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懺悔

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結婚式の後は、せっかくなので少し2人で街を散策することにしていた。

ジャケットを脱ぎ、シャツとスラックスというラフな格好のセイラムだが、美貌でしっかりと人目を引いている。

「リリアナはどこか行きたいところはあるか?」

「街についてはあまり詳しくありませんの」

「そうか、それなら旧市街を目指しながら、途中で何軒か寄って行こう」

「はい!」

手をつなぎながら、活気あふれる市場を歩いたり、猫グッズのお店に入ったりした。

旧市街では、殿下があの黒猫クッキーの本店にも連れて行ってくれて、新作の黒猫クッキーを侍女たちへのお土産に購入した。

夢のように楽しくて、旧市街を出る頃にはもう空がオレンジ色に染まっていた。

王宮に帰る道すがら、外はもう暗くなっている。

殿下は、なんだか神妙な顔をして窓の外を見ていた。

王宮まで後少し、というところで、

「あ・・」殿下が声をあげて窓から身を乗り出す。

「殿下?」

「蛍だ。そうだ、この辺りに水場があったな。リリアナ、少し蛍を見ていかないか?」


護衛は不要、と申し付けて、馬車を待たせて、2人で道を分け入って行く。

少し歩くと、急にひらけて、そこに小さな水場ができていた。

たくさんの淡い光が、優しく点滅しながら雪のようにふわふわと舞っている。

水場の端の方に並んで腰を下ろす。

2人とも言葉もなく、幻想的なその風景にただただ見入っていた。





「リリアナ。あなたに、懺悔をしてもいいだろうか」

しばらくして、殿下がポツリと言った。

「俺があなたにとってきた態度のことだ」

「・・はい」

月明かりと蛍の明かりで照らされた水辺はとても静かだ。

「子どもの頃から・・俺の中には、満たされないどす黒い燻りが常にあって、でも、王太子としての自分には望ましい感情ではないことには気づいていた。だから、気づかれないよう、巧みに隠すようにしていたんだ」

殿下は水辺をじっと見つめながら、切々と語る。

「燻りは常に心を焦がしていて、でも、誰にも見せてはいけなくて・・抱え続けることが次第に困難になっていった」

私はじっと耳をすました。一言も聞き漏らさないように。

「着火点を探し続けていたんだ、ずっと。俺には抱えきれない燻りを、無条件で享受してくれる相手を。あなたが婚約者に決まった時。美しく聡明なあなたが、近い将来、俺の家族になる、そう思ったら、”王太子”の抑制が効かなくなった・・それ以降、あなたに執着した」

しばしの無言の後、殿下が片手で目を覆う。

「なぜあなたに冷たくしているのか、自分でもよくわからなかった。疎ましく感じながら、あなたが居なくなることは考えられなかった。今思えば・・蛍が光って相手を誘うように、冷たい態度をとったり、あなたを貶めることが俺にとっての”光”だったんだろう。あなたに見せつけて、それであなたが俺自身を見てくれるのをただ待っていた。蛍の光とは似ても似つかない、毒々しい光だったはずだ・・本当にすまなかった」

目を覆ったまま、ひとつ息を吐き、続ける。

「あなたと結婚することに異論はなかった。むしろ、ようやく私の元に来てくれた、と安堵していた。あんな態度をとっておきながら・・あぁ、くそ」

殿下は親指で片目を拭い、鼻をすすった。

「初夜にあんなことを言ってしまって、あなたが旧宮へ行ってしまって、その後はさすがに、どうすればいいのかわからなくなった。このままではまずいとは思っていたが、多忙を理由に先延ばしにしていたんだ。あなたの部屋に行って、あなたとヒルラから責められて、やっと目が覚めたのだ。俺がどんなに幼稚だったか・・」

私は俯いて、ただ、耳を澄ます。

「あなたと、ちゃんと向き合いたいと思った。だから、理由をつけては何度もあなたの部屋を訪ねた。あなたへの気持ちに気づいてから、あなたに嫌われることが途方もなく怖くなった。想いを伝えることで、あなたに拒絶する機会を与えてしまうんじゃないか、と。でも、このまま、うやむやのまま不誠実を続けてはいけない。罪を重ねるわけにはいかない。・・・リリアナ」

呼ばれ顔を上げた私の目を、殿下がまっすぐに見る。

「リリアナ、愛している。ずっとそばにいてほしい。でも、俺はそれを言える立場にはない。」

不安で揺れる殿下の目から、涙が一筋流れた。

「どんな答えでも、あなたの意思を尊重する。今の俺にできる誠実さはそれだけだ。」


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