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20 side J
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ロゼッタの居場所を特定し、ドアの前に立つ。
僕は彼女が鍵を開けるのを、ただ待った。
無理やり連れ帰るのは容易い。
でも、勝手に僕から離れていったのだから、戻ってくる時も彼女の意思で戻るべきだと、そう思った。
鍵を外す音がして、待ち焦がれた瞬間が訪れる。
「家に帰ろう、ロゼッタ」
そう告げると、彼女は意識を失った。
横抱きにして、部屋に入る。
彼女が作り上げたその部屋は、壁紙もない質素な部屋だった。
ベッドに横たえて、改めて彼女を眺める。
3年ぶりの彼女は、少し肌が焼けた以外は以前とあまり変わらないように見えた。
彼女の形のいい額に手のひらを当てる。
「開示」
目を閉じて、直近の彼女の記憶を確認する。
気持ち的には3年間の記憶を余すところなく見たいが、そんな事をすれば重い記憶障害を残してしまう。
それに、彼女本人に聞けばいい。これから時間はたっぷりある。
記憶を探る限り、仕事も家事もしながら平民と同じ生活を楽しんでいたようだ。
どの記憶も、僕の知る、かつてのロゼッタとは大きくかけ離れている。
「・・やはりな」
目を開き、額に置いた手をそのまま滑らせ、頭を撫でる。
おそらく、忘却術の合併症だ。
闇魔法の史料で、かつて読んだことがある。
忘却術をかけた後に、人格が変わってしまった男の話だ。
その男は驚くことに、前世の記憶を語り出したという。
魔塔の魔法使いたちは、妄想によるもので眉唾だろう、と信じていなかったが・・脳の機能が完全に解明されていない今の時点で、眉唾だと断定するのは早急だろう。
忘却術の性質を考えると、ない話ではない。
忘却術は、記憶を消去する術ではない。
記憶を、記憶する前の時点に戻す、記憶操作の術の一種だ。
忘却術を契機に彼女の脳が誤作動を起こし、一部前世の記憶まで遡ってしまった。
そう考えた方が、ロゼッタの変わりようの説明がつく。
元々、記憶に関する術はリスクが高い。
術をかける頻度が多かったり、記憶を操作する時間が長いと、合併症発症のリスクは格段に高まる。
それ以外に個人差も大きく、稀ではあるが、ごく軽い忘却術でも廃人化する者もいる。
だから、ロゼッタには忘却術を極力かけないようにしていたのだが・・・
(・・・きっと、前世を思い出したきっかけは、あの時の忘却術だろう。)
ロゼッタと二人で夜会に出ていた時だ。
”呪い”の影響が出始めた令嬢が来ていたため、僕はロゼッタから離れた。
何とか令嬢を言いくるめて、帰りの馬車に送り届けると、僕は会場へ急いだ。
その頃は筆頭魔法使い次席になったばかりで方々からの挨拶に応えねばならず、なかなか戻れなかったのだ。
取り巻きも何とかかわして大広間まで戻ってくると、会場の端で待つロゼッタに、若い男が熱心に話しかけているのが見えた。
「身の程知らずめ」と心の中で毒づきながら近づいていく。
優雅な音楽にのって、男女が楽しそうにダンスしている。
そのダンスホールを迂回しながら近づく僕だったが、男の話の内容が聞こえるにつれて、顔色を無くした。
「ーじゃない、本当なんだ、信じてくれ。君が危険なんだよ!」
熱心というより、男は必死だった。
「あの男は呪われてるんだ!あいつと深く付き合った女の何人が、今もまともに過ごせてると思う!?いないんだよ!全員、頭をおかしくしてる!」
ロゼッタは、怯えていた。
話の内容にではなく、その男の鬼気迫る様子に。
「学園にナイフを持ち込んで、君を刺そうとした令嬢がいただろう?事件の後、療養のために領地に戻って、その後どうなったか知ってるか?僕は従兄弟だから全部知ってる!半狂乱で君の婚約者の名前を呼び続けて、2ヶ月後には死んでいった!これが真実だ!」
ロゼッタが目を見開き驚愕した。
「・・・・死ん、だ?」
「静止」
会場中の動きが、音が、一斉に止まる。
静止していないのは、ロゼッタと僕だけだ。
「あの、もし?どうしました?」
目の前の男に呼びかけたロゼッタは、静止したのが彼だけでなく会場全体であることに気づき、目に見えて狼狽した。
「ロゼッタ・・」
「ジェイド様!どうしましょう?皆、石みたいに動かなくなってしまって・・!」
「・・そうだね」
若い男に手を翳し、記憶を読み取り操作しながら、ロゼッタの記憶をどこまで巻き戻せばいいのか確認する。
「くそっ・・」
ロゼッタが一人になるタイミングを狙っていたのだろう。
僕が離れた直後から、この男は彼女に話しかけていたらしい。
少なく見積もっても、20分は記憶を巻き戻さねばならなかった。
「ジェイド様?」
20分の忘却で、合併症が出る可能性は約8割。
そのうち約2割は重大な記憶障害を呈し、廃人化するリスクは格段に高まる。
今、決断せねばならない。
こうしている間にも、巻き戻さなければいけない時間は刻々と増えていく。
「くそっ!くそっ!」
彼女を大切にしたいのに。
彼女を傷つけたくないのに。
それでも、今の話が彼女の記憶に残るなど、到底耐えられない。
強張った顔を彼女に向ける。
「ジェイド様・・」
ロゼッタの顔に怯えが見える。
震える手で引き寄せ、抱き締めた。
「忘却」
ロゼッタが忘却術の後に意識を失ったのは、その日だけだ。
僕は彼女が鍵を開けるのを、ただ待った。
無理やり連れ帰るのは容易い。
でも、勝手に僕から離れていったのだから、戻ってくる時も彼女の意思で戻るべきだと、そう思った。
鍵を外す音がして、待ち焦がれた瞬間が訪れる。
「家に帰ろう、ロゼッタ」
そう告げると、彼女は意識を失った。
横抱きにして、部屋に入る。
彼女が作り上げたその部屋は、壁紙もない質素な部屋だった。
ベッドに横たえて、改めて彼女を眺める。
3年ぶりの彼女は、少し肌が焼けた以外は以前とあまり変わらないように見えた。
彼女の形のいい額に手のひらを当てる。
「開示」
目を閉じて、直近の彼女の記憶を確認する。
気持ち的には3年間の記憶を余すところなく見たいが、そんな事をすれば重い記憶障害を残してしまう。
それに、彼女本人に聞けばいい。これから時間はたっぷりある。
記憶を探る限り、仕事も家事もしながら平民と同じ生活を楽しんでいたようだ。
どの記憶も、僕の知る、かつてのロゼッタとは大きくかけ離れている。
「・・やはりな」
目を開き、額に置いた手をそのまま滑らせ、頭を撫でる。
おそらく、忘却術の合併症だ。
闇魔法の史料で、かつて読んだことがある。
忘却術をかけた後に、人格が変わってしまった男の話だ。
その男は驚くことに、前世の記憶を語り出したという。
魔塔の魔法使いたちは、妄想によるもので眉唾だろう、と信じていなかったが・・脳の機能が完全に解明されていない今の時点で、眉唾だと断定するのは早急だろう。
忘却術の性質を考えると、ない話ではない。
忘却術は、記憶を消去する術ではない。
記憶を、記憶する前の時点に戻す、記憶操作の術の一種だ。
忘却術を契機に彼女の脳が誤作動を起こし、一部前世の記憶まで遡ってしまった。
そう考えた方が、ロゼッタの変わりようの説明がつく。
元々、記憶に関する術はリスクが高い。
術をかける頻度が多かったり、記憶を操作する時間が長いと、合併症発症のリスクは格段に高まる。
それ以外に個人差も大きく、稀ではあるが、ごく軽い忘却術でも廃人化する者もいる。
だから、ロゼッタには忘却術を極力かけないようにしていたのだが・・・
(・・・きっと、前世を思い出したきっかけは、あの時の忘却術だろう。)
ロゼッタと二人で夜会に出ていた時だ。
”呪い”の影響が出始めた令嬢が来ていたため、僕はロゼッタから離れた。
何とか令嬢を言いくるめて、帰りの馬車に送り届けると、僕は会場へ急いだ。
その頃は筆頭魔法使い次席になったばかりで方々からの挨拶に応えねばならず、なかなか戻れなかったのだ。
取り巻きも何とかかわして大広間まで戻ってくると、会場の端で待つロゼッタに、若い男が熱心に話しかけているのが見えた。
「身の程知らずめ」と心の中で毒づきながら近づいていく。
優雅な音楽にのって、男女が楽しそうにダンスしている。
そのダンスホールを迂回しながら近づく僕だったが、男の話の内容が聞こえるにつれて、顔色を無くした。
「ーじゃない、本当なんだ、信じてくれ。君が危険なんだよ!」
熱心というより、男は必死だった。
「あの男は呪われてるんだ!あいつと深く付き合った女の何人が、今もまともに過ごせてると思う!?いないんだよ!全員、頭をおかしくしてる!」
ロゼッタは、怯えていた。
話の内容にではなく、その男の鬼気迫る様子に。
「学園にナイフを持ち込んで、君を刺そうとした令嬢がいただろう?事件の後、療養のために領地に戻って、その後どうなったか知ってるか?僕は従兄弟だから全部知ってる!半狂乱で君の婚約者の名前を呼び続けて、2ヶ月後には死んでいった!これが真実だ!」
ロゼッタが目を見開き驚愕した。
「・・・・死ん、だ?」
「静止」
会場中の動きが、音が、一斉に止まる。
静止していないのは、ロゼッタと僕だけだ。
「あの、もし?どうしました?」
目の前の男に呼びかけたロゼッタは、静止したのが彼だけでなく会場全体であることに気づき、目に見えて狼狽した。
「ロゼッタ・・」
「ジェイド様!どうしましょう?皆、石みたいに動かなくなってしまって・・!」
「・・そうだね」
若い男に手を翳し、記憶を読み取り操作しながら、ロゼッタの記憶をどこまで巻き戻せばいいのか確認する。
「くそっ・・」
ロゼッタが一人になるタイミングを狙っていたのだろう。
僕が離れた直後から、この男は彼女に話しかけていたらしい。
少なく見積もっても、20分は記憶を巻き戻さねばならなかった。
「ジェイド様?」
20分の忘却で、合併症が出る可能性は約8割。
そのうち約2割は重大な記憶障害を呈し、廃人化するリスクは格段に高まる。
今、決断せねばならない。
こうしている間にも、巻き戻さなければいけない時間は刻々と増えていく。
「くそっ!くそっ!」
彼女を大切にしたいのに。
彼女を傷つけたくないのに。
それでも、今の話が彼女の記憶に残るなど、到底耐えられない。
強張った顔を彼女に向ける。
「ジェイド様・・」
ロゼッタの顔に怯えが見える。
震える手で引き寄せ、抱き締めた。
「忘却」
ロゼッタが忘却術の後に意識を失ったのは、その日だけだ。
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