甘いSpice

恵蓮

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甘い愛に心ごと満たされて

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午後七時。
全力で仕事を済ませて、私は再び脩平のオフィス兼住居を訪ねた。


「いらっしゃい。待ってた」


そう言って、彼が私を笑顔で迎え入れてくれる。
玄関のドアが閉まる音を聞く前に、私は脩平の首に両腕を回して抱きついた。
耳元で、わずかに息をのむ気配を感じながら、きゅっと腕に力を込める。


「……会いたかった」


掠れる声でそう告げた私の耳に、クスッと笑う声が届いた。


「俺も」


短い返事と同時に、脩平が私の腰を抱き寄せる。
一瞬至近距離から見つめ合い、私たちは自然に唇を重ね合わせた。
優しく触れ合ったのはほんの一瞬。
すぐに身体の奥底から迸る熱いものに煽られ、私たちは固く抱き合いキスを深めた。
私と脩平の他に誰もいない、広い一軒家の玄関先で、互いの唇を貪る淫らな音が響く。
息が乱れるほどの長いキスを終えて唇を離すと、脩平が口角を上げて微笑んだ。


「さっき……東雲がいなかったら、ヤバかった」

「え?」

「『仕事中』なのに。また同じ間違い、しでかすところだった。……俺も、成長しないな」


ちょっとおどけた調子で微笑む脩平は、同じオフィスで一緒に働いていた頃の彼だ。
だけど、ほんの数ヵ月で立派に変貌を遂げた脩平に、私は畏怖に近い感覚を覚える。


「……立派になり過ぎてて、ちょっと戸惑いました」


ドキドキと高鳴る鼓動から逃げるように、目を伏せて彼を視界から追い出した。
脩平は私の頭上で、小さな吐息を漏らす。


「そう思ってもらえたなら、嬉しい。会社を辞めた後、ここまでのし上がるのは、俺にもそう簡単なことじゃなかった。でも、ようやく全部この手に取り戻した」


そう言って、脩平は私の手を取り、誘うように先に歩き出す。


「……そうですね」


言われずとも、わかっている。
脩平が今まで築き上げたたくさんのものが、どんなに確かなものであっても、こうして成功を掴むまでには、想像を絶する苦労を重ねたはずだ。
最後に二人で言葉を交わした時、次に会う約束を残してくれなかった脩平を思い出すと、それがよくわかる。


「でも、会いたかった」


なにか込み上げる想いがあり、私は声を詰まらせた。
先にリビングに足を踏み入れた脩平が立ち止まり、振り返っているのがわかる。


「また一緒に仕事できるのが、すごく嬉しい」


心の奥底からせり上がってくる熱い感情を抑えて、私は必死に笑みを浮かべた。
脩平が私を真っすぐ見つめてくれているのを感じながら、ぎこちなく俯く。


「また愛美と一緒に広告を創れるの、俺も嬉しい。でも、俺は今回だけで終わらせるつもりはなくてね」


静かな落ち着いた脩平の声に、私は再び顔を上げた。


「は、い?」

「愛美に、ヘッドハンティングを仕掛ける。早速、交渉したい」

「……えっ?」


リビングの照明に照らされた脩平が、胸の前で腕組みをして、ニコッと笑った。


「やっと、アシスタントを雇う余裕ができたから。愛美じゃなきゃ、俺を支えられないだろ」


デニムのベルトホールに指を引っかけた脩平が、私を探って小首を傾げる。
『どう?』と言うような仕草に、私の胸は大きな音を立てて跳ね上がった。


「あ、アシスタント?」


どこか上擦った声で訊ねる私に、脩平はふっと目を細める。


「今の愛美に、アシスタントなんて言い方じゃ申し訳ないかな……。東雲から、お前の仕事ぶりは聞いていた。……『パートナー』って言い換えようか」


ちょっと不敵にそう言って、脩平はわずかに私から目線を外した。
そして、大きな手で口元を隠す。


「まあ、つまり……公私共に。できれば末永くって意味で、言ってるんだけど」


少しくぐもった声で付け加えられたその言葉に、私の胸の鼓動は大きく大きく跳ね上がった。


「仕事中も、それ以外も。これから一生、四六時中、俺のそばにいて欲しい。……ダメか?」


脩平が、どこか熱っぽく、上目遣いの視線を向けてくる。
私の鼓動は、ドキンと音を立ててリズムを狂わせた。


「っ……」


声に出して返事をするよりも先に、身体が動いてしまう。
気付いたら、私は脩平に勢いよく抱きついていた。
私の勢いを吸収し切れずに、脩平が「わ」と言って身体のバランスを崩す。
そのまま、私たちはリビングの床に倒れ込んでしまった。


「いって……」


彼が小さく呟く声を、耳元で聞いた。
それにハッとして、慌てて彼の胸に手を突き、上体を起こす。


「……返事の前に押し倒されるとは思ってなかった」

「っ、ご、ごめ……!」


ニヤリと笑いながら言われて、私は彼の上から飛びのこうとした。
けれど、腰に回された脩平の腕に力がこもり、阻まれてしまう。


「その熱情に駆られた行動が、俺のプロポーズへの答え。……そう思っていいのか?」


至近距離から瞳の奧まで射貫かれ、私の頬は一気に火照って上気する。
鼻の奥の方がツンとするのを感じながら、私は一度コクンと頷いた。


「は、い」


一拍遅れて、声にも出して返事をする。


「これからは、ずっとずっと一緒。どうしよう……嬉しい」


込み上げてきた涙に詰まって、最後はくぐもった声になった。
それでも、脩平にはちゃんと伝わったようで、「ああ」と声に出して応えてくれる。


「遠く離れて寂しい、なんて思いもさせないからな。いつもそばにいて愛し尽くしてやる。……お前も、俺にどっぷり溺れる覚悟しとけ」


強気で挑発的な言葉なのに、優しく頬を撫でて微笑みながら言われるから、私はゾクゾクと身を震わせた。


「バカ……もうとっくに溺れてるよっ……!」


狂おしいほど溢れ返る衝動に身を任せ、私は再び脩平に体重を預けた。
彼がすぐに、ぎゅうっと力強く抱きしめてくれる。


「好き……脩平。大好き」


私は彼の首筋に顔を埋めて、その耳元に囁いた。
ほんの一瞬、脩平がくすぐったそうに、ビクンと震えるのが伝わってくる。


「愛美」


小さな、ちょっと掠れた声に耳をくすぐられ、私はそっと脩平の横顔を見つめた。


「いろいろしたいことはあるんだけど……ベッド。連れてっていいか? 今すぐ、抱きたい」


脩平が、細めた目で私の心を探るように見つめてくる。
直球のお誘いにドキッと胸を跳ね上げながら、私は頬を紅潮させて目を伏せた。


「……うん」


ゆっくり身体を起こすと、脩平がすぐに私を横抱きにして抱え上げた。
リビングの奧の螺旋状の階段に向かい、力強く歩を進める。


私はドキドキと胸の鼓動を弾ませて、彼の首にしがみつくように抱きついた。
そして、その肩口にトンと額をぶつける。
離れていた間の寂しさが、嘘みたい。
脩平の力と温もりを全身で感じることができる今、私の胸は抱え切れないほどの幸せで、満ち溢れていた。
これからはずっとずっと一緒にいられる。
四六時中注がれる脩平の甘い愛を想像して、私は胸を高鳴らせる。


二階に上がり、廊下を一番奥まで突き進んだ脩平が、肩で押すようにしてドアを開けた。
顔を上げて振り返ると、立派なダブルベッドが置かれているのが見えた。
反射的にドキッとする私を、脩平は静かにその上に横たえた。
私を逞しい腕で囲い込み、瞳に欲情を滲ませ、真っすぐに見つめてくる。


「愛してる。愛美」


素肌の上に着ていたニットを、裾から捲り上げて脱ぎ捨てる。
強烈な色香を匂い立たせて、脩平が私に覆い被さってくる。
私も両腕で抱き寄せるように、彼を迎えた。


「脩平……」


この数ヵ月、会えなくて寂しかった分も、今夜はいっぱい私を愛して。
重なる肌から、迸る想いが伝わるように、私は彼の背中に腕を回し、ギュッと力を込めた。


その夜……。
夢と現の狭間、真っ白な世界を何度も行き来した。
理性が吹っ飛び、身体ごと飛んで行ってしまいそうな快感に身を委ね――。


愛しい彼の腕の中で迎えた朝。
溢れ返るほどの愛に包まれて、私は、身も心も満たされていた。
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