【完結】浮気の証拠を揃えて婚約破棄したのに、捕まってしまいました。

airria

文字の大きさ
上 下
21 / 39

20 side J

しおりを挟む
ロゼッタの居場所を特定し、ドアの前に立つ。

僕は彼女が鍵を開けるのを、ただ待った。

無理やり連れ帰るのは容易い。

でも、勝手に僕から離れていったのだから、戻ってくる時も彼女の意思で戻るべきだと、そう思った。

鍵を外す音がして、待ち焦がれた瞬間が訪れる。

「家に帰ろう、ロゼッタ」

そう告げると、彼女は意識を失った。

横抱きにして、部屋に入る。

彼女が作り上げたその部屋は、壁紙もない質素な部屋だった。

ベッドに横たえて、改めて彼女を眺める。

3年ぶりの彼女は、少し肌が焼けた以外は以前とあまり変わらないように見えた。

彼女の形のいい額に手のひらを当てる。

開示ジュートゥ

目を閉じて、直近の彼女の記憶を確認する。

気持ち的には3年間の記憶を余すところなく見たいが、そんな事をすれば重い記憶障害を残してしまう。

それに、彼女本人に聞けばいい。これから時間はたっぷりある。

記憶を探る限り、仕事も家事もしながら平民と同じ生活を楽しんでいたようだ。

どの記憶も、僕の知る、かつてのロゼッタとは大きくかけ離れている。

「・・やはりな」

目を開き、額に置いた手をそのまま滑らせ、頭を撫でる。

おそらく、忘却術の合併症だ。

闇魔法の史料で、かつて読んだことがある。

忘却術をかけた後に、人格が変わってしまった男の話だ。

その男は驚くことに、前世の記憶を語り出したという。

魔塔の魔法使いたちは、妄想によるもので眉唾だろう、と信じていなかったが・・脳の機能が完全に解明されていない今の時点で、眉唾だと断定するのは早急だろう。

忘却術の性質を考えると、ない話ではない。

忘却術は、記憶を消去する術ではない。

記憶を、記憶する前の時点に戻す、記憶操作の術の一種だ。

忘却術を契機に彼女の脳が誤作動を起こし、一部前世の記憶まで遡ってしまった。

そう考えた方が、ロゼッタの変わりようの説明がつく。

元々、記憶に関する術はリスクが高い。

術をかける頻度が多かったり、記憶を操作する時間が長いと、合併症発症のリスクは格段に高まる。

それ以外に個人差も大きく、稀ではあるが、ごく軽い忘却術でも廃人化する者もいる。

だから、ロゼッタには忘却術を極力かけないようにしていたのだが・・・

(・・・きっと、前世を思い出したきっかけは、あの時の忘却術だろう。)





ロゼッタと二人で夜会に出ていた時だ。

”呪い”の影響が出始めた令嬢が来ていたため、僕はロゼッタから離れた。

何とか令嬢を言いくるめて、帰りの馬車に送り届けると、僕は会場へ急いだ。

その頃は筆頭魔法使い次席になったばかりで方々からの挨拶に応えねばならず、なかなか戻れなかったのだ。

取り巻きも何とかかわして大広間まで戻ってくると、会場の端で待つロゼッタに、若い男が熱心に話しかけているのが見えた。

「身の程知らずめ」と心の中で毒づきながら近づいていく。

優雅な音楽にのって、男女が楽しそうにダンスしている。

そのダンスホールを迂回しながら近づく僕だったが、男の話の内容が聞こえるにつれて、顔色を無くした。

「ーじゃない、本当なんだ、信じてくれ。君が危険なんだよ!」

熱心というより、男は必死だった。

「あの男は呪われてるんだ!あいつと深く付き合った女の何人が、今もまともに過ごせてると思う!?いないんだよ!全員、頭をおかしくしてる!」

ロゼッタは、怯えていた。

話の内容にではなく、その男の鬼気迫る様子に。

「学園にナイフを持ち込んで、君を刺そうとした令嬢がいただろう?事件の後、療養のために領地に戻って、その後どうなったか知ってるか?僕は従兄弟だから全部知ってる!半狂乱で君の婚約者の名前を呼び続けて、2ヶ月後には死んでいった!これが真実だ!」

ロゼッタが目を見開き驚愕した。

「・・・・死ん、だ?」




静止ディクタング

会場中の動きが、音が、一斉に止まる。

静止していないのは、ロゼッタと僕だけだ。

「あの、もし?どうしました?」

目の前の男に呼びかけたロゼッタは、静止したのが彼だけでなく会場全体であることに気づき、目に見えて狼狽した。

「ロゼッタ・・」

「ジェイド様!どうしましょう?皆、石みたいに動かなくなってしまって・・!」

「・・そうだね」

若い男に手を翳し、記憶を読み取り操作しながら、ロゼッタの記憶をどこまで巻き戻せばいいのか確認する。

「くそっ・・」

ロゼッタが一人になるタイミングを狙っていたのだろう。

僕が離れた直後から、この男は彼女に話しかけていたらしい。

少なく見積もっても、20分は記憶を巻き戻さねばならなかった。

「ジェイド様?」

20分の忘却で、合併症が出る可能性は約8割。

そのうち約2割は重大な記憶障害を呈し、廃人化するリスクは格段に高まる。

今、決断せねばならない。

こうしている間にも、巻き戻さなければいけない時間は刻々と増えていく。

「くそっ!くそっ!」

彼女を大切にしたいのに。

彼女を傷つけたくないのに。

それでも、今の話が彼女の記憶に残るなど、到底耐えられない。

強張った顔を彼女に向ける。

「ジェイド様・・」

ロゼッタの顔に怯えが見える。

震える手で引き寄せ、抱き締めた。

忘却トーネ

ロゼッタが忘却術の後に意識を失ったのは、その日だけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

初対面の婚約者に『ブス』と言われた令嬢です。

甘寧
恋愛
「お前は抱けるブスだな」 「はぁぁぁぁ!!??」 親の決めた婚約者と初めての顔合わせで第一声で言われた言葉。 そうですかそうですか、私は抱けるブスなんですね…… って!!こんな奴が婚約者なんて冗談じゃない!! お父様!!こいつと結婚しろと言うならば私は家を出ます!! え?結納金貰っちゃった? それじゃあ、仕方ありません。あちらから婚約を破棄したいと言わせましょう。 ※4時間ほどで書き上げたものなので、頭空っぽにして読んでください。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

処理中です...