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アフターストーリー
7 side J
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「旦那様、これを」
家令に呼び止められて、渡された手紙はロゼッタ宛だった。
ロゼッタを連れ戻して半年ほどは、彼女宛の茶会の誘いやパーティの招待状がひっきりなしに届いていたが、最近ではめっきり見なくなっていた。
差出人欄を見て眉を顰める。
「大公が・・?」
中を開いて見ると、久しぶりに会いたくなったので来週の金曜に訪問したい、と書いてある。
大公が・・なぜロゼッタと・・
「いかがいたしましょうか」
家令に手紙を渡し、承諾する返事を出すよう命じる。
翌週の木曜は、北方にあるメルク地方
に行く用事があったが、日帰りで戻れるはずだ。
「当日は僕が対応する。」
「お嬢様には・・」
「知らせるな。」
翌週木曜の早朝にメルクへ発ち、古代遺跡の結界を張り直す。
網の目のように精緻な結界は、15人ほどの魔法使いが協働して行う。
前回張り直した時の経験者ばかりだったこともあり、作業は昼過ぎには終了した。
いつもならすぐに王都に帰るのに、その日は寄りたいところがあった。
部下を王都に戻し、1人東へ向かう。
その村の存在は前から知っていたが、訪れるのは初めてだった。
メルク地方の東側、山の中腹に位置する小さな村、イプサーク。
主な産業は製薬。
この地に生えるディリーの実を原料に、避妊薬を作っている。
人里離れた山の中にあるにも関わらず、村の中心部は石畳になっていて、この村の豊かさが見てとれた。
「これはこれは・・!まさか筆頭魔法使い様がいらっしゃるとは!」
名を名乗り案内を頼むと、すこし待たされた後、村の長が現れた。
中年のその男は、急に現れた僕の訪問の理由が気になるらしく、緊張した面持ちだった。
「その・・本日は何故こちらに??」
「・・・研究のためだ」
「研究・・?」
「ディリーの実が魔獣対策に有効か調べている。」
「そうですか・・なるほど!そうですか!」
あまりよくわかっていない様子で、村の長は何度も頷いた。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
最初に案内されたのは、倉庫だった。
そこには干してカラカラになったディリーの実が山とある。
「夏の間に収穫して、干して保存しています。」
村の長がひとつ手に取りこちらに寄越す。
「干すと一回り位、小さくなりますが、元はオリーブ位の大きさです」
「なるほど、青いな・・」
その紫がかった青色は、まさしくあの薬の色だった。
「この村ではディリーの実と言えばその色ですよ。他所から来た人は皆驚きますが。」
ディリーの木は、国中のどこにでも自生する低木だ。
その実は通常、紫がかった赤色をしている。
このイプサーク村に自生するディリーだけが青い実をつけ、高い避妊効果を持つ。
赤いディリーの実にはそんな効能はなく、食用として専らジャムなどに加工される。
考えてみれば不思議な話だ。
何故この村にだけ、このような亜種のディリーが自生しているのか。
製薬の工程は単純で、乾燥した実をすり潰して計量し、賦形剤を入れ固形化する。
「以上が工程となります。ご質問があれば、何なりと。」
「この薬を飲めば、妊娠する確率はほぼ0だとそう聞いたが。」
「ええ、形式上、ほぼ0と謳っていますが、実際は正しく飲んでさえいれば、避妊の効果は確実です。」
「正しく内服していたにも関わらず妊娠した者は、過去に1人もいなかったと?」
「ええ。内服していたのに妊娠した、と言う者も居るにはいますが、そう言うのに限って、使用方法を聞くと明らかに間違えているので。」
念のため、彼に使用方法を聞くが、僕の認識と相違なかった。
(正しく内服していたはずだ・・それなのに、なぜ)
何より確実な避妊法だからこそ、この薬は高価で、流通も規制されている。
考えこむ僕の様子に、村の長がそわそわし始める。
「あの・・何かございますか?」
「誰か、他にいないか?ディリーの実について詳しい者が」
「ええと、そうですね。でしたら、守主の所へご案内します。」
"守主"の家は村の外にあると言う。
長の案内で30分ほど歩くと、木々の間に、
小さな民家が見えてきた。
さらに近づくと、家のすぐそばに、目を見張るほど大きなディリーの木が生えている。
「立派でしょう。ディリーの原木です。この村のディリーは全て、この木から挿し木したものなんですよ。樹齢300年から400年といったところですかな。」
「・・この木が始まりなのか?」
「ええ。元々はこの村のディリーの実は全て赤かったんですが、200年くらい前にこれが青い実をつけ始めて・・青の実は珍しいってんで村の者が増やしていったのが始まりです。さ、こちらへどうぞ。おーい、ばあちゃん!上がるぞ!お客だ!」
簡素なつくりの家に入り、返事も聞かずに長が居間らしき部屋に入っていくと、奥のロッキングチェアに、老婆がポツンと座っていた。
「ばあちゃん、こちら筆頭魔法使い様だ!偉い人!セルジュグのディリーについて知りてぇんだってよ!」
「そぅかぁ」
村長が僕に向き直る。
「ここの家系は代々あの木の守人をしていて、今の守人はこのばあさんです。さ、どうぞ。すぐ戻るので、座ってお待ちください」
老婆の前に置いてあった空のピッチャーを取ると、村長は外に出ていった。
残された老婆と僕の間に奇妙な沈黙が降りる。
椅子を引き、老婆の目の前に座る。
落ち窪んだ眼窩の奥から、水色の瞳がのぞいていた。
老婆の生きた分だけ人生を映してきたはずのその瞳に濁りはなく、生まれたてのように澄んで見える。
「もし、知っていたら教えて欲しい。この村のディリーの実を食べても尚、子を成した話を聞いたことはないか?」
この老婆ならばあるいは、という期待があったが、彼女は黙ったまま、首を横に振った。
「本当に、確かか?」
「あの実を食べたら、出来るわけねえ」
「だが・・」
そう言ったきり、言葉に詰まった。
(ここで言い募ったところで、何になる・・)
自分が情けなく思えて、僕は額に手を当てた。
わざわざこの村に来たのは、みっともなく足掻くためでも、恨み言を言うためでもない。
ただ、知りたかった。
「・・ちゃんと、飲ませてたんだ」
どうして。
なぜ。
そんな問いを繰り返して来た。
「一度だって飲み忘れたりなんてしていない・・」
それなのに、ロゼッタのお腹は膨らんで、もうすぐ安定期を迎える。
ロゼッタと僕の子どもの誕生が、本当に、現実になるのかもしれない。
そうなったら、僕は・・
僕は、どうしたらいい?
「なのに何故、僕の子ができたんだ・・」
僕が父親になるなんて、許されないのに。
家令に呼び止められて、渡された手紙はロゼッタ宛だった。
ロゼッタを連れ戻して半年ほどは、彼女宛の茶会の誘いやパーティの招待状がひっきりなしに届いていたが、最近ではめっきり見なくなっていた。
差出人欄を見て眉を顰める。
「大公が・・?」
中を開いて見ると、久しぶりに会いたくなったので来週の金曜に訪問したい、と書いてある。
大公が・・なぜロゼッタと・・
「いかがいたしましょうか」
家令に手紙を渡し、承諾する返事を出すよう命じる。
翌週の木曜は、北方にあるメルク地方
に行く用事があったが、日帰りで戻れるはずだ。
「当日は僕が対応する。」
「お嬢様には・・」
「知らせるな。」
翌週木曜の早朝にメルクへ発ち、古代遺跡の結界を張り直す。
網の目のように精緻な結界は、15人ほどの魔法使いが協働して行う。
前回張り直した時の経験者ばかりだったこともあり、作業は昼過ぎには終了した。
いつもならすぐに王都に帰るのに、その日は寄りたいところがあった。
部下を王都に戻し、1人東へ向かう。
その村の存在は前から知っていたが、訪れるのは初めてだった。
メルク地方の東側、山の中腹に位置する小さな村、イプサーク。
主な産業は製薬。
この地に生えるディリーの実を原料に、避妊薬を作っている。
人里離れた山の中にあるにも関わらず、村の中心部は石畳になっていて、この村の豊かさが見てとれた。
「これはこれは・・!まさか筆頭魔法使い様がいらっしゃるとは!」
名を名乗り案内を頼むと、すこし待たされた後、村の長が現れた。
中年のその男は、急に現れた僕の訪問の理由が気になるらしく、緊張した面持ちだった。
「その・・本日は何故こちらに??」
「・・・研究のためだ」
「研究・・?」
「ディリーの実が魔獣対策に有効か調べている。」
「そうですか・・なるほど!そうですか!」
あまりよくわかっていない様子で、村の長は何度も頷いた。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
最初に案内されたのは、倉庫だった。
そこには干してカラカラになったディリーの実が山とある。
「夏の間に収穫して、干して保存しています。」
村の長がひとつ手に取りこちらに寄越す。
「干すと一回り位、小さくなりますが、元はオリーブ位の大きさです」
「なるほど、青いな・・」
その紫がかった青色は、まさしくあの薬の色だった。
「この村ではディリーの実と言えばその色ですよ。他所から来た人は皆驚きますが。」
ディリーの木は、国中のどこにでも自生する低木だ。
その実は通常、紫がかった赤色をしている。
このイプサーク村に自生するディリーだけが青い実をつけ、高い避妊効果を持つ。
赤いディリーの実にはそんな効能はなく、食用として専らジャムなどに加工される。
考えてみれば不思議な話だ。
何故この村にだけ、このような亜種のディリーが自生しているのか。
製薬の工程は単純で、乾燥した実をすり潰して計量し、賦形剤を入れ固形化する。
「以上が工程となります。ご質問があれば、何なりと。」
「この薬を飲めば、妊娠する確率はほぼ0だとそう聞いたが。」
「ええ、形式上、ほぼ0と謳っていますが、実際は正しく飲んでさえいれば、避妊の効果は確実です。」
「正しく内服していたにも関わらず妊娠した者は、過去に1人もいなかったと?」
「ええ。内服していたのに妊娠した、と言う者も居るにはいますが、そう言うのに限って、使用方法を聞くと明らかに間違えているので。」
念のため、彼に使用方法を聞くが、僕の認識と相違なかった。
(正しく内服していたはずだ・・それなのに、なぜ)
何より確実な避妊法だからこそ、この薬は高価で、流通も規制されている。
考えこむ僕の様子に、村の長がそわそわし始める。
「あの・・何かございますか?」
「誰か、他にいないか?ディリーの実について詳しい者が」
「ええと、そうですね。でしたら、守主の所へご案内します。」
"守主"の家は村の外にあると言う。
長の案内で30分ほど歩くと、木々の間に、
小さな民家が見えてきた。
さらに近づくと、家のすぐそばに、目を見張るほど大きなディリーの木が生えている。
「立派でしょう。ディリーの原木です。この村のディリーは全て、この木から挿し木したものなんですよ。樹齢300年から400年といったところですかな。」
「・・この木が始まりなのか?」
「ええ。元々はこの村のディリーの実は全て赤かったんですが、200年くらい前にこれが青い実をつけ始めて・・青の実は珍しいってんで村の者が増やしていったのが始まりです。さ、こちらへどうぞ。おーい、ばあちゃん!上がるぞ!お客だ!」
簡素なつくりの家に入り、返事も聞かずに長が居間らしき部屋に入っていくと、奥のロッキングチェアに、老婆がポツンと座っていた。
「ばあちゃん、こちら筆頭魔法使い様だ!偉い人!セルジュグのディリーについて知りてぇんだってよ!」
「そぅかぁ」
村長が僕に向き直る。
「ここの家系は代々あの木の守人をしていて、今の守人はこのばあさんです。さ、どうぞ。すぐ戻るので、座ってお待ちください」
老婆の前に置いてあった空のピッチャーを取ると、村長は外に出ていった。
残された老婆と僕の間に奇妙な沈黙が降りる。
椅子を引き、老婆の目の前に座る。
落ち窪んだ眼窩の奥から、水色の瞳がのぞいていた。
老婆の生きた分だけ人生を映してきたはずのその瞳に濁りはなく、生まれたてのように澄んで見える。
「もし、知っていたら教えて欲しい。この村のディリーの実を食べても尚、子を成した話を聞いたことはないか?」
この老婆ならばあるいは、という期待があったが、彼女は黙ったまま、首を横に振った。
「本当に、確かか?」
「あの実を食べたら、出来るわけねえ」
「だが・・」
そう言ったきり、言葉に詰まった。
(ここで言い募ったところで、何になる・・)
自分が情けなく思えて、僕は額に手を当てた。
わざわざこの村に来たのは、みっともなく足掻くためでも、恨み言を言うためでもない。
ただ、知りたかった。
「・・ちゃんと、飲ませてたんだ」
どうして。
なぜ。
そんな問いを繰り返して来た。
「一度だって飲み忘れたりなんてしていない・・」
それなのに、ロゼッタのお腹は膨らんで、もうすぐ安定期を迎える。
ロゼッタと僕の子どもの誕生が、本当に、現実になるのかもしれない。
そうなったら、僕は・・
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「なのに何故、僕の子ができたんだ・・」
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