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ジェイド様のお屋敷を出て、バウムハイムの馬車には乗らず、乗合馬車に乗って街の中心部へやってきた。

(ここがこの世界のお役所的な所か・・)

石造りの建物に入ると、昼時だったせいか、思ったより混雑していない。

手近なカウンターの列に並んで、私の番を待つ。

身なりの良い私がこの列に加わるが、よっぽど珍しいのだろう。

(目立っているわね・・)

周囲をざわつかせてしまったせいか、少し慌てた様子の初老の役人がカウンターから出てきて、どんな用事か尋ねてきた。

「ドーラン法に則る救済を申し立てに来ましたの。」

そう答えると、別室へ案内された。

間も無く、先ほどとは別の男性と、女性の役人が2人、部屋に入ってきた。

簡単な自己紹介の後、2人の役人は顔を見合わせる。

「バウムハイム家のご令嬢ですか・・。ドーラン法の救済をお求めだと伺いましたが?」

「ええ。そうです。」

えーっと・・と言って男性の役人が頭を掻いた。

「ドーラン法は、認められれば家同士の婚約を解消する強制力を持ちますが・・一度適応されると、絶対の効力を発揮します。つまり、一度救済が適応されたら、あなたが申し立てを取り下げたいと願い出ても止めることができません。」

「はい、構いません」

女性の役人さんが口を開く。

「一時的な不和、などの理由ではありませんか?ドーラン法は、女性側から結婚や婚約の解消を申し立てることのできる唯一の法律です。一見、女性の味方のように見えますが、もし救済が適応されたら、あなたの家の中での立場は非常に苦しいものになるかと。」

「・・覚悟の上です。適応されたら、家を出る予定ですので。」

私の本気が伝わったらしい。再度2人は顔を見合わせると、それでは、と男性の方がメモを取り出した。

「相手側の加害や不貞の証拠をお持ちですか?」

「はい。」

内容を伝え、それを男性が書き留めていく。

「相手側へ婚約の解消を申し出ましたか?」

「はい。今朝のことです。」

「相手の答えは?」

「拒否されました。」

「・・わかりました。それでは、ロゼッタ バウムハイムさんの申請により、ドーラン法に基づいた審議を開くことにします。」

役人2人は立ち上がった。

「審議に必要な構成員をこれから召集します。大変申し訳ないのですが、我々も審議を開くのは7年ぶりです・・多少、というか、かなりお待たせすることになるでしょう。昼食はお食べになりました?」

「・・いえ、まだです。」

やはり、と男性が頷いた。

「それでは、お昼を食べてまたこちらにお戻りください。ゆっくりで構いません。」

「はい・・よろしくお願いします。」

2人が出ていき、パタンとドアが閉まる。

朝からずっと気負っていた体から力が抜けたが、それは決して、ここまで目論見通りに進んでいることへの安堵からではない。

自分の運命を変えることが、こんなにも容易いことだったのかと、その呆気なさは、どこか落胆にも似た感情を胸に抱かせた。

近場の屋台で買ったラップサンドを食べ、窓の外を眺めながら過ごす。

待ち時間を見越して本を持参していたが、そんなもの、とても読む気にはなれなくて。

結局、審議が始まったのは夕方からだった。





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