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アフターストーリー
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「こんにちは、ディケンズ先生」
「ああ、こんにちは。調子はどうだね?」
ディケンズ先生の柔和な表情を見ると、いつもホッとする。
「問題なしよ。この子も毎日よく動いてるし。」
先日8ヶ月を迎えたばかりのおなかを撫でた。
「それはよかった。では横になっておくれ。」
診察の後、ディケンズ先生から「順調」と言われて笑みが溢れた。
「そう言えば、鴨の親子は見れたかい?」
「いいえ。この後、見に行くの。」
ディケンズ先生が目を細める。
「そうか。ではまた来週。気をつけて行っておいで。」
診療所を出ると、出てすぐの所で待っていたジェイド様に手を取られた。
彼は容姿が目立つから、できれば馬車で待っていて欲しいのに、いつもここまで迎えに来てしまう。
「順調ですって」
私のひと言に、彼がホッと息を吐く。
「ね、ジェイド様、だからいいでしょう?」
彼の手を引いて、私はご機嫌に歩き出した。
「ロゼッタ、もう少しゆっくり」
「ゆっくりなんてしてられないわ。だってあと・・大変!あと1時間10分しかない!」
時間さえ守れば部屋から出てもいいと提案したのは、彼の方からだった。
まさかそんなことを言われるとは思わなくて驚いた私に、彼はそっぽを向きながら理由をこう語った。
「君をずっと閉じ込めておいたら僕は安心だけど・・おなかの子に悪い影響が出ても困る。」
最初のうちは、1日のうち15分だけ。
私にも子どもにも問題なさそうか確認しながら、徐々に時間は増えていき、今は1日2時間までは部屋の外に出られるようになった。
もちろん、体調は頗る良い。
彼と一緒なら外出もできるようになって、私はディケンズ先生の診療所で診察を受けるようになった。
「ほら、あの池だわ」
小さな橋まで歩いて行って、橋の上から下をのぞくと、慌てたようなジェイド様に後ろから抱きしめられた。
「危ないよ、ロゼッタ」
彼は私を子どもか何かと思っているんじゃないかと時々疑いたくなる。
池には何羽もの鴨が気持ちよさそうにぷかぷか浮いていた。
目を凝らしながら親子を探す。
「ロゼッタ。そんな身を乗り出さないで」
「だって居ないんですもの。ジェイド様も探してください」
おかしい。
鴨の親子がいるはずなのに。
子鴨が小さすぎて、私が認識できないだけ?
目を皿のようにして、池を眺め回す。
今日を逃したら、また来週まで待たなければならない。
「どうしましょう、見つからないわ」
あまりにも見つからないので逆に心配になってきた。
「ふ・・ふふ。いたよ、ロゼッタ」
「え、どこですか??どの辺り?」
さらに身を乗り出そうとする私をグッと引き戻して、彼が耳元で囁いた。
「僕の後ろ。」
「・・え?」
促され、体を軽く捻り振り返る。
ジェイド様のすぐ後ろを、鴨の親子がポテポテと歩いていた。
一列になった子鴨が、時折よろけながら、必死に親鴨に着いて行く。
「はぅ・・」
あまりの可愛さに口を押さえた。
私たちのいる橋の途中までやってくると、親鴨は橋から池に向かって飛び込んだ。
子鴨達は親鴨の飛んだ位置でウロウロとした後、躊躇しながらも次々と池に飛び込んでいく。
最後の一羽まで池に着水すると、家族揃って池の向こうまで泳いで行った。
胸がいっぱいで、ただただ鴨の親子を目で追った。
ジェイド様が私の手に指を絡め、その手でお腹を撫でる。
「この子の名前を考えたんだ。」
静かに告げられ、彼を見上げた。
名付けは彼に任せていたけれど、生まれる前から考えてくれるとは思わなかった。
「フィネル。男の子でも女の子でもいいように。」
フィネル、と呟いて私はふわりと笑った。
「由来は、エルフィンね?」
「そう、それと・・もう1つ。メレク語で、"イネル"は"願い"という意味だから。」
「素敵な名前だわ」
願いーー私も、彼と同じ気持ちだ。
ふと、伝えたくなって彼の名を呼んだ。
「ジェイド様」
「うん?」
「私、とっても幸せよ?」
一瞬、彼がくしゃりと顔を歪めたように見えた。
すぐに抱き込まれてしまったから、定かではないけど。
「ジェイド様?」
「僕も幸せだ」
彼の声は少し震えているように聞こえた。
「この子を幸せにしよう。僕と君とで。」
私は微笑んで、目を閉じた。
「ええ。あなたと私で。」
Fin
**:**:**:**:**:**:**:**:**:**:**:**:**:**:**
お読みいただきありがとうございました。
「ああ、こんにちは。調子はどうだね?」
ディケンズ先生の柔和な表情を見ると、いつもホッとする。
「問題なしよ。この子も毎日よく動いてるし。」
先日8ヶ月を迎えたばかりのおなかを撫でた。
「それはよかった。では横になっておくれ。」
診察の後、ディケンズ先生から「順調」と言われて笑みが溢れた。
「そう言えば、鴨の親子は見れたかい?」
「いいえ。この後、見に行くの。」
ディケンズ先生が目を細める。
「そうか。ではまた来週。気をつけて行っておいで。」
診療所を出ると、出てすぐの所で待っていたジェイド様に手を取られた。
彼は容姿が目立つから、できれば馬車で待っていて欲しいのに、いつもここまで迎えに来てしまう。
「順調ですって」
私のひと言に、彼がホッと息を吐く。
「ね、ジェイド様、だからいいでしょう?」
彼の手を引いて、私はご機嫌に歩き出した。
「ロゼッタ、もう少しゆっくり」
「ゆっくりなんてしてられないわ。だってあと・・大変!あと1時間10分しかない!」
時間さえ守れば部屋から出てもいいと提案したのは、彼の方からだった。
まさかそんなことを言われるとは思わなくて驚いた私に、彼はそっぽを向きながら理由をこう語った。
「君をずっと閉じ込めておいたら僕は安心だけど・・おなかの子に悪い影響が出ても困る。」
最初のうちは、1日のうち15分だけ。
私にも子どもにも問題なさそうか確認しながら、徐々に時間は増えていき、今は1日2時間までは部屋の外に出られるようになった。
もちろん、体調は頗る良い。
彼と一緒なら外出もできるようになって、私はディケンズ先生の診療所で診察を受けるようになった。
「ほら、あの池だわ」
小さな橋まで歩いて行って、橋の上から下をのぞくと、慌てたようなジェイド様に後ろから抱きしめられた。
「危ないよ、ロゼッタ」
彼は私を子どもか何かと思っているんじゃないかと時々疑いたくなる。
池には何羽もの鴨が気持ちよさそうにぷかぷか浮いていた。
目を凝らしながら親子を探す。
「ロゼッタ。そんな身を乗り出さないで」
「だって居ないんですもの。ジェイド様も探してください」
おかしい。
鴨の親子がいるはずなのに。
子鴨が小さすぎて、私が認識できないだけ?
目を皿のようにして、池を眺め回す。
今日を逃したら、また来週まで待たなければならない。
「どうしましょう、見つからないわ」
あまりにも見つからないので逆に心配になってきた。
「ふ・・ふふ。いたよ、ロゼッタ」
「え、どこですか??どの辺り?」
さらに身を乗り出そうとする私をグッと引き戻して、彼が耳元で囁いた。
「僕の後ろ。」
「・・え?」
促され、体を軽く捻り振り返る。
ジェイド様のすぐ後ろを、鴨の親子がポテポテと歩いていた。
一列になった子鴨が、時折よろけながら、必死に親鴨に着いて行く。
「はぅ・・」
あまりの可愛さに口を押さえた。
私たちのいる橋の途中までやってくると、親鴨は橋から池に向かって飛び込んだ。
子鴨達は親鴨の飛んだ位置でウロウロとした後、躊躇しながらも次々と池に飛び込んでいく。
最後の一羽まで池に着水すると、家族揃って池の向こうまで泳いで行った。
胸がいっぱいで、ただただ鴨の親子を目で追った。
ジェイド様が私の手に指を絡め、その手でお腹を撫でる。
「この子の名前を考えたんだ。」
静かに告げられ、彼を見上げた。
名付けは彼に任せていたけれど、生まれる前から考えてくれるとは思わなかった。
「フィネル。男の子でも女の子でもいいように。」
フィネル、と呟いて私はふわりと笑った。
「由来は、エルフィンね?」
「そう、それと・・もう1つ。メレク語で、"イネル"は"願い"という意味だから。」
「素敵な名前だわ」
願いーー私も、彼と同じ気持ちだ。
ふと、伝えたくなって彼の名を呼んだ。
「ジェイド様」
「うん?」
「私、とっても幸せよ?」
一瞬、彼がくしゃりと顔を歪めたように見えた。
すぐに抱き込まれてしまったから、定かではないけど。
「ジェイド様?」
「僕も幸せだ」
彼の声は少し震えているように聞こえた。
「この子を幸せにしよう。僕と君とで。」
私は微笑んで、目を閉じた。
「ええ。あなたと私で。」
Fin
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