでサインし、書き終えると乱暴にペンをおく。
「これでよろしいでしょう。商談がありますのでお引き取り願えますか、ガーナー伯爵」
「結構だ。それでは。」
ボートウェル子爵家の玄関を出る。
雨は小降りになっていた。
待たせていた馬車に向かって、前を歩む父の背中は広い。
御者が開けたドアから、馬車の中に乗り込み、向かい合って座る。
「父さん」
「なんだ」
「この度は、申し訳ありませんでした。」
「・・・アマンド。こう言われるのは不本意だろうが、これはお前のミスだぞ。」
「いや、その通りです。俺の不徳の致すところだと思っています。」
「・・ディセンシア家には報告がてら、私からも詫びを入れておこう。」
「はい、ありがとうございます」
窓にかじりついて、馬車に乗り込むガーナー伯爵とその令息を見つめていたボートウェル子爵令嬢は、馬車の出発と共に笑みを深めて応接室に急いだ。
(やっと・・やっとだわ!)
気がはやり、ノックもそこそこにドアを開ける。
「お父様!」
期待に満ちた表情を浮かべる娘は、テーブルに置かれた書面にばかり目が行き、父の表情に気づかない。
「お父様、私、お受けするわ!私の方がアマンド様をずっとお慕いしていたんですもの!」
婚約取り交わしの書面だと早とちりした娘が嬉々として発するその言葉は、ボートウェル子爵の導火線に火をつけた。
「このっ・・大馬鹿者がっ!!」
怒鳴り声に、メイベルの肩が揺れる。
子爵はテーブルの書類を掴んで、力任せにメイベルに投げつけた。
「読め!それをよく読んでみろ!」
父の剣幕にたじろぎながら、書類を拾って目を通したメイベルはそこに書いてある接触禁止の文字を認め、顔色を無くした。
「よりにもよって騎士団と面倒を起こすなど・・・!」
「こんな・・こんなの、何かの間違いだわ」
「おい待て!どこに行く!」
身を翻して退室しようとするメイベルは父を振り返った。
「私・・私、レイリアに謝ってきます!謝れば、レイリアはきっと許してくれるもの!」
「ならん!もう署名した!今後近づくことはまかりならん!」
「嫌よ!絶対に嫌!」
「待てメイベル!誰か止めろ!」
半狂乱になって外に出ようとするメイベルは、使用人たちに取り押さえられながら悲鳴を上げた。
「おねがい会わせて!レイリアに会わせて!レイリアがいないと私・・私・・!」
ただでさえ不快なこの状況を、ますます陰鬱とさせる雨だ。
タン タン タン
タン タタン タン
重苦しい空気に支配された部屋に、どこかから雨垂れの音がする。
概ね規則的なその音の中に、この間、王宮でレイリアと踊ったワルツのリズムを見つけて、自然と耳が音を追い始める。
あのワルツでレイリアと初めて夜会でダンスした。
1曲踊ったら、マルグリット侯爵夫人が俺にダンスを求めてきて・・夫人を断るわけにもいかず、結局レイリアをディフィート卿に明け渡す羽目になったのだ。
「騙し討ちみたいな真似してごめんなさいね。ディフィートが、どうしてもレイリアさんと踊りたいって言うものだから—」
可笑しそうにそう話す侯爵夫人に、俺はきっと渋顔になっていたことだろう。
そこまで思い返したところで、書面に目を通し終わった男が顔を上げた。
「事情は、わかりました。」
手に持った書面をテーブルの上に雑に置くと、ボートウェル子爵は腕を組んだ。
「しかし、私の娘が、ですか?娘には望むものを寛容に与えてきたつもりです。それなのに人様の婚約者を奪う?・・・あの大人しいのがそんな大胆な真似をするものか、私はどうにも信じられんのですよ。」
「信じるか信じないかではなく、そこに書いてあることが事実だ。」
子爵は俺の言い分をきれいに無視した。
「・・それにこの誓約事項、お2人への接近禁止、ですか?そうなると、娘の行動や社交は大きく制限されます。年若い娘の将来にも大きく影響が・・」
子爵の言葉に被せて、父であるガーナー伯爵の朗々とした声が響く。
「それは我々の知ったことではない。もしこれで不服というのであれば、サインしなくても構わない。国に報告させてもらうだけだ。」
子爵はグッと奥歯を噛んで、睨みつけるような視線を寄越したが、騎士である父が物怖じする様子はなかった。
「・・そこまで仰るならサインしましょう。」
殴り書きでサインし、書き終えると乱暴にペンをおく。
「これでよろしいでしょう。商談がありますのでお引き取り願えますか、ガーナー伯爵」
「結構だ。それでは。」
ボートウェル子爵家の玄関を出る。
雨は小降りになっていた。
待たせていた馬車に向かって、前を歩む父の背中は広い。
御者が開けたドアから、馬車の中に乗り込み、向かい合って座る。
「父さん」
「なんだ」
「この度は、申し訳ありませんでした。」
「・・・アマンド。こう言われるのは不本意だろうが、これはお前のミスだぞ。」
「いや、その通りです。俺の不徳の致すところだと思っています。」
「・・ディセンシア家には報告がてら、私からも詫びを入れておこう。」
「はい、ありがとうございます」
窓にかじりついて、馬車に乗り込むガーナー伯爵とその令息を見つめていたボートウェル子爵令嬢は、馬車の出発と共に笑みを深めて応接室に急いだ。
(やっと・・やっとだわ!)
気がはやり、ノックもそこそこにドアを開ける。
「お父様!」
期待に満ちた表情を浮かべる娘は、テーブルに置かれた書面にばかり目が行き、父の表情に気づかない。
「お父様、私、お受けするわ!私の方がアマンド様をずっとお慕いしていたんですもの!」
婚約取り交わしの書面だと早とちりした娘が嬉々として発するその言葉は、ボートウェル子爵の導火線に火をつけた。
「このっ・・大馬鹿者がっ!!」
怒鳴り声に、メイベルの肩が揺れる。
子爵はテーブルの書類を掴んで、力任せにメイベルに投げつけた。
「読め!それをよく読んでみろ!」
父の剣幕にたじろぎながら、書類を拾って目を通したメイベルはそこに書いてある接触禁止の文字を認め、顔色を無くした。
「よりにもよって騎士団と面倒を起こすなど・・・!」
「こんな・・こんなの、何かの間違いだわ」
「おい待て!どこに行く!」
身を翻して退室しようとするメイベルは父を振り返った。
「私・・私、レイリアに謝ってきます!謝れば、レイリアはきっと許してくれるもの!」
「ならん!もう署名した!今後近づくことはまかりならん!」
「嫌よ!絶対に嫌!」
「待てメイベル!誰か止めろ!」
半狂乱になって外に出ようとするメイベルは、使用人たちに取り押さえられながら悲鳴を上げた。
「おねがい会わせて!レイリアに会わせて!レイリアがいないと私・・私・・!」
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