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応接間に入ってきたのは、男が面会を希望していた相手ではなかった。
希望とは違うが、ある意味予想通りというべきか。
男は目を細めて、この家の当主に挨拶した。
「まさか君がくるとは思わなかった。お邪魔してるよ」
美貌の魔法使いは向かいに座ると、赤い瞳を眇めてじっと男を見た。
「閣下、義姉に御用だとか?」
「ああ。彼女と少し話がしたくてね。」
そう言うと、魔法使いの纏う空気がより一層冷えたように感じた。
その男ー若き大公はソファの手すりに肘をつき、首をかしげて頬杖をついた。
「その様子だと、彼女に頼まれて代わりに来たわけではなさそうだな。私は直接彼女宛に手紙を出したつもりだったが?彼女は手紙を読んだだろうか?」
「・・・義姉は最近体調が不安定なので、部屋にいてもらわないといけないんです。すぐに出たがるから、余計な刺激は与えたくないもので。」
「そうか、残念だが、それがバウムハイム家当主の判断なら従おう。彼女がバウムハイムに戻って、そろそろ1年か?環境が大きく変わって、心労も多いだろう。」
出奔していたバウムハイム伯爵家の長女が3年ぶりに戻ってきたというニュースは貴族の間を駆け巡り、当主が元婚約者であることから様々な憶測を呼んだが、彼女が全く社交の場に出てこないことから、最近では噂も下火となってきた。
「まさか彼女が戻ってくるとは思わなかったよ。あんなに自活するって言い切ってた彼女が、ね。」
「義姉の方から保護を求めてきたので保護したまでです。」
「・・・ふうん?」
「それで、義姉とはどのようなご関係でしょう?」
「ああ、関係か。・・関係、ね。ふっ、関係というほどのものでもないな・・」
重苦しい空気に気づいているのか気づいていないのか、大公はしばし考えた。
「彼女と言葉を交わしたのは一度きりなんだ。でも、その後が気になってね」
大公のダークブルーの瞳が、ルビー色の瞳を捉える。
「直接話して確認したかったんだ。彼女が幸せになれたのか。」
ルビーの瞳が逸れ、視線は断ち切れた。
「あなたに気にしてもらうことじゃない。すみませんが閣下。雑談がお望みなら失礼してもいいですか。次の予定がありますので」
立ち上がった彼の背に、もう一度呼びかける。
「彼女は今、幸せなのか?」
彼が少し動きを止めた。
「・・・それは義姉にしかわからないことです。」
そう言い捨て、去ろうとしたが・・
「あ!」
突如、大公が大声を出したので、立ち去ろうとしていた当主は銀髪を揺らし思わず振り返った。
「そうだ!これを!!」
小さな箱を片手に大公が立ち上がる。
「今日のために取り寄せていたのに、渡し忘れるところだった!」
そう言って、箱を手渡した。
「・・・これは?」
「飴だよ。彼女に渡してくれ」
意図を測りかねて手元の箱をチラッと見る当主から突き返されそうな気配を感じて、大公が一歩離れた。
「本当に、ただの飴なんだ。こないだマザレイのお祭りがあってね。」
「マザレイの・・・飴飾り?」
「そう、それだ。今年のテーマは"うさぎ"だよ。マザレイの領主に孫が生まれるそうで、まぁ要は安産祈願だな。うさぎ飴もいろんな形や色があって、・・・ついでにうちの分も取り寄せたんだが、子どもたちに大喜びされたよ。確かに、あれはお菓子の芸術品だ。」
子どもたちの様子を思い出したのか、大公の目元が優しく緩む。
「私から、とは言わなくていいから、折角だから渡してくれないか?彼女、喜ぶだろう?」
じっと箱を見つめる彼が「わかりました」と答えたのに頷いて、大公は立ち上がった。
「それじゃ失礼するよ。いそがしいところをすまなかった。」
「ーッタも・・」
彼が何か言いかけたので、大公は足を止めた。
「ロゼッタも今、大事な時期で・・部屋から出られなくて退屈してるから、きっとこれは喜ぶと思います。」
言っていいのか迷っているような、少し不安そうなその顔は、この部屋で初めて見せる彼自身の表情だった。
「そうか。・・・いつ頃生まれるんだ?」
「予定通りなら、来年の、夏頃に。」
大公は鷹揚に頷いた。
「家族が増えるのはめでたいことだな。わかった。それなら、その頃に彼女に会いにこよう。」
不安気な表情のままの彼が頷いたのを見届けて、大公は今度こそ出口に向かって歩き出した。
ドアの手前で振り返る。
「おめでとう。
これからのバウムハイム家に、幸多からんことを。」
翌年、バウムハイム伯爵家に元気な女の子が誕生した。
彼女は貴族には珍しく、魔力を一切持っていなかったが、彼女の母親と当主はその誕生を大層喜び、慈しんで育てたという。
Fin
希望とは違うが、ある意味予想通りというべきか。
男は目を細めて、この家の当主に挨拶した。
「まさか君がくるとは思わなかった。お邪魔してるよ」
美貌の魔法使いは向かいに座ると、赤い瞳を眇めてじっと男を見た。
「閣下、義姉に御用だとか?」
「ああ。彼女と少し話がしたくてね。」
そう言うと、魔法使いの纏う空気がより一層冷えたように感じた。
その男ー若き大公はソファの手すりに肘をつき、首をかしげて頬杖をついた。
「その様子だと、彼女に頼まれて代わりに来たわけではなさそうだな。私は直接彼女宛に手紙を出したつもりだったが?彼女は手紙を読んだだろうか?」
「・・・義姉は最近体調が不安定なので、部屋にいてもらわないといけないんです。すぐに出たがるから、余計な刺激は与えたくないもので。」
「そうか、残念だが、それがバウムハイム家当主の判断なら従おう。彼女がバウムハイムに戻って、そろそろ1年か?環境が大きく変わって、心労も多いだろう。」
出奔していたバウムハイム伯爵家の長女が3年ぶりに戻ってきたというニュースは貴族の間を駆け巡り、当主が元婚約者であることから様々な憶測を呼んだが、彼女が全く社交の場に出てこないことから、最近では噂も下火となってきた。
「まさか彼女が戻ってくるとは思わなかったよ。あんなに自活するって言い切ってた彼女が、ね。」
「義姉の方から保護を求めてきたので保護したまでです。」
「・・・ふうん?」
「それで、義姉とはどのようなご関係でしょう?」
「ああ、関係か。・・関係、ね。ふっ、関係というほどのものでもないな・・」
重苦しい空気に気づいているのか気づいていないのか、大公はしばし考えた。
「彼女と言葉を交わしたのは一度きりなんだ。でも、その後が気になってね」
大公のダークブルーの瞳が、ルビー色の瞳を捉える。
「直接話して確認したかったんだ。彼女が幸せになれたのか。」
ルビーの瞳が逸れ、視線は断ち切れた。
「あなたに気にしてもらうことじゃない。すみませんが閣下。雑談がお望みなら失礼してもいいですか。次の予定がありますので」
立ち上がった彼の背に、もう一度呼びかける。
「彼女は今、幸せなのか?」
彼が少し動きを止めた。
「・・・それは義姉にしかわからないことです。」
そう言い捨て、去ろうとしたが・・
「あ!」
突如、大公が大声を出したので、立ち去ろうとしていた当主は銀髪を揺らし思わず振り返った。
「そうだ!これを!!」
小さな箱を片手に大公が立ち上がる。
「今日のために取り寄せていたのに、渡し忘れるところだった!」
そう言って、箱を手渡した。
「・・・これは?」
「飴だよ。彼女に渡してくれ」
意図を測りかねて手元の箱をチラッと見る当主から突き返されそうな気配を感じて、大公が一歩離れた。
「本当に、ただの飴なんだ。こないだマザレイのお祭りがあってね。」
「マザレイの・・・飴飾り?」
「そう、それだ。今年のテーマは"うさぎ"だよ。マザレイの領主に孫が生まれるそうで、まぁ要は安産祈願だな。うさぎ飴もいろんな形や色があって、・・・ついでにうちの分も取り寄せたんだが、子どもたちに大喜びされたよ。確かに、あれはお菓子の芸術品だ。」
子どもたちの様子を思い出したのか、大公の目元が優しく緩む。
「私から、とは言わなくていいから、折角だから渡してくれないか?彼女、喜ぶだろう?」
じっと箱を見つめる彼が「わかりました」と答えたのに頷いて、大公は立ち上がった。
「それじゃ失礼するよ。いそがしいところをすまなかった。」
「ーッタも・・」
彼が何か言いかけたので、大公は足を止めた。
「ロゼッタも今、大事な時期で・・部屋から出られなくて退屈してるから、きっとこれは喜ぶと思います。」
言っていいのか迷っているような、少し不安そうなその顔は、この部屋で初めて見せる彼自身の表情だった。
「そうか。・・・いつ頃生まれるんだ?」
「予定通りなら、来年の、夏頃に。」
大公は鷹揚に頷いた。
「家族が増えるのはめでたいことだな。わかった。それなら、その頃に彼女に会いにこよう。」
不安気な表情のままの彼が頷いたのを見届けて、大公は今度こそ出口に向かって歩き出した。
ドアの手前で振り返る。
「おめでとう。
これからのバウムハイム家に、幸多からんことを。」
翌年、バウムハイム伯爵家に元気な女の子が誕生した。
彼女は貴族には珍しく、魔力を一切持っていなかったが、彼女の母親と当主はその誕生を大層喜び、慈しんで育てたという。
Fin
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