甘いSpice

恵蓮

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甘い愛に心ごと満たされて

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企画広報部の部員が激しい動揺に揺れ惑う中、臨時の全体朝礼が行われ、部長の口から脩平の退職が伝えられた。
より一層ざわめく部員の前で、部長は終始眉間に深い皺を刻んでいた。
脩平はその隣で、背筋を伸ばし姿勢よく立っていた。
全部員から刺すような視線を浴びて、彼は目を伏せ唇を真一文字に結び、部長が話している間、ピクリとも表情を変えなかった。


最後に、これまで脩平が携わってきた進行中の企画案件について、後任担当者が発表された。
引き継ぎ期間は、今日からたったの一週間と告げる部長の前で、部員たちが戸惑いを隠せないままどよめいた。
脩平は真っすぐ目線を上げ、困惑を深める部員たちを大きく見渡し、深々と頭を下げた。


「急な話で、ご迷惑をおかけします。大変申し訳ないですが、どうか、後をよろしくお願いします」


脩平の真摯な謝罪を聞いて、まだ激震に揺れるオフィスが、一瞬シンと静まり返った。
もっと詳しい説明を求めて、みんなが探るような視線を交わし合う中、部長がデスクに戻り、朝礼は散会した。


『社内一』の広報マン。
つまり、売れっ子故に、脩平は企画広報部の中でもダントツの量の企画を抱えていた。
そんな彼の突然の退職で、他の先輩たちも分刻みの引き継ぎスケジュールに追われた。
脩平は朝から彼らと会議室にこもっていて、お昼を過ぎても、私の真向かいのデスクに戻ってくることはなかった。


『俺を信じていて』


昨夜、脩平に言われたことを、何度も胸に浮かべ、思い返す。
今朝、先に出社した脩平になにがあったんだろう。
朝からずっと話せず仕舞いで、詳細はなにもわからない。
だけど、どうしてこんなことになったのか、もちろん予想はできる。
忍が画像付きのメールを送りつけた結果を受けての事態だ。


『俺がなんとかするから、愛美はなにも心配しなくていい』


昨夜そう言った時、脩平はこうなることを心のどこかで予測していたんだろうか。
それならば、どうして私に一言も言ってくれなかったの。


主不在の脩平のデスクは、空虚なブラックホールのようで寒々しい。
それと同じように、私の心にもぽっかりと大きな穴が空いていた。
脩平がいないとわかっていて、前を向くのが辛い。
私は大きく顔を俯かせた。
デスクの上で握りしめた手が、カタカタと震えている。


午前中、周りのデスクの同僚たちは、脩平の電撃退職を腫物扱いして、話題にするのを避けている様子だった。
けれど、朝の発表から時間が経ち、お昼休憩を終えてデスクに戻ってきた頃から、満たされない好奇心に答えを渇望するかのように、コソコソと会話し始めた。


「どうして郡司さんが?」

「いくらなんでも、あと一週間って、急すぎない?」

「郡司さんに限って、不祥事とかじゃないよな」

「あ。もしかして……女?」

「相手にされなかった女が逆恨みして、余計なこと密告してきたとか?」


無責任に詮索して、勝手な噂ばかりが広がっていく。
ざらざらと心を逆撫でする嫌な空気に耐えかねて、午後三時を回った時、私はデスクから離れた。


朝からずっと、脩平が引き継ぎ業務を行っている会議室は、急遽丸一日で私が手配した。
四人定員の一番狭い小会議室で、フロアの奥まったスペースにある。
勢い勇んで来たものの、私が中に入ったら引き継ぎの邪魔になってしまう。
ドアをノックするのを躊躇った時、


「あれ。若槻さん」


突然、ドアが内側から開かれた。
ギョッとして反射的に手を引っ込めると、ドアの向こうの先輩も、立ち尽くしていた私に驚いた様子だった。
けれどすぐに室内の脩平に目を遣る。


「郡司さんに用?」


その声が耳に届いたのか、脩平がふっと顔を上げて、こっちに目を向けてくる。
私の姿を視界に捉えて、『あ』という形に口を開けた。


「す、すみません。引き継ぎ中に。あの……」


脩平の視線を受けた私は一気に緊張感を高まらせ、肩を縮めた。
それを、彼が「いや」と静かな一言で遮る。


「ちょうどいい。俺も少し休憩したかった。……悪い。次の引き継ぎ、十五分ほど待ってもらえるか?」


それを聞いて、先輩が「はい」と返事をする。
彼が資料を抱えて会議室を出て、自分のデスクに戻っていくのを見送っていると、脩平が近付いてきた。


「ごめんな、急に。……お前、泣きそうな顔してるな」


脩平は私を会議室に招き入れながら、いつもと変わらない様子で苦笑した。
彼がドアを閉めるのを視界の端で確認して、私は思い切って顔を上げる。


「脩平、なにがあったの?」


心臓が嫌な音を立てて加速するのがわかる。
胸いっぱいに広がった不安で、顔が強張ってしまうのを抑えられない。
脩平はドアに背を預けたまま、私からわずかに目線を外し、ふうっと吹くような息をした。


「やっぱり……忍が」

「……ああ。昨夜のうちに密告メールが届いたそうだ。この間の発表会で登壇した役員と、うちの部長宛てに」

「っ!!」


答えは予想していたのに、静かで淡々とした返事に、私は絶句してしまった。
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