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遭遇
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改装したばかりの旧宮は、国花のハマナスをイメージしたというだけあって、ハマナス柄の壁紙や、珍しいピンクの絨毯が目を楽しませ、重厚な中にも華やかさのある宮となっていた。
先先代の王妃の間を自室に据え、リリアナは執務に没頭した。朝から晩まで運び込まれてくる書類や嘆願書…会議や式典、他国からの貴賓の応対など、王太子妃業は多忙を極め、セイラムと時折顔を合わせることはあったが、事務的な会話を交わす程度で、必要以上に関わることもない。
ある日、正殿で開かれる会議に出席するため、リリアナはヒルラや護衛とともに旧宮から正殿につながる渡り廊下を急ぎ向かっていた。そこへ、キャラキャラと鈴を転がすような笑い声が聞こえてきて思わず止まってしまった。
「リリアナ様、いかがされましたか」
護衛の声であちらも気づいたようだ。セイラムとフリージアが、リリアナたちの少し先で、仲睦まじく話していた。
気まずい空気の中、真っ先に声をかけてきたのはフリージアだった。
「リリアナ様、ご機嫌よう。」
自分よりも身分が上の、しかも王太子妃に先に声をかけてくるマナー違反。加えて王族を名前呼びするマナー違反。以前はその都度苦言を呈していたリリアナも学習し、華麗にスルーした。
「ご機嫌よう。」
軽く会釈をして会議室へと足を踏み出したが、視界の端にみえたものに思わず足を止めた。
「…それは…クッキーでございますか?」
「はい!セイラム様がお好きなので本日も作ってまいりました。リリアナ様もおひとついかがですか?」
「殿下…まさか、お召し上がりなっておられるのですか?」
「…だったら、なんだ。折角フリージアが手づから作ってくれたものを無碍にしろと?」
リリアナはため息をつきフリージアに向き直った。
「フリージア様、王族に私的に食べ物を差し上げるのは禁止されています。例え殿下が許されたとしても…あなたは貴族なのだから、常識がないと思われても仕方なくてよ」
これでセイラムが体調を崩したら、下手したら反逆罪だ。昔の話ではあるが、息子の立太子を目論む側妃が、他の王子たちに毒入りのお菓子を配り3人の王子王女が亡くなった前例もある。王族は自らを守り、民を守るためにも、私的な食べ物のやりとりは禁止されており、王族が口にするものは全て毒味を経ることとなっている。貴族であれば誰でも知っている常識中の常識だ。
リリアナの険しい顔に、フリージアはみるみる目に涙を溜め、セイラムに縋った。
「ご、ごめんなさいセイラム様…今日は1番出来が良くて食べてもらうのを楽しみにしてたけど…ふ、ふぇ、捨てます…ふぇーん」
セイラムはリリアナに剣呑な目を向ける。
「まてリリアナ。ちゃんとジェスに毒見はしてもらっている。これ以上フリージアを怖がらせるな。震えているではないか」
「毒味をしさえすればいいというものではございませんでしょう?私は御身と フリージア様の為を思って…」
「もうやめて!リリアナ様、私が悪かったのです。もうセイラム様を責めるのはやめてください」
「責めてなどいな」「もう十分だ、フリージア行こう。」
ポロポロと涙を零しながら号泣するフリージアの肩を抱き、2人は行ってしまった。
リリアナは胸の中が真っ黒に塗り潰されていくように感じた。
動き出そうとしないリリアナに、護衛が気まずそうに声をかける。
「リリアナ様、会議のお時間が…」
「…そうね、ごめんなさい皆。向かいましょう」
足が途端に重くなったように感じ、それでもリリアナはのろのろと歩を進めた。
先先代の王妃の間を自室に据え、リリアナは執務に没頭した。朝から晩まで運び込まれてくる書類や嘆願書…会議や式典、他国からの貴賓の応対など、王太子妃業は多忙を極め、セイラムと時折顔を合わせることはあったが、事務的な会話を交わす程度で、必要以上に関わることもない。
ある日、正殿で開かれる会議に出席するため、リリアナはヒルラや護衛とともに旧宮から正殿につながる渡り廊下を急ぎ向かっていた。そこへ、キャラキャラと鈴を転がすような笑い声が聞こえてきて思わず止まってしまった。
「リリアナ様、いかがされましたか」
護衛の声であちらも気づいたようだ。セイラムとフリージアが、リリアナたちの少し先で、仲睦まじく話していた。
気まずい空気の中、真っ先に声をかけてきたのはフリージアだった。
「リリアナ様、ご機嫌よう。」
自分よりも身分が上の、しかも王太子妃に先に声をかけてくるマナー違反。加えて王族を名前呼びするマナー違反。以前はその都度苦言を呈していたリリアナも学習し、華麗にスルーした。
「ご機嫌よう。」
軽く会釈をして会議室へと足を踏み出したが、視界の端にみえたものに思わず足を止めた。
「…それは…クッキーでございますか?」
「はい!セイラム様がお好きなので本日も作ってまいりました。リリアナ様もおひとついかがですか?」
「殿下…まさか、お召し上がりなっておられるのですか?」
「…だったら、なんだ。折角フリージアが手づから作ってくれたものを無碍にしろと?」
リリアナはため息をつきフリージアに向き直った。
「フリージア様、王族に私的に食べ物を差し上げるのは禁止されています。例え殿下が許されたとしても…あなたは貴族なのだから、常識がないと思われても仕方なくてよ」
これでセイラムが体調を崩したら、下手したら反逆罪だ。昔の話ではあるが、息子の立太子を目論む側妃が、他の王子たちに毒入りのお菓子を配り3人の王子王女が亡くなった前例もある。王族は自らを守り、民を守るためにも、私的な食べ物のやりとりは禁止されており、王族が口にするものは全て毒味を経ることとなっている。貴族であれば誰でも知っている常識中の常識だ。
リリアナの険しい顔に、フリージアはみるみる目に涙を溜め、セイラムに縋った。
「ご、ごめんなさいセイラム様…今日は1番出来が良くて食べてもらうのを楽しみにしてたけど…ふ、ふぇ、捨てます…ふぇーん」
セイラムはリリアナに剣呑な目を向ける。
「まてリリアナ。ちゃんとジェスに毒見はしてもらっている。これ以上フリージアを怖がらせるな。震えているではないか」
「毒味をしさえすればいいというものではございませんでしょう?私は御身と フリージア様の為を思って…」
「もうやめて!リリアナ様、私が悪かったのです。もうセイラム様を責めるのはやめてください」
「責めてなどいな」「もう十分だ、フリージア行こう。」
ポロポロと涙を零しながら号泣するフリージアの肩を抱き、2人は行ってしまった。
リリアナは胸の中が真っ黒に塗り潰されていくように感じた。
動き出そうとしないリリアナに、護衛が気まずそうに声をかける。
「リリアナ様、会議のお時間が…」
「…そうね、ごめんなさい皆。向かいましょう」
足が途端に重くなったように感じ、それでもリリアナはのろのろと歩を進めた。
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