【完結】浮気の証拠を揃えて婚約破棄したのに、捕まってしまいました。

airria

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アフターストーリー

4 side J

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初めて見た魔蝗は、飽きもせず、鉄でできた檻をギチギチと噛んでいた。

鮮やかな黄色の体躯に、黒い翅脈。

大きな黒い両目の上に、赤い点が2つ並んでいる。

「被害にあった村で捕らえたものです。この1匹だけ、大きな石に脚が挟まって動けなくなっていました。村を含めた一帯は、周囲の山も含めてもう草木の一本も残っていません。」

「生存者は?」

案内係は黙って首を振った。

「人っ子1人居ませんでした。家も食われてたので、最初は村がどこにあるのかもわからないくらいで・・」

はぁ、と重苦しい溜め息を吐いて、案内係の男は魔蝗に視線を戻す。

「捕らえた際に両方の後ろ脚をもいだんです。どうにも脚力が強くて・・あれでもいいですか?」

「ああ、生きてさえいれば問題ない」

檻に近づくと、魔蝗は翅をはためかせた。

魔嵐のもたらす災厄の中でも最悪の部類に入る魔蝗には、闇魔法しか効かないと言われている。

試しに支配ギグスをかけてみると、魔蝗は大人しくなり、じっと僕を見上げた。

見つめたまま、首を右に傾ける。

魔蝗も、同じように首を傾けた。

今度は左に首を傾ける。

魔蝗は僕と全く同じ動きをした。

「なるほど・・虫のくせに、親和性が高いな。」

おぉ!と背後が騒めいている。

この機会を利用して、滅多に拝めない闇魔法を物見遊山気取りで見に来た、この国の貴族どもだ。

チラリと一瞥して後にする。

「あ・・バウムハイム伯爵様!どちらへ?」

案内係の男が駆け寄ってくる。

「魔蝗の群れまで案内してくれ」

「え・・今からですか?もう夜ですし、この後、歓待の宴にお連れするように仰せつかっておりまして・・」

(忌々しい・・)

思わず眉間に皺が寄った。

国から連れてきた魔法使い達から舌打ちが漏れる。

さっきの貴族達と言い、この国の危機感の無さはどうなっている。

「社交するつもりはない。すぐに駆除に向かう。案内しろ」

「は、はい!」








通常のバッタと同じように、魔蝗も夜は活動を止め休息するようだ。

見渡す限りそこら中に、魔蝗が蔓延っている。

その景色は悍ましい以外の何者でもなかった。

案内係の男は怯えて、さっきから一言も話さない。

国から連れてきた魔法使い達も、あまりの光景に顔を青ざめさせている。

「筆頭、いかがなさいますか」

見渡して思う。

これだけの害虫駆除だと、死骸の処理も厄介だ。

一瞬、あのお気楽な貴族達に押し付ければいいかと考えたが、実際処理に当たるのは平民達だろう。

それに、後処理のことで滞在時間が延びたらそれこそ煩わしい。

「支配魔法をかける。反響魔法で補助を。」

「承知しました」

支配ギグスをかけた途端、一斉に魔蝗が動き出し、僕以外の全員に緊張が走る。

陣形を取り注視する目の前で、魔蝗はお互いを襲い出した。

そこら中で、ギチギチと咀嚼する音が響く。

うげ・・と背後で呻く声がした。

予想通りの効果が得られて、僕は微笑んだ。

僕は、奴らの認知に、魔蝗は食い物だと植え付けただけだ。

共喰いさせれば、死骸も減る。

闇魔法の禍々しさを見せつけておけば、今後無闇に引き留められることもあるまい。

顔色をなくして震える案内係に教えてやる。

「魔蝗に近づきすぎれば食われるのは同じだ。付近の者は避難させろ」

何度も頷く案内係を横目に、他の者に指示を出す。

「このまま反響魔法を併用して、夜のうちに支配魔法をかける。」

その後、3夜を跨ぎ支配魔法をかけ続けた。

それから7日経つ頃には、魔蝗の群れはかなり縮小していて、僕はそれらを1箇所に集めると、闇魔法で燃やし尽くした。





最短で帰宅した僕を、ロゼッタが出迎える。

身体はクタクタだったはずなのに、彼女を見たら抑えが効かなかった。

あんな節くれだった生き物をずっと見てきたせいか、彼女の丸みのある柔らかな身体から離れられない。

抱きしめて、胸いっぱいに彼女の匂いを吸い込んで、ようやく「帰ってきた」と思えた。

彼女は久々の僕に照れている様子だったから、魔蝗に興味津々なふりをしたり、僕に休息をとるよう勧めるのも、照れ隠しなのかと思っていた。

彼女から、あの告白を聞くまでは。
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