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春
職場を訪ねて
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よし。
私は気合いを入れた。
馬車が並んで2台は通れそうな、広く大きな門。
掲げられた、『バルト王国 シーリーウッド騎士団』の金の文字。
塀の向こうからは、訓練でもしているのか、野太い掛け声が聞こえる。
私は今、アマンド様の所属する騎士団の、本拠地に来ている。
教会バザーの翌日。
私はある結論にたどり着いた。
メイベルから聞いた、1つの事実。
メイベルは、日曜に「アマンド様に会った」と言っていた。
港で積荷の警備をしていたとも言っていたから、彼が仕事だったのは間違いないだろう。
その後なのか、途中なのか、何れにしても、2人は一緒に会っている。
アマンド様が義務感の塊であることを忘れて、まるで恋をしてしまったかのような心地になってしまっていたけれど、これは私の認識を改めるのに十分な事実だ。
彼の方は、仕事のせいでお茶会が開けない事態への責任と、礼儀を重んじて、わざわざ知らせに来てくれたのだ。
もしかしたらメイベルに会う罪悪感もあったのかもしれない。
意識してるのは自分だけだった。
そう結論付けると、なんだか、全て馬鹿らしくなった。
もう早いとこ、嫌われて婚約解消してもらおう。
アマンド様の仕事や都合に遠慮しすぎていて、中途半端な我儘になってしまっていた、というこれまでの反省点を生かそう。
クラブでご令嬢方が目を輝かせながら話す恋愛話を思い返す。
もう難しいこと考えっこなしで、ああいう憧れエピソードを要求すればいいんじゃない?
とあれば、早速実行だ。
騎士団に来たのは初めてだ。
馬車の車窓から眺めた時には感じなかったが、こうして門の前に立ってみると威圧感がすごい。
私は護衛のケルヒーを振り返った。
「ほら、ここまで来てもらえればもう大丈夫。馬車に戻ってくれる?」
「お嬢様、ガーナー様がいらっしゃるまでは控えさせてもらえませんか?」
「ケルヒー、言ったでしょう?アマンド様とはここでお約束しているの。それにここは騎士団よ?騎士団の前でわざわざ捕まるような真似をするお馬鹿さんがいると思う?」
「しかし・・」
「ほらほら、馬車に戻って。」
ケルヒーを追い払うための嘘で、もちろん彼と約束などしていない
アマンド様に乙女な要求をする自分を、知り合いの誰1人にも見せたくない。
恥ずかしすぎる。
だから今日は、キーラにもお留守番してもらったのだ。
「男性と2人でいると、アマンド様が嫌がるのよ」
さらに嘘を重ねる私だが、ケルヒーは納得したようだ。
「なるほど・・わかりました。ではアマンド様がいらっしゃるまで、馬車から見守らせていただきます。」
私は目線で、素早く馬車の位置を確認した。
馬車は大通り沿いに停めてある。
近場ではあるけれど、人通りも多いし、あの位置からなら、私とアマンド様とのやりとりは聞こえないだろう。
「それでいいわ」
「何かあればすぐに合図してくださいね」
「ええ!」
ケルヒーが馬車に戻ったのを確認して、意を決して、門番の詰所に声をかける。
「あの…すみません!」
「はい、何でしょう?」
小さな窓には、目つきは鋭いが物腰が柔らかな門番さんがいた。
「アマンド ガーナー士官に取り継いでいただきたいのですが」
門番さんはじっと私を見た。
えっと…あれ?
士官だったはずだけど、私間違えた?
「可愛いお嬢さん、お名前は?」
名乗るの忘れてた!
「すみません!レイリア ディセンシアと申します!」
レイリア…ディセンシア…?と門番さんは呟き、ニッコリ笑って、少しお待ちくださいね、と詰所に引っ込んだ。
ま、まずったかな…
本当は、婚約者の、と名乗った方が良かったんだろうけど、婚約解消する予定だし、今までそう名乗るような機会もなくて、気恥ずかしかった。
お供を連れていないのも、伯爵令嬢っぽく見えず良くなかったかもしれない。
せっかく来たのに、取り継いでもらえなかったりして…
ジワっと不安が押し寄せ、思わず門の中に彼の姿がないか、探してしまう。
門の中にいたのは、黒くてピンと耳の立った大きな犬を連れた騎士達だ。
あれが、騎士団の犬なのだろう。
騎士団見習いを始めた頃のアマンド様から聞いたことがある。
騎士団には人や物の捜索に役立つ犬が何頭もいて、とても賢いのだと。
その時、詰所からワラワラと人が出てきて私を取り囲んだ。
「えー!この子がレイリアちゃん?」
「めっちゃ可愛いじゃん!」
「実在したのか…」
「幻獣並の貴重さだぞ!」
私よりも頭ひとつ分、背の高い騎士たちが口々に何か言っている。
こんなに男の人に囲まれたことはない。
さっきの門番さんが慌てた様子で出てきた。
「おい、そこら辺にしとけ!怖がってるだろ」
うう…助けて門番さん…思わず涙目になってしまった。
「すまないね。君、アマンドの婚約者だろう?皆、興味津々でね」
なんで?婚約者って…バレてる。
「ア、アマンド様は…?」
「さっき呼びに行かせたから、少し待っててね。あいつモテるからさ、よく取り継いで欲しいって女の子が来るから、身許確認するようにしてるんだけど…こいつらに確認した俺が馬鹿だったよ」
アマンド様、そんなモテるんだ…まあそうかなとは思ってたけど。
取り囲んだ騎士さんが、私の髪を一房、手に取った。
「話には聞いてたけど、本当に髪がオレンジ色なんだね」
「確かに、これなら離れていてもわかるかも」
「あ、あの髪を」
放してください、と言う前に、「よし!」と騎士さんの1人が手を叩く。
「ねえねえ、レイリアちゃん。あいつ来るまで、詰所でお茶しようよー」
「お!いいね!」
「アマンドの居る棟は1番奥だから、どうせ来るまで時間かかるし。」
ほら行こう!と手を取られる。
「え!いえ、皆様のお仕事の邪魔になりますから私のことはお気になさらず…」
「そんな水くさいこと言うのは無しだよー」
「おもてなしも仕事だし!」
そうだそうだ、と笑顔の騎士さんが背をグイグイと押してくる。
手を取られ、背を押され、え?え?と戸惑っている間に、あっという間に目の前に詰所の入り口が現れた。
なんか、入ったらいけない気がする…!
必死に足を踏ん張るのに、全く歯が立たない。
ケルヒーに合図を出す暇もない。
こ、怖い…
やっぱり我儘なんて悪いことしようとしたら、罰がくだるんだ…
涙目で視界が霞み、頭もぼんやりとしてきた。
私は気合いを入れた。
馬車が並んで2台は通れそうな、広く大きな門。
掲げられた、『バルト王国 シーリーウッド騎士団』の金の文字。
塀の向こうからは、訓練でもしているのか、野太い掛け声が聞こえる。
私は今、アマンド様の所属する騎士団の、本拠地に来ている。
教会バザーの翌日。
私はある結論にたどり着いた。
メイベルから聞いた、1つの事実。
メイベルは、日曜に「アマンド様に会った」と言っていた。
港で積荷の警備をしていたとも言っていたから、彼が仕事だったのは間違いないだろう。
その後なのか、途中なのか、何れにしても、2人は一緒に会っている。
アマンド様が義務感の塊であることを忘れて、まるで恋をしてしまったかのような心地になってしまっていたけれど、これは私の認識を改めるのに十分な事実だ。
彼の方は、仕事のせいでお茶会が開けない事態への責任と、礼儀を重んじて、わざわざ知らせに来てくれたのだ。
もしかしたらメイベルに会う罪悪感もあったのかもしれない。
意識してるのは自分だけだった。
そう結論付けると、なんだか、全て馬鹿らしくなった。
もう早いとこ、嫌われて婚約解消してもらおう。
アマンド様の仕事や都合に遠慮しすぎていて、中途半端な我儘になってしまっていた、というこれまでの反省点を生かそう。
クラブでご令嬢方が目を輝かせながら話す恋愛話を思い返す。
もう難しいこと考えっこなしで、ああいう憧れエピソードを要求すればいいんじゃない?
とあれば、早速実行だ。
騎士団に来たのは初めてだ。
馬車の車窓から眺めた時には感じなかったが、こうして門の前に立ってみると威圧感がすごい。
私は護衛のケルヒーを振り返った。
「ほら、ここまで来てもらえればもう大丈夫。馬車に戻ってくれる?」
「お嬢様、ガーナー様がいらっしゃるまでは控えさせてもらえませんか?」
「ケルヒー、言ったでしょう?アマンド様とはここでお約束しているの。それにここは騎士団よ?騎士団の前でわざわざ捕まるような真似をするお馬鹿さんがいると思う?」
「しかし・・」
「ほらほら、馬車に戻って。」
ケルヒーを追い払うための嘘で、もちろん彼と約束などしていない
アマンド様に乙女な要求をする自分を、知り合いの誰1人にも見せたくない。
恥ずかしすぎる。
だから今日は、キーラにもお留守番してもらったのだ。
「男性と2人でいると、アマンド様が嫌がるのよ」
さらに嘘を重ねる私だが、ケルヒーは納得したようだ。
「なるほど・・わかりました。ではアマンド様がいらっしゃるまで、馬車から見守らせていただきます。」
私は目線で、素早く馬車の位置を確認した。
馬車は大通り沿いに停めてある。
近場ではあるけれど、人通りも多いし、あの位置からなら、私とアマンド様とのやりとりは聞こえないだろう。
「それでいいわ」
「何かあればすぐに合図してくださいね」
「ええ!」
ケルヒーが馬車に戻ったのを確認して、意を決して、門番の詰所に声をかける。
「あの…すみません!」
「はい、何でしょう?」
小さな窓には、目つきは鋭いが物腰が柔らかな門番さんがいた。
「アマンド ガーナー士官に取り継いでいただきたいのですが」
門番さんはじっと私を見た。
えっと…あれ?
士官だったはずだけど、私間違えた?
「可愛いお嬢さん、お名前は?」
名乗るの忘れてた!
「すみません!レイリア ディセンシアと申します!」
レイリア…ディセンシア…?と門番さんは呟き、ニッコリ笑って、少しお待ちくださいね、と詰所に引っ込んだ。
ま、まずったかな…
本当は、婚約者の、と名乗った方が良かったんだろうけど、婚約解消する予定だし、今までそう名乗るような機会もなくて、気恥ずかしかった。
お供を連れていないのも、伯爵令嬢っぽく見えず良くなかったかもしれない。
せっかく来たのに、取り継いでもらえなかったりして…
ジワっと不安が押し寄せ、思わず門の中に彼の姿がないか、探してしまう。
門の中にいたのは、黒くてピンと耳の立った大きな犬を連れた騎士達だ。
あれが、騎士団の犬なのだろう。
騎士団見習いを始めた頃のアマンド様から聞いたことがある。
騎士団には人や物の捜索に役立つ犬が何頭もいて、とても賢いのだと。
その時、詰所からワラワラと人が出てきて私を取り囲んだ。
「えー!この子がレイリアちゃん?」
「めっちゃ可愛いじゃん!」
「実在したのか…」
「幻獣並の貴重さだぞ!」
私よりも頭ひとつ分、背の高い騎士たちが口々に何か言っている。
こんなに男の人に囲まれたことはない。
さっきの門番さんが慌てた様子で出てきた。
「おい、そこら辺にしとけ!怖がってるだろ」
うう…助けて門番さん…思わず涙目になってしまった。
「すまないね。君、アマンドの婚約者だろう?皆、興味津々でね」
なんで?婚約者って…バレてる。
「ア、アマンド様は…?」
「さっき呼びに行かせたから、少し待っててね。あいつモテるからさ、よく取り継いで欲しいって女の子が来るから、身許確認するようにしてるんだけど…こいつらに確認した俺が馬鹿だったよ」
アマンド様、そんなモテるんだ…まあそうかなとは思ってたけど。
取り囲んだ騎士さんが、私の髪を一房、手に取った。
「話には聞いてたけど、本当に髪がオレンジ色なんだね」
「確かに、これなら離れていてもわかるかも」
「あ、あの髪を」
放してください、と言う前に、「よし!」と騎士さんの1人が手を叩く。
「ねえねえ、レイリアちゃん。あいつ来るまで、詰所でお茶しようよー」
「お!いいね!」
「アマンドの居る棟は1番奥だから、どうせ来るまで時間かかるし。」
ほら行こう!と手を取られる。
「え!いえ、皆様のお仕事の邪魔になりますから私のことはお気になさらず…」
「そんな水くさいこと言うのは無しだよー」
「おもてなしも仕事だし!」
そうだそうだ、と笑顔の騎士さんが背をグイグイと押してくる。
手を取られ、背を押され、え?え?と戸惑っている間に、あっという間に目の前に詰所の入り口が現れた。
なんか、入ったらいけない気がする…!
必死に足を踏ん張るのに、全く歯が立たない。
ケルヒーに合図を出す暇もない。
こ、怖い…
やっぱり我儘なんて悪いことしようとしたら、罰がくだるんだ…
涙目で視界が霞み、頭もぼんやりとしてきた。
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