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アフターストーリー
6 side J
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帰宅して、真っ直ぐにロゼッタの部屋に向かう。
「お帰りなさい」
出迎えたロゼッタを抱きしめて、胸いっぱいに彼女の匂いを吸い込む。
ロゼッタのおなかは、胸下で切り替えのあるドレス姿だとわかりにくいが、抱きしめると意識できるほどに膨らんできた。
「ディケンズ先生が今日診察にいらしたの。順調ですって。」
「そう」
あの町医者に引き続き診てもらうと決めたのはロゼッタで、僕も特に異論はなかった。
彼には、妊娠の継続によりロゼッタに精神症状が現れる恐れがあることを伝えている。
妊娠の経過だけでなく、精神状態に注意してほしい、と。
そしてロゼッタをあの部屋から出すことはできないと伝えると、町医者は週1回訪れるようになった。
診察の後、1時間ほどお茶をしていくそうで、ロゼッタはその時間を毎回楽しみにしている。
経過は極めて順調とする診察結果はすでに家令に聞いていたが、彼女の報告に耳を澄ます。
「それでね、今日で4ヶ月だから・・お祝いに、ほら、これを私にって」
ロゼッタが嬉しそうに取り出したのは親指ほどの大きさの、小さな鳥のぬいぐるみだった。
「診療所の近くの池で、毎年鴨の親子を見れるんですって。ほら、これ鴨なのよ?ディケンズ先生の奥様が作られたんですって」
「うん」
「春になったら、また親子の行進が見れるかもって仰ってたわ」
ね、とロゼッタが僕を見上げる。
「いつか一緒に見にいきましょうね?」
「・・ああ。」
「そういえば、来月安定期に入ったら、少しくらい身体を動かしても大丈夫ってディケンズ先生も」
僕は思わず口を挟んだ。
「ロゼッタ、約束は?」
肩をすくめたロゼッタが「言ってみただけよ?」と笑って見せた。
彼女は僕との約束を守り、あれからずっとこの部屋で過ごしている。
おなかの子のために、彼女がエルフィンの角の内服を控えるんじゃないかといった懸念もあったが、彼女が内服を怠ることはなかった。
それでも妊娠経過が順調なところを見ると、おなかの子は魔力がないのかもしれない。
あるいは、闇の魔力を持っているのか。
ロゼッタにも変化はない。
寝込むほど酷かった悪阻もだいぶましになり、日中は元気に活動するようになってきた。
こんなに頑張っているのだから、少しくらい外に出してもあげてもいいんじゃないか、と思う気持ちもなくはない。
でも、もしおなかにいるのが闇の魔力を持つ子だったら?
魔力は成長と共に増えていく。
今はよくても、これからおなかの中で成長を続ける子どもの魔力が、彼女を蝕みかねない。
だから、少しなら出かけようなんて、安易に口にできなかった。
一度許したら、際限が無くなりそうで。
「ジェイド様」
「なに?」
「私がお産する時に、きっと少なからず血が出たりするでしょう?ディケンズ先生は私の血や羊水に触れても大丈夫でしょうか?」
「ああ、そういう・・」
ロゼッタの血や体液で、呪いが伝播しないか彼女は気にしているんだろう。
「そういうことはないよ。直接受けた者にしか、呪いの症状は出ない」
「なら、よかった」
ホッと息を吐いて、彼女はまた医者との会話の内容に話を戻した。
呪いの伝播の可能性は、先代が動物実験で既に調べていた。
闇の魔力を持つ者の血や体液を直接受けた者にしか、呪いは発動しない。
妊娠中に母親が血の呪いを受けた場合の胎児への影響についても、先代が動物を用いて実験していたが、生まれた子に呪いの影響は見られず、健やかに成長したという。
先代の手記では、闇の魔力を持つ術師の子を身籠った母親は、最長で7ヶ月の頃まで存命していた。
つまり、胎児も7ヶ月は胎内で成長できていたのだ。
"血の呪い"の影響を受けていたなら、そもそもそこまで成長することもできないはずで、だからおなかにいる子どもに呪いが受け継がれることは多分ないだろうと僕は予測している。
「来月には、胎動が始まるかもしれないんですって。」
「そう・・」
ここまで、恐れていたことは何も起きていない。
このままいけば本当に、無事に生まれるかもしれない。
生まれてしまうかもしれない。
ロゼッタに椅子へ座るように促しながら、僕は彼女の腹部から目を逸らした。
「お帰りなさい」
出迎えたロゼッタを抱きしめて、胸いっぱいに彼女の匂いを吸い込む。
ロゼッタのおなかは、胸下で切り替えのあるドレス姿だとわかりにくいが、抱きしめると意識できるほどに膨らんできた。
「ディケンズ先生が今日診察にいらしたの。順調ですって。」
「そう」
あの町医者に引き続き診てもらうと決めたのはロゼッタで、僕も特に異論はなかった。
彼には、妊娠の継続によりロゼッタに精神症状が現れる恐れがあることを伝えている。
妊娠の経過だけでなく、精神状態に注意してほしい、と。
そしてロゼッタをあの部屋から出すことはできないと伝えると、町医者は週1回訪れるようになった。
診察の後、1時間ほどお茶をしていくそうで、ロゼッタはその時間を毎回楽しみにしている。
経過は極めて順調とする診察結果はすでに家令に聞いていたが、彼女の報告に耳を澄ます。
「それでね、今日で4ヶ月だから・・お祝いに、ほら、これを私にって」
ロゼッタが嬉しそうに取り出したのは親指ほどの大きさの、小さな鳥のぬいぐるみだった。
「診療所の近くの池で、毎年鴨の親子を見れるんですって。ほら、これ鴨なのよ?ディケンズ先生の奥様が作られたんですって」
「うん」
「春になったら、また親子の行進が見れるかもって仰ってたわ」
ね、とロゼッタが僕を見上げる。
「いつか一緒に見にいきましょうね?」
「・・ああ。」
「そういえば、来月安定期に入ったら、少しくらい身体を動かしても大丈夫ってディケンズ先生も」
僕は思わず口を挟んだ。
「ロゼッタ、約束は?」
肩をすくめたロゼッタが「言ってみただけよ?」と笑って見せた。
彼女は僕との約束を守り、あれからずっとこの部屋で過ごしている。
おなかの子のために、彼女がエルフィンの角の内服を控えるんじゃないかといった懸念もあったが、彼女が内服を怠ることはなかった。
それでも妊娠経過が順調なところを見ると、おなかの子は魔力がないのかもしれない。
あるいは、闇の魔力を持っているのか。
ロゼッタにも変化はない。
寝込むほど酷かった悪阻もだいぶましになり、日中は元気に活動するようになってきた。
こんなに頑張っているのだから、少しくらい外に出してもあげてもいいんじゃないか、と思う気持ちもなくはない。
でも、もしおなかにいるのが闇の魔力を持つ子だったら?
魔力は成長と共に増えていく。
今はよくても、これからおなかの中で成長を続ける子どもの魔力が、彼女を蝕みかねない。
だから、少しなら出かけようなんて、安易に口にできなかった。
一度許したら、際限が無くなりそうで。
「ジェイド様」
「なに?」
「私がお産する時に、きっと少なからず血が出たりするでしょう?ディケンズ先生は私の血や羊水に触れても大丈夫でしょうか?」
「ああ、そういう・・」
ロゼッタの血や体液で、呪いが伝播しないか彼女は気にしているんだろう。
「そういうことはないよ。直接受けた者にしか、呪いの症状は出ない」
「なら、よかった」
ホッと息を吐いて、彼女はまた医者との会話の内容に話を戻した。
呪いの伝播の可能性は、先代が動物実験で既に調べていた。
闇の魔力を持つ者の血や体液を直接受けた者にしか、呪いは発動しない。
妊娠中に母親が血の呪いを受けた場合の胎児への影響についても、先代が動物を用いて実験していたが、生まれた子に呪いの影響は見られず、健やかに成長したという。
先代の手記では、闇の魔力を持つ術師の子を身籠った母親は、最長で7ヶ月の頃まで存命していた。
つまり、胎児も7ヶ月は胎内で成長できていたのだ。
"血の呪い"の影響を受けていたなら、そもそもそこまで成長することもできないはずで、だからおなかにいる子どもに呪いが受け継がれることは多分ないだろうと僕は予測している。
「来月には、胎動が始まるかもしれないんですって。」
「そう・・」
ここまで、恐れていたことは何も起きていない。
このままいけば本当に、無事に生まれるかもしれない。
生まれてしまうかもしれない。
ロゼッタに椅子へ座るように促しながら、僕は彼女の腹部から目を逸らした。
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